矢崎泰久(1933.1.30-2022.12.30)和田誠(1936.4.10-2019.10.7)『夢の砦 二人でつくった雑誌「話の特集」』ハモニカブックス 2022年10月刊 Gerry Mulligan (1927-1996) "Come Rain Or Come Shine" (1960.12.11) Dinah Shore (1916-1994) "Like Someone in Love" (1959.7-8) "'Round Midnight" 日記 2022年12月8日
日記
2022年12月8日
体重56.5kg BMI 21.0
懸垂4回
67歳11か月
室温12.3度 湿度58%
糸島市天気・最低最高気温予報
2022年12月8日
午前5時 晴 4.9度 最高気温 午後2時 15.4度
12月9日
午前1時 晴 6.2度 最高気温 午後0時 15.2度
https://tenki.jp/forecast/9/43/8210/40230/1hour.html
Gerry Mulligan (1927.4.6-1996.1.20)
"Come Rain Or Come Shine" (1960.12.11)
https://www.youtube.com/watch?v=Qb06QDt2f9I
Gerry Mulligan and the Concert Jazz Band at the Village Vanguard
(1961) https://en.wikipedia.org/wiki/Gerry_Mulligan_and_the_Concert_Jazz_Band_at_the_Village_Vanguard

"Blueport" (Art Farmer) - 11:07
"Body and Soul" (Johnny Green, Frank Eyton, Edward Heyman, Robert Sour) - 5:45
"Black Nightgown" (Johnny Mandel) - 4:10
"Come Rain or Come Shine" (Harold Arlen, Johnny Mercer) - 5:35
"Lady Chatterley's Mother" (Al Cohn) - 6:14
"Let My People Be" (Gerry Mulligan) - 8:00
https://www.youtube.com/playlist?list=PLvxWibFr0wiI9KRaGXdSFtmq1TEK_GNEp
Dinah Shore (1916-1994)
"Like Someone in Love" (1959.7-8)
https://www.youtube.com/watch?v=R50XsMSKujM
https://en.wikipedia.org/wiki/Dinah_Sings,_Previn_Plays
Dinah Sings, Previn Plays (1960)
Dinah Shore - vocals
Andre Previn - piano
Red Mitchell - bass
Frank Capp - drums
ダイナ・ショア(1916.2.29-1994.2.24)
という歌手の名前は
雪村いづみ
「青いカナリヤ」1954
https://www.youtube.com/watch?v=d8etKb5legs
の元歌、
"Blue Canary" (1953)
https://www.youtube.com/watch?v=oNs609vNHsU
の人として知ってましたけど、
2019年11月に、
"April in Paris"(1959.7-8)
https://www.youtube.com/watch?v=w6grqBj8OTA
Dinah Sings, Previn Plays (1960)
で、初めて聴きました。
「『踊る大紐育(ニューヨーク)』1949
https://www.allcinema.net/cinema/3748
博物館でのダンスナンバーで、
標本の巨大な恐龍の骨がガラガラと壊れてしまう。
その報告を受けたパトカーの警官が、
「なに、博物館でダイナ・ショアが倒れたって?」
と叫ぶ。これは
ダイナソアつまり恐龍を
ダイナ・ショアと聞き違えたため。」
和田誠
『お楽しみはこれからだ』
文藝春秋 1975.6
p.56
https://note.com/fe1955/n/n7f73c612cf6e
https://www.amazon.co.jp/dp/4163333606
1949年公開の映画のセリフに名前が
登場するぐらい人気のあった人なんですねぇ。
"Like Someone in Love"
Bill Evans (1929-1980)
Dinah Shore (1916-1994)
Bing Crosby (1903-1977)
Frank Sinatra (1915-1998)
Chet Baker (1929-1988)
Ella Fitzgerald (1917-1996)
Sarah Vaughan (1924-1990)
Dave Brubeck (1920-2012)
https://note.com/fe1955/n/n6c0476ac1538
https://note.com/fe1955/n/n2278172580f2
"'Round Midnight"
Bud Powell (1924.9.27-1966.7.31)
(1954.12.16) (1962) モノクロ動画
Bill Evans (1929.8.16-1980.9.15) (1963.2.9) (1963.5.14)
Eric Dolphy (1928.6.20-1964.6.29) (1961.5.8)
Sonny Rollins (1930.9.7- ) (1964.2.14)
を、
フェイスブック投稿から
転載・加筆・画像追加して、
note覚書を作成しました。
フェイスブックとは違って、
アルバムジャケットや音源 URL を、
文章の中に「実物」として、
記録できて、楽しいです。
https://en.wikipedia.org/wiki/'Round_Midnight(song)
感想・レヴューではなく、
メモ(備忘録)ですけど、
ご笑覧いただけましたら、幸甚と存じます。

矢崎泰久(1933.1.30-2022.12.30)
和田誠(1936.4.10-2019.10.7)
『夢の砦
二人でつくった雑誌「話の特集」』
ハモニカブックス
2022年10月刊
270ページ
https://www.amazon.co.jp/dp/4907349270
「「アートディレクターのギャラは払えないの?
なら、いらない。
その代わりデザインは勝手にやるし、
内容についても発言権を認めてもらえるね」
この約束から二人の雑誌づくりは始まった。
それから30年間にわたって、和田誠はノーギャラでADを務めた。
「話の特集」は和田誠なしには存在しなかったし、
ADというより和田誠は事実上の編集長でさえあったと語る矢崎泰久。
単行本未収録「雪国」「インタビューまたは対談」など
「話の特集」を舞台に発表された和田誠の名作快作を再録。
90歳を目前に矢崎が回想する60年代の青春、雑誌ジャーナリズム、
そして半世紀をこえる和田誠との友情。
essay
和田さんの「話の特集」(1978, 矢崎泰久)
「話の特集」いまむかし(2005, 和田誠)
純情・和田誠(2019, 矢崎泰久)
和田誠作品
少年宇宙諜報員(話の特集1966.02)


殺しの手帖(話の特集1966.03)
かっこいいキミたちのために(話の特集1966.06)
ショートショート(話の特集1966.12~)
試写よりの使者(話の特集1969.09~)
テレビ入門/中山千夏と共作(話の特集1972.03)
雪国・シリーズから(話の特集1970.02)



話の特集インタビュー
高倉健×矢崎泰久(話の特集1966.08)
ユージン・スミス×矢崎泰久(話の特集1972.05)
向田邦子×矢崎泰久(話の特集1981.11)
吉永小百合×和田誠(話の特集1983.02)
横尾忠則×和田誠(話の特集1989.03)
宇野亞喜良×和田誠(話の特集1990.01)
矢崎泰久×和田誠(話の特集1991.12)
矢崎泰久、語る
タイトルは「話の特集」
表紙は横尾忠則
創刊まで
名物ページ「発言」
パロディを開拓
スーパースターたち
時代情況と雑誌
小田実と和田誠
セントラルアパートのユージン・スミス
ステーキとADC賞
向田さんとの対談
『インタビューまたは対談』
和田誠の仕事
座談会
篠山紀信/立木義浩/横尾忠則/和田誠/矢崎泰久(話の特集1985.02)
矢崎泰久(1933.1.30-2022.12.30)
和田誠(1936.4.10-2019.10.7)
「二十七、八なのに、すごく生意気。
会ったら絶対に頭にくるから、
よした方がいいわよ」
p.10
矢崎泰久
「和田さんの『話の特集』」
『月刊絵本』1978年1月号
「大口昭子さんが、
「知ってるけど面倒くさい人で
若いくせに生意気な男だから
会ったら喧嘩になる」
って言う。
会ったら、生意気は生意気だけど
腹は立たなかった(笑)。」
p.180
「記念座談会 創刊二十年
篠山紀信 立木義浩 横尾忠則 和田誠 矢崎泰久(司会)」
『話の特集』
1985年2月号
http://www.yk.rim.or.jp/~kaddgood/5/interview05.html
「僕と矢崎さんを引き合わせてくれたのが日本社の編集者、
大口昭子さんでした。彼女は、コーセー化粧品のPR誌
『カトレア』の編集をしていたんです。
資生堂で言えば『花椿』のような雑誌です。
僕は『カトレア』で挿絵の仕事をしたことがあって、
その担当が大口さんだったんです。
矢崎さんが『エル・エル』を創刊するに当たって
誰かビジュアル面を担当してくれる人はいないかと
大口さんに話したら、僕のことを思い出したらしく、
相談してみたらどうかと矢崎さんに言ったということです。
それが矢崎さんとの出会いです。
もっとも大口さんは
「和田さんは生意気だから、
きっと矢崎さんは喧嘩しますよ」
と言っていたらしい(笑)。
矢崎さんも相当喧嘩っぱやいタイプだった。
しかし、そのときは喧嘩することもなく、
それじゃあやってみようということになった。
僕だけではなく、
写真にはまだ駆け出しの時期の篠山紀信、
イラストレーションには同じく無名の横尾忠則とか、
僕の守備範囲にいる人たちを紹介して、
パイロット版の『エル・エル0号』を作ったんです。」http://www.yk.rim.or.jp/~kaddgood/5/interview05.html

「マコちゃんが外出しなくなってから、一年以上会えなかった。
会うことのないままに、先に逝かれてしまった。つまり、
とうとう最後まで別れを言うことができなかったんだ。
それがとても口惜しい。心残りでならない。
あいつは僕より三つ年下なんだ。
年下なのに、先に死ぬなんて、許せないよ。」
p.269
「ツーショット 写真
2015年10月 和田誠事務所応接室」
読書メーター
和田誠の本棚
登録冊数120冊
刊行年順
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091203

https://www.facebook.com/tetsujiro.yamamoto/posts/682868958454413
昨日拾い読みした本。矢崎泰久 『残されたもの、伝えたいこと 60年代に蜂起した文革者烈伝』 http://bit.ly/1vDkpfx #bookmeter 装丁・表紙画 和田誠。...
Posted by 山本 鉄二郎 on Monday, September 1, 2014
https://note.com/fe1955/n/n2384a22b2150
https://note.com/fe1955/n/ncd59cc9fb07d
https://note.com/fe1955/n/n7f73c612cf6e
https://note.com/fe1955/n/n7f7a01861383
https://note.com/fe1955/n/nc4dbaafc05b1
https://note.com/fe1955/n/n6ff53f42cfbc
https://note.com/fe1955/n/n139bc0726409
山田宏一・和田誠
『たかが映画じゃないか』
文藝春秋 1978.12
山田宏一・和田誠
『ヒッチコックに進路を取れ』
草思社 2009.8
https://note.com/fe1955/n/n7f7a01861383
https://note.com/fe1955/n/ncbceea41d912
https://note.com/fe1955/n/n7b8889012dd0
高崎俊夫(1954- )
「ラディカルな映画史家としての竹中労
[1928.3.30-1991.5.19](2011.11)」
「和田誠[1936.4.10-2019.10.7]
または寛大なるイロニスト(2013.8)」
『祝祭の日々
私の映画アトランダム』
国書刊行会 2018年2月刊
320ページ
https://note.com/fe1955/n/ne0693a327021
https://note.com/fe1955/n/ndf475c2b52b2
