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てくてくnote 台東区谷中 感應寺のクスノキ あるいは 妙雲寺のクスノキ

今回も谷中さんぽで訪ねたお寺さんです。
台東区谷中6丁目にある 光照山 感應寺〔かんのうじ〕は日蓮宗のお寺さん。
慶長元年(1596)に神田佐久間町河岸に創建。開山は弘法寺十世の日感上人。
明暦三年(1657)の明暦の大火ののち、現在地に移転。谷中にはすでに同名の寺院(現在の天王寺)があったため、これと区別をするために神田感應寺と称する。山号は神田山とも。
境内には渋江抽斎の墓がある。

光照山感應寺
山門には神田山とある
本堂には光照山とある

渋江しぶえ 抽斎ちゅうさいは江戸末期の儒学者・医師。一般に森鴎外の著書により知られている人物だと思う。本を読んだことはない。題名だけは耳にしたことがあるという程度。

わたくしは谷中の感応寺に往って、抽斎の墓を訪ねた。墓は容易たやすく見附けられた。南向の本堂の西側に、西に面して立っている。「抽斎渋江君墓碣銘ぼけつめい」という篆額てんがくも墓誌銘も、皆小島こじま成斎せいさいの書である。漁村の文は頗る長い。後に保さんに聞けば、これでも碑が余り大きくなるのを恐れて、割愛して刪除さんじょしたものだそうである。

森鴎外『渋江抽斎』より

この寺の境内墓苑の北側にクスノキが見える。とても大きなこんもりとした山のようなクスノキである。ところがこのクスノキを「感応寺のクスノキ」と呼ぶには我ながらちょっと抵抗がある。

クスノキ
クスノキ

それというのも、実は感応寺の北側の寺院・妙雲寺との塀を、またぐ形でこのクスノキは大きく成長しているからだ。
古い書物には「谷中感応寺の樟」としているものもあるが、現在クスノキに架かっている台東区の保護樹木を記すプレートには「所有者:妙雲寺」と記されている。

ということは、このクスノキは現在「妙雲寺のクスノキ」と申し上げるべきところなのでしょう。
なのですが、今回は感応寺側から拝見したクスノキということで「感応寺のクスノキ」と題させていただきます。ご了承ください。
ちなみにとなりの妙雲寺もまた日蓮宗のお寺さん。

塀をまたぐ格好のクスノキ
クスノキ
クスノキの下にて

クスノキの巨樹に、さんぽ中に思いがけず出会えて心地よい気分。巨樹好き。
されどこの地は公園ではなく墓地の奥。巨樹参りの際には配慮はされたし。
おっと、クスノキに感銘して渋江抽斎の墓を訪ねるのを失念しました。

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