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活字から離れる一週間チャレンジの結果

退職して4か月目、まだまだ混乱期が続くmomomiです。

先週は一週間、さまざまな活字から離れる一週間にチャレンジしました。
目的は私の創造性を取り戻し、本来の自分を回復することです。
先月から「ずっとやりたかったことを、やりなさい」(ジュリア・キャメロン著)のエクササイズに取り組んでおり、4週目の課題が一週間活字を読まないエクササイズでした。


活字から離れる一週間チャレンジ

私の経験では、もっとも強い抵抗を示した人ほど多くを得たことを報告しておきたい。このエクササイズのねらいは、活字を読まないでいると、遅かれ早かれ手持ち無沙汰になり、遊びたくなるところにある。

「ずっとやりたかったことを、やりなさい」

私は物心ついたころから活字中毒というか、四六時中何かを読むことが癖になっていて、活字がない生活なんて考えられないタイプの人です。だから「いや、正直これは無理だろう…」と思っていましたが、こんなことを書かれていたらやるしかない。

気になる結果ですが、完全に活字から離れて一週間過ごすのは失敗しました。部分的に成功したのは活字から離れるラマダンみたいな過ごし方ができたことでしょうか。
朝一からスマホでものを読まない、少なくとも日中は活字を読まない、夜も子供の読み聞かせや必要なプリント以外は目にしない生活を送りました。
ニュースもブログも本もなし。そんな一週間です。

中途半端なチャレンジでしたが、活字から離れるメリットは大きくいろんな発見がありました。

とりあえず動こうという気になる

気づくとスマホを片手にソファでぼーっとしている。
PCで作業を始めたつもりが、ネットサーフィンして思ったより時間が過ぎていた。
そんなことはありませんか?

私はしょっちゅうあります。
こればっかりは仕事をしていた時からある悪い癖ですが、仕事を辞めたら顕著に悪化しどうしたものかと思っていました。

しかし、活字から離れなければいけない。

いきなり手持ち無沙汰になった結果、先週は散歩をたくさんしました。
とりあえず散歩でもするか、みたいな。
他に久しぶりにフラを踊りたくなったり、体を動かしたくなることが不思議と多かったです。
これはこれで健康的でありですね。

言葉が自分の中から湧いて出てくるのを感じる

電車の中でもいつも本を読むか、audibleやポッドキャストを聞くか、スマホでニュースを見てしまう。
そんな私が電車で出かけるときに何をするかですが、先週は本もスマホも基本ないと思っていたので代わりにノートを持ち歩きました。

何もしないでぼーっと外を見ながら、電車で座っていると、私の中から言葉があふれてきて何かを書きたいという衝動にかられました。
言葉があふれる、というのは私にとって初めての体験で衝撃でした。

伝えたいものがある、書かずにはいられない、そんなものが自分の中に眠っていたとは、という驚き。

そして、インプットが多すぎると、アウトプットしなくなってしまうんだということを身をもって感じました。
インプットされていることで何かしたような気がするということはなくても、インプット自体に満足してそれ以上何かしようというエネルギーがなくなってしまうんでしょう。

よく作家の方がホテルに缶詰めになる、ということを耳にしますが、自分を追い込むほかに情報を遮断することで産み出される何かがあるんだろうなと思います。
ちなみに私が憧れる実業家の皆さんは結構な割合で一人でホテルに泊まっている話を聞きます。私も素敵なホテルに一人でステイしたい。

活字を読むことで自分をごまかしていることに気づく

活字を読む理由はそれぞれだと思います。

日々のニュースをチェックすること、知りたいことを情報収集する、元気がないとき誰かの文章を読むことで元気になれる…
一方で、活字を四六時中目に入れることが、自分から目を逸らし自分をごまかしている一面があるんだということに気づかされ、考えさせられる一週間でした。

書く事が内省だというなら、読むことは外に意識を向け続けることになります。当然書くために調べ物をしたり、外に意識が向くこともあれば、他の人の書いた文章で自分の内側に意識が向くこともあります。

問題はその頻度で、読んでいるときには基本的には受動的に読んでいることが多く、内側に目がいくことは比較的少ないということなのだと思います。
しぜんと自分に役立つ情報を外から取り入れることばかりに一生懸命になってしまう。

今の自分の問題から目を逸らして、何かが変わることを期待してしまう。
今の延長線上で自分が努力すれば、何かを変えることができるような気がする。

決して間違ってはいないけれど、ずっとそればかりでは大きく変化することは難しいのかもしれません。
インプットを減らして、もっといろんなことを感じてみると、自分自身がオープンになってより多くのものが受け取れるような気がしました。
リトリートとか外界を遮断するものが多いのは、この辺りを狙っているのだと思います。

終わりに スマホのある世界で活字を断ち切るのは難しい

今回のチャレンジが中途半端に終わった最大の理由、それはスマホです。

手にするといろいろ目にしたくなってしまう。LINEも来るし。
スマホは本当に私たちの時間を奪う天才だなと思います。
なかなか手放せませんが。

ただ中途半端に終わったとしても、活字から離れるチャレンジは私にとって意味のあるものでした。
それは多すぎるインプットの弊害と活字から離れるメリットを、体感することができたからです。

一般的に大量のインプットは奨励されていますが、負の側面があるなと思います。
エネルギーがあまり多い方ではない私は、インプットに力を入れすぎるとアウトプット(=行動)できなくなることは薄々感じていましたが、今回のチャレンジの結果、インプットをやめるだけでアウトプットしたくなるということはバランスが崩れるだけでもアウトプットできなくなることが容易に想像できるようになりました。
活字だけがインプットではないので、外界からの刺激が多すぎるときも刺激に対応することで精一杯になり、アウトプットは難しくなります。

かといって、インプットをせずにアウトプットし続けることもできないし、その人にとって最適なバランスがあるんでしょう。

今回のチャレンジで少なくともインプットする時間を減らせばアウトプットしたくなる自分に気づいたので、これからは時々意識的に活字から離れる時間を取り入れることを決めました。
とりあえず来週のキャンプはスマホを手放し、活字のない世界を味わいたいと思います!

読んでくださってありがとうございました。

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