読書note:池波正太郎『真田太平記』(新潮文庫)第一巻より「春の雪崩」
読書の秋。
なにか本を読もうと思案して、池波正太郎。
『剣客商売』『鬼平犯科帳』『仕掛人梅安』といった江戸を舞台にした人気シリーズものとは違うところで、大河小説『真田太平記』を読むことにした。こちらも人気の作品ではある。再読である。
再読といっても以前に読んでからかれこれ、ふた昔くらいは経つだろうか。旧交を温めると云いたいところだが、おぼろの向こうの霞の彼方になんとか記憶があるくらい。ほとんど初心といっていいかもしれない。
『真田太平記』は1974年から1982年にかけて週刊誌に連載された。
手にしたのは新潮文庫で全十二巻ある。これを一巻ごとに記録として投降しようと思っていたが、考えを変えた。
各章ごとに投稿することにしよう。数え間違えていなければ全部で79章ある、と思う。まさに大河ドラマである。
これで79日分のネタを確保したともいえる。
「春の雪崩」第一巻『天魔の夏』より
天正十年(1582)三月二日の高遠城陥落から『真田太平記』は始まる。武田方の守る伊那の高遠城へ織田信忠の大軍勢が攻める。この高遠城を守備する長柄足軽の向井佐平次という若者に、真田の忍の者お江が近づくところから物語は始まる。
この城を守っていたのは武田信玄の五男仁科盛信。信玄亡きあとの武田の当主勝頼の弟にあたる。盛信に従い小山田備中守昌成も高遠の城に入る。向井佐平次はこの小山田昌成の兵である。
お江は向井佐平次に戦で死なず、城から抜け出そうとささやくが、死を覚悟している佐平次はこれを拒絶する。しかしなぜ、この時はじめて会うお江は佐平次に脱出を誘うのか。
『真田太平記』は戦国時代の武将真田昌幸と、子の信之と信繁(幸村)の物語であるが、真田家に従う忍びの者たちの物語でもあると云える。この忍びの中にはお江のように女もいる。
「春の雪崩」の章では、いきなり女の肌の匂いを感じさせる。合戦の血の匂いが混じり、戦闘中に無我夢中で脱糞する者もいるのだとか。そして春の草木や土のにおいまで感じられてくる描写もある。
池波正太郎は1923年(大正12年)、浅草区聖天町いまの住所表記では台東区浅草七丁目の生まれである。
戦時中は横浜の第八〇一海軍航空隊、鳥取の美保航空基地などで電話交換手などの業務に携わり、美保で終戦を迎えた。
戦場には行っていないようだが、戦争は経験している。
話が変わって、池波正太郎作品のお気に入りポイントを挙げよう。
直属の上官に心服できぬかぎり、
「死ぬ気にもなれぬ……」
のが、兵士であった。
改行をせず、「」も使わず、そのまま書いても意味は通ると思う。
直属の上官に心服できぬかぎり、死ぬ気にもなれぬのが、兵士であった。
ただその場合、作家の視点による兵士の説明で終わってしまう。池波のように「」で独立させることで、人物の言葉となり血の通った言葉になる。
Wikipediaによると池波は、
「1944年4月、横須賀海兵団に入団。間もなく武山海兵団内自動車講習所に入所。しかし、教官の暴力的な教えかたや物資横流しに反感を持ち、ことあるごとに反抗的な態度を取り、繰返し制裁を受け、同所を修了しないまま退所」とあるから
「死ぬ気にもなれぬ...…」
のは向井佐平次より池波正太郎自身かもしれぬ。
また改行することで文章にリズムも生まれる。このあたり黙読でサラッと流してしまうには、惜しまれる。ちょいとその気になって間をとりながら読んでみるのもよろしいかも。
