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お宝ショップで買っていたのは、お宝だけではなかった話

25年以上、お宝ショップを見続けてきた中で、
ずっと不思議だったことがある。

なぜ、あの頃のお宝ショップは、
あれほど“帰れない空間”だったのか。


もちろん、物理的に帰れないわけではない。
ただ、一歩入ると時間感覚がおかしくなる。

「少しだけ見るつもり」が、
気づけば何時間も経っている。
そして帰る頃には、
妙な疲労感と高揚感だけが残っている。

そんな場所だった。


通路の狭さ。
圧縮された売り場。
異常な情報量。
行く手を阻むPOP。
ほの暗い照明。

そして、好きなものに包囲される感覚。


とあるグループでは、
「365日24時間祭り」
というノボリやPOPまで存在していた。

万代仙台泉店(2008年)

それくらい、昼夜を問わず、足を踏み入れた者にしか体感出来ない
“得体の知れない高揚感”が漂っていた。


今振り返ると、
あれは単なる中古店ではなく、
どこか“見世物小屋”“闇市”にも近い、
異様な熱気を持った空間だった。


当時は今ほど情報がなかった。

店側が積極的に発信している時代でもなく、
ホームページを持っている店も少ない。
営業時間すら分からないことも普通にある。

だから結局、実際に行ってみるしかなかった。
まず“本当に実在しているのか?”これを確かめる為に。


またロードサイドを走っていて、黒い外観、
そして「買います」「書店」の看板が見えたら、とりあえず…
いや片っ端から入る。
それがどんな店か分からなくても、まず飛び込む。


もちろん、中には完全アダルト寄りの店もあった。
けれど、意外とそういう場所に限って、妙にお宝アイテム
(特におもちゃやフィギュア系)が強かったりする。

だから結局、
見つけたら入ってしまう。

万代書店北上店(2008年)

そして、その積み重ねの中で、
自然とお店の画像を主とした記録を残すようになっていった。

元々は、自分自身の備忘録だった。出先で住所や営業時間を確認するため。

「この前行ったあのアツいお店、どうだったっけ?」
これを思い出すため。

そんな感覚で始めたブログだった。


「万代書店&鑑定団&倉庫の全国制覇を目指すブログ」

というタイトルも、
今思えばかなり当時っぽい。

当時は、「万代書店」だけが
強い固有ブランド感を持っていたように思える。
だから「万代書店」のみタイトルの一番先に付けた。

ただ中には○○書店という小規模店もあった。
しかし、当時お宝ショップ基本ベースと言えば
私 omemoの中では、紛れもなく“万代書店”だった。

他はだいたい…、

「○○鑑定団」(地域名+鑑定団だったり。お宝鑑定館もあったが)
「○○倉庫」(ゲーム倉庫、マンガ倉庫、開放倉庫等)

そんな名前ばかりだった。


ちなみに、自分がずっと使っている
「お宝ショップ」という呼び方。
実はこれ、他媒体、もちろん業界界隈でも
ほぼ表現されていない。

「なんでも買います」看板がトレードマークの怪しいリサイクルショップ。
未知のお宝に遭遇出来る甘美すぎるお店。
ただ単純に短く、呼びやすかったから。
気づけば自然とそう呼ぶようになっていた。


一方で、お店側では、
「エンターテインメントリサイクルショップ(ストア)」
あるいは、
「エンターテインメントリユースショップ(ストア)」
そんな表現を使っているところも多かった。

実際、普通のリサイクルショップとは、
明らかに空気が違った

単なるリサイクルショップではなく、様々な要素が絶妙に絡み合う
“お宝中古品に囲まれた遊び場”としての色が、かなり強かった。

だから自分の中では、
「お宝ショップ」が一番しっくりきた。


ただその空気も、2020年代以降かなり大きく変わっていった。
特にコロナ禍以降。

多くのグループが、元々カテゴリーのひとつであった
アミューズメント部門、取り分けクレーンゲームを主軸に据えた、
“エンターテインメント性”をさらに強めていくようになる。


実際、現在の大型店は、以前よりも入りやすく、
家族連れやライト層でも楽しみやすい空間になったと思う。

それは時代に合わせた、自然な進化であるかもしれない。


ただ自分が特に惹かれていたのは、
もう少し雑多で、
もう少し危うくて、
そして“お宝を一心不乱にガサゴソと“夢中でガサる”感覚が強かった頃の
お宝ショップだった。

単純に、そんな事だけなのだと思う。


なぜ、自分がそこまで惹かれたのか。

今振り返ると、
一番大きかったのは、“趣味の振り幅”だった気がする。


古本・コミック・おもちゃ・フィギュア・ゲーム・古着・スニーカー・
レトロ雑貨・メディア(CD/DVD/VHS/BD/カセット)・トレカ・ミリタリー・楽器・釣具・アウトドア・その他コアなジャンル・
もちろんアミューズメントも...。

お宝ショップには、“自分の好きなモノ”が全部あった。
しかも、それが細かく細かく…細胞分裂を繰り返すが如く、
無数に枝分かれして待ち構えている。


だからひとつの店へ行くだけで、自分の好きなもの全部に触れられた。
それが大きかった。


千葉鑑定団千葉北店(2010年)

一般的なリサイクルショップにも、当然お宝発見はある。
生活雑貨や家具、家電。
そういう面白さは確かにある。

けれど、自分の中では、
“本能揺さぶられる”“たぎる”感覚とは少し違った。


一方で、秋葉原や中野のようなサブカル系マニアショップ。
あるいは古着系ヴィンテージショップ。

当然だが総じてカテゴリー純度と濃縮具合が、桁違いに高い。
商品知識も深いし、鑑定も徹底されている。
つけられた プライスにも納得と言える。

ただ自分の感覚では、こうだ。
“完成され過ぎて、いわゆるお宝探しの面白みに欠ける”


価格も価値も、すでに答えが出そろっている。
もちろん、それは凄いことだと思う。

けれど、お宝ショップには、
“信じるは、己の眼力のみ”
そんな特有の緊張感があった。


「なんでこれがここにある?」
「この値段で合ってるのか?」
「誰がこれを手放した?」

そんな違和感や偶然が、
あちこちに転がっていた。

そして、その“整いきっていない感じ”
“目の当たりにしたお宝を自分で鑑定するワクワク感”。
自分にはたまらなく面白かった。

お宝の状態の許容範囲も人それぞれ。
古本だったらカバーがなくても、フィギュアだったら箱がなくてもOK。
はたまた完品でなければ絶対イヤ!そんな人だっているハズ。

対峙した様々なお宝を目の前にし、買うか?買わないか?
そんな狂おしく悩ましい時間も、お宝ショップ特有の
贅沢なひとときと言える。


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