てくてくnote 鎌倉 大蔵山杉本寺 坂東三十三観音第一番(前篇)
坂東三十三観音霊場の第一番札所である鎌倉の 大蔵山 杉本寺 に参る。
心ひそかに坂東三十三カ所を巡拝しようと思っては、いる。
(おそらく途中で挫折するだろうから心ひそかに思うことにしている)
坂東三十三観音は関東一都六県にまたがる観音霊場。関西には花山院が再興したという西国三十三観音という巡礼がある。源平の争乱で関東の武将たちが西国へ出向くようになり西国観音霊場を知り、戦乱後に鎌倉を中心とした東国にもそういった巡拝の道を求めたのが始まりらしい。
それゆえに坂東の観音霊場は鎌倉から始まる。
一番から三十三番まで札所に番号がふられているが、かならずしも順番通りにお参りしなければならないわけでもない。好きにすればいい。
とはいえ、とりあえずは第一番札所からスタートさせてみようと考える。

鎌倉駅や鶴岡八幡宮の東のほう、金沢八景へ抜ける道の途中に杉本寺はある。このあたりは谷あいのようなところだ。
鎌倉駅からバスでも行けるが、歩いても30分くらいだろうか。

神奈川県鎌倉市二階堂
天台宗 大蔵山 杉本寺
ご本尊 十一面観世音菩薩
ご詠歌 頼みある しるべなりけり 杉本の 誓ひは末の 世にもかはらじ

御由緒
奈良時代の天平六年(734)、聖武天皇の皇后である光明皇后の御願により、藤原房前〔ふじわら の ふささき〕、行基〔ぎょうき〕により建立。
御本尊は天平六年(734)行基作、仁寿元年(851)慈覚大師円仁作、寛和二年(986)恵心僧都源信作の三体の十一面観音像。
鎌倉時代の火災のときに、三体の観音像は境内の大きな杉の下に自ら逃げられたと伝わり「杉の本の観音さま」と呼ばれるようになった。
ただし『吾妻鏡』には火災時に寺の僧が持ち出したとあるようです。
拝観料 300円(大人)

寺伝どおりならば、行基の創建で鎌倉最古のお寺さんでなる。
鎌倉は源頼朝により幕府が置かれ武家の都として発展していったのだろうが、それ以前は海に面した寒村にすぎないのではないだろうか。あまり想像がつかない。
街道すじから境内に入る際に拝観料を納める。苔むした石段をあがると茅葺の仁王門がある。仁王門は享保年間(1716-35)の建造。なかなか茅葺の建造物を見る機会もなくなりつつあります。
この貴重な仁王門には左右に仁王が参拝者を迎えている。そしてこの門の目をひくのは多くの千社札だ。山あいの、ちいさな寺院ではあるが、多くの巡礼者が訪れたことであろう。



この仁王門の先に苔の絨毯が敷かれたような石段が本堂へまっすぐ伸びているが、こちらは立ち入りが禁止されている。美しい苔を守るためだろう。

本堂への道は苔の階段の左手に新しく道が作られている。苔の階段の右手には鳥居が建ち、その先に大蔵弁財天堂がある。こちらの弁天様は祈願すれば大きな蔵が建つと言われるありがたい弁天様である。

それでは新しい参道から本堂のほうへ参りましょう。
萩の花が少しだけさいていた。夏に咲く萩かしら、それとも秋の萩の咲き始めかしら。これから夏が本番を迎えようとしているけれど、季節は一歩先を歩んでいるらしい。


高台の少しひらけたところに建つ杉本寺の本堂。それでは次の回で、本堂内部へ参りましょう。
