地下鉄サリン事件から31年。
1995年3月20日。あの日から、今日でちょうど31年が経った。当時4歳だったが朧げに覚えている。東京の地下を走る3つの路線に、猛毒のサリンが散布されたあの日。世界で類を見ない「化学兵器による無差別都市テロ」は、日本の安全神話を根底から覆した。霞ケ関駅へと向かう車両を狙い、国家の中枢を麻痺させようとしたオウム真理教の凶行は、戦後最大の痛恨事として今も語り継がれている。
▪️団塊世代の「防波堤」と、その内側にあった空洞
1995年当時、日本社会の意思決定層を占めていたのは40代後半から50代を迎えていた団塊の世代だ。私の親の世代でもある彼らは、学生運動の熱狂と挫折を知り、そのエネルギーを高度経済成長という「実務」へと転換させた自負を持っていた。
彼らが共有していたリベラルな教養と、組織人としての強固な秩序意識は、未曾有のテロという異常事態に際しても、社会をパニックから繋ぎ止める巨大な「防波堤」として機能したのではないかと私は考察する。
何より象徴的だったのは、1990年の総選挙におけるオウム真理教の「真理党」への反応だ。象のマスクを被り、歌い踊る教団のパフォーマンスを、当時の社会(団塊世代が中核をなす「良識」)は、一顧だにしない「泡沫の狂気」として明確に切り捨て、全員落選という形で拒絶した。
しかし、インターネットが社会形成の主戦場へとシフトした現代において、同様の「システムへのハック(撹乱)」は、もはや嘲笑の対象ではない。かつては教養ある大人たちが「デタラメだ」と一蹴できたはずの奇行や極端な言説が、今やSNSのアルゴリズムを通じて、むしろ「面白コンテンツ」として消費され、あろうことか当選にまで至ってしまう。
35年前には機能していた社会の「抗体」が、デジタル空間の中では、完全に無効化されているのだ。
▪️「報われなさ」と懐古主義の罠
ここで最も危ういのは、かつて社会のバランサーであったはずの中間層が、今や「痩せ細る一方」であるという現実ではないだろうか。
特に、ロスジェネ世代(団塊ジュニア世代)の状況は深刻だ。親世代が謳歌した「経済大国」の残照の中で育ちながら、いざ社会へ出る段になれば、そこには一度も好景気のない、閉塞した世界が広がっていた。ただ「報われない」という感覚だけを積み重ねてきたこの世代の一部が、特定の政治勢力や「強い日本を取り戻す。」といった威勢の良いスローガンに熱狂する姿は、かつてのエリートがオウムに流れた構図の、より切実で広域な再来に見える。
今日、アメリカで「JAPAN IS BACK」と語った政治家がいたが、その言葉には空恐ろしいほどの「ズレ」を感じる。彼らが標榜する「経済大国への回帰」は、もはや質の悪い懐古主義に過ぎない。
▪️AI時代に「中間層」は復活しない
冷静に現実を見つめれば、仮に数値上のGDPが回復したところで、AIやロボティクスが加速度的に進化するこの先、かつてのような「厚い中間層」が復活することはなかなか厳しい。テクノロジーが労働を代替し、富がプラットフォームの所有者に集中する構造の中で、20世紀型の成功モデルに固執することは、空洞化した中間層を「偽りの言葉」で騙しているようなものだと思う。
私たちは、いい加減「経済大国への憧れ」を捨てるべきではないか。それは諦めではなく、真の「成熟」への決断である。戦後の右肩上がりの神話を、私たち世代が「縮小しながらも尊厳を保つ物語」へと書き換える。AIが生産性を担う時代だからこそ、人間は「奪い合い」の競争から降り、ケアや教育、具体的な街での情緒的な繋がりに価値を見出す。そうした「数字にならない豊かさ」を法的に、そして文化的に守っていくことこそが、現代の精神的テロに対する最大の防衛策になるはずだ。
▪️31年目のバトン
31年前、私たちは狂気によって日常を奪われた。31年後の今、私たちは懐古主義という名の幻想によって、未来を構想する力を奪われてはならない。
「報われない世代」として生きてきた者たちが、次世代に渡せる唯一の、そして最も価値ある知恵。それは、経済大国という重すぎる看板を降ろし、等身大の自分たちとして、穏やかに、かつ知的に生きていくための「成熟の作法」ではないだろうか。
