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読書note1-6:「天魔の夏」/池波正太郎『真田太平記』(新潮文庫)第一巻より

読書の秋、池波正太郎の『真田太平記』を読んでいます。
各章ごとに雑文を投稿する6回目は、新潮文庫第一巻の表題にも採られている「天魔の夏」です。

『真田太平記』は再読です。若い頃に読んで、真田昌幸はじめとする登場人物の生き生きとした行動に惹かれたものです。
年を重ねてきて彼らの生き生きとした行動の源泉が、人はいずれ死ぬ、ということにあるように思われてくる。
戦国の武将や忍びの者たちですから、死が身近なのは当然でしょう。明日をもしれぬ身と思い至れば、生き方が濃密になってくる。死ありて、生あり。

さて、上州は織田家の武将、滝川一益が治めることになった。
真田昌幸にとって、織田信長に従うことは滝川一益に仕えなければならないということ。滝川一益がいかなる人物か、それによっては一戦交える覚悟であった。

甲州征伐を終えた織田信長は安土城へ凱旋していった。これまでの最大の功労者ともいえる徳川家康の労をねぎらうため信長は家康を安土に招き歓待した。
そんな折、中国征伐中の羽柴秀吉から是非とも信長公の出陣を乞うとの知らせが届く。
急ぎ浜松へ戻り出陣の支度をするという家康に京大阪を見物してから、ゆっくり中国征伐へ来たらいいと促し、家康を送り出してから信長は安土を出発した。

壺谷又五郎を中心とする真田の草の者の諜報活動も活発に描かれている。女の草の者であるお江も又五郎と合流。
彼女は自分の身に降りかかる火の粉を払うべくしばし単身行動をしていた。

忍びの者といえば伊賀と甲賀が知られているが、各地に忍びの者はいたそうな。壺谷又五郎は伊那の忍びであった。それが武田に仕えいまは真田に仕えている。
信玄は草の者を重用した。
勝頼は忍びを軽んじた。彼らが死に物狂いで得た情報を右から左に聞き流した。
その点、真田昌幸は武田信玄に似ている。
彼らの報告に耳を傾け、労を労う。
忍びと言えども、血の流れている人である。働きがいのある人の為に働きたくもなる。

お江の父は甲賀の忍びであった。
甲賀の棟梁の指示で武田信玄に仕えた。ところが甲賀に戻れという指示が出ても、甲斐に残った。信玄の人となりに心服したが、それは甲賀への裏切りである。
お江は甲賀を知らぬが、裏切り者の娘ゆえ甲賀に狙われているものと思う。

京へ入った信長の動向を探っていたお江は、偶然にも甲賀の追手である猫田与助を見かける。そして甲賀忍びの宿所をつきとめる。
夜になり、お江は己が身の宿怨を断ち切るため猫田与助の命を狙いに京の都の闇にまぎれた。
同じ頃、なぜか中国征伐へ向かうはずの明智光秀の軍勢が京の都へ向かっていた。

それは、
天正十年六月三日の未明のことだった。


『真田太平記』第一巻「天魔の夏」はこれにて読了。いやぁやっぱり面白いですね。池波正太郎の筆の心地よさ。それも再読なので忘れていた記憶がよみがえり、懐かしい旧友と再会するような気分にもなる。
さっそく第二巻へと参ります。



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