てくてくnote 京都 大原 江文神社
大原のんびり散策の続きです。花尻の森から北上し、惟喬親王の御墓に参りました。
その後は、大原の街道に戻り少し北へ進む。野村別れという交差点に出て、ここで西へ曲がり川を越えると里の駅 大原があります。

時刻は昼時なのですが、どうもそれほど食べたいわけでもない。さりとてこの場所を逃すと、なにか食べ物や飲み物を手に入れる機会もないかもしれないと考えて里の駅に立ち寄ってみた。
よもぎ餅と赤しそ餅、ともにアンコ入り、が1つづつ入ったものが売られていたのでこれを購入。歩きながら餅をくらふ。
しっかりもっちりした餅にあんこがうまい。大原の里の秋の空気と一緒に食べるから尚更だろうか。赤しそが餅に練り込まれたのも、ちょっと変わった風味だがわりとイケる。

さて里の駅から道を西にとり、大原郷八ヵ村の氏神である江文神社へ向かうことに。道端のコスモスが美しい。
こんな小春日和の穏やかな日は、優しさがしみてくるようですわ、ホンマに。


大原の集落から江文峠をこえて静原へぬける道の途中を右手の山へ入る。木立の中を進んでいくと江文神社が待っていてくれている。


江文神社は大原郷八ヵ村の氏神。天台宗や法華宗などで信仰される三十番神のひとつでもある。
三十番神は日々交代で神さまが国家国民を守護してくれているという考えであり、熱田神宮、石清水八幡宮、吉備津神社、住吉大社など名だたる大社名社が名を連ねているなかで、いちばんマイナーな感のあるのが、大原の江文神社かもしれない。
神様には失礼な言いぐさだが、おそらく京都の人に聞いてもエブミジンジャはよう知らんいう人は少なくない気がする。


この三十番神には日吉大社が5柱の神が選ばれており、比叡山の山麓にある赤山禅院も入っていて、あきらかに比叡山の影響が強い。江文神社は地理的にも比叡山に近いので、影響を受けているのは確かだと思われる。
実際に訪れて見ると、マイナー感とは申しましたがかなり立派な神社である。人里から少し離れた静謐な空間に鎮座されていらっしゃる。とんだ失礼なことを申しました。堪忍。
京都市の駒札によると、古くは江文山とも称した背後の金毘羅山の頂上に祀られていた神々を、平安時代末期に山麓に社を建立し祀ったのが創建のはじまりという。
主祭神は倉稲魂命〔うがのみたまのみこと〕。
両脇殿に級長津彦命〔しなつひこのみこと〕、軻遇突智命〔かぐつちのみこと〕ほかを祀る。
もとは毘沙門堂江文寺だったということです。「毘沙門堂」「金毘羅山」などの名前からも神道よりは仏教であり、もしかすると修験道の山だったかもしれないが、現在の江文山(金毘羅山)はロッククライミングで知られているそうだ。

社殿の右手に社務所があるので、御朱印をいただいた。社務所の入り口の扉が開いているので、声をかけると裏手から年配の方が出てきた。草むしりでもされていたか。お手を煩わせて申し訳ない。
参拝中は誰も訪れることはなかった。素敵な神社の境内を独り占めできる瞬間は嬉しい。境内にはいくつか末社があるが、勉強不足でよう分からない。重ねて許されたし。
タップリあんこの饅頭もくったし、タップリ清浄な空気も心身に染みこまさせていただいて、かなり満足な気分。
さて、大原の散歩は続く。
