昔は大人も子供だったのに…自分勝手なものだな
この小説は近年、ネット記事で拝見した物をオリジナル小説で書いたものです。
主な登場人物
高橋 伸治(50代・主人公) 公園の目の前に住むサラリーマン。子どもの頃は泥だらけになって遊んでいたはずなのに、仕事の疲れもあり、最近は公園から響く子どもの声やボールの音に強い苛立ちを覚えている。
健太(小学生) 公園で遊ぶ近所の子ども。ルールに縛られ、どこに行っても怒られることに屈託や不満を感じている。
市長 テレビで「公園はみんなのもの。みんなで大切にしましょう」と耳当たりの良い演説をする政治家。
あらすじ
かつて自分も子どもとして放課後を外で過ごしていたはずの主人公・伸治
しかし、大人になった今、自宅のすぐ前にある公園から聞こえる騒音に耐えかねていた。
「公園の使い方が悪い」「子どもがうるさい」と行政に苦情を寄せる大人の一人になっていたのだ。
ある夜、テレビで市長が「公園はみんなのものです。だから皆さんで大切に使いましょう」と綺麗事を演説しているのを見て、伸治は思わず毒を吐く。
「『みんなのもの』って言うなら、どうして私の家の前に公園があるんだ。私のものじゃないじゃないか」
公的な場所であるはずの公園が、自分にとってはただの「私生活を脅かす害」でしかないことに、自己矛盾と歪んだ憤りを募らせていく。
公園には「ボール遊び禁止」「大声禁止」「花火禁止」と、大人の苦情によって増えた看板がズラリと並んでいる。
伸治は静かな街になったのだと自分を納得させようとするが、現実は違っていた。大人が自分の都合を押し通した結果、社会全体から「他者への不寛容」が溢れ出していたのだ。
ある日、伸治は公園の隅で遊んでいた少年・健太と出会う。
健太は、禁止事項ばかりの公園で遊ぶ場所を失い、大人たちの顔色を伺うようになっていた。
しかし、その健太の発する言葉や振る舞いにもまた、大人顔負けの冷めた「自分勝手さ」や「他者への排他性」が滲み出ていた。
大人たちの「自分の権利ばかりを主張する姿」を見て育った子どもたちに、すでにその不寛容さが伝染していることを伸治は突きつけられる。
ある週末、公園でちょっとしたトラブルが起きる。
ルールを破って遊ぶ子どもたちに対し、近所の住民たちが激しく怒鳴り散らしたのだ。
双方の主張は平行線をたどり、激しい言い争いに発展する。
「子どもの遊ぶ権利」でもなく、「静かに暮らす権利」でもなく、ただ「自分が損をしたくない」というエゴと不満のぶつけ合い。
その惨状を目の当たりにした伸治は、かつて自分がテレビの前で呟いた「私のものじゃない」という言葉の本当の意味に気づき始める。
「みんなのもの」という言葉は、誰かが譲り合って責任を持つという意味ではなく、「誰も責任を取りたくない都合の良い場所」という意味に成り下がっていたのだった。
騒動が収まった夕暮れ、誰もいなくなった静かな公園のベンチに伸治は一人で座る。
自分の家の窓を外から眺め、初めて「公園側から見た我が家」の風景を知る。
「上品」という名のもとに不寛容さを深めていくこの街で、自分もまた子どもたちにその毒を伝播させていた一人だったのだと自覚する伸治。
劇的な解決策やハッピーエンドがあるわけではない。
しかし、次に健太が公園にやってきたとき、伸治は今までとは少し違う言葉をかけるのだった。
第1話:自分勝手
夕方の5時を告げる防災行政無線が、カラスの鳴き声と一緒に薄暗くなった町に響き渡る。
高橋伸治(50歳)は、リビングのソファで深くため息をついた。
今日はずっと頭が重い。終日、パソコンの画面と睨み合い、不毛なメールの往復に神経をすり減らして帰宅したばかりだった。
外からは、まだ甲高い子どもの声と、硬いボールが地面を跳ねる乾いた音が聞こえてくる。
時折、我が家のブロック塀にボールが当たる鈍い音が混じる。
そのたび、伸治の胃のあたりがキュッと縮み上がるような不快感に襲われた。
伸治の自宅の目と鼻の先には、市が管理する小さな公園がある。
「まったく……もう5時だぞ」
伸治はカーテンの隙間から外を覗いた。
ブランコを漕ぎ過ぎて鎖をギシギシ鳴らす小学生や、狭い敷地でサッカーボールを蹴り合っている少年たちが数人。
かつて、自分だって子どもだった。
昭和の終わり頃、泥だらけになりながら日没ギリギリまで空き地や公園で遊び倒していた記憶はある。
だが、いま眼前に広がる光景と、自分の幼少期を重ね合わせる寛容さは、今の伸治には一微塵も残っていなかった。
大人になって分かったのだ。疲れ果てて帰ってきた家で、自分の意志とは無関係に他人の発する「音」を聴かされ続ける苦痛が。
「だいたい、あの公園の使い方はなんだ。看板だって出ていただろ」
伸治は誰に言うでもなく呟いた。
公園の入口には、ここ数年で急増した注意書きの看板が所狭しと並んでいる。 『ボール遊び禁止』『大声をださない』『夜間の立ち入り禁止』『ペットのフンは持ち帰る』……。 近所の住民たち——伸治も含めて——が行政に何度も叩きつけた苦情の「成果」だった。
苦情が増える世の中。
世間はそれを「住人の心が狭くなった」と批判的に言うこともある。
だが伸治に言わせれば、それは違う。
社会が「合理的」になったのだ。
ルールを守り、お互いのプライバシーを侵さない。それが現代の成熟した大人のマナーのはずだった。
しかし、現実はどうだ。
いくら看板を立てても、子どもたちは平然とボールを蹴り、親はそれを注意しもせずにスマホを眺めている。
大人たちの静寂を求める権利は、踏みにじられたままだった。
伸治は吐き気を催すような苛立ちを紛らわせようと、テレビの電源を入れた。
画面には、スマートなスーツを着た地元の市長が映っていた。
どこかの地域集会で、マイクを握って笑顔を振りまいている。ニュースの特集記事らしい。
『——最近、公園を巡る騒音や利用マナーについての苦情が相次いでおります。しかし、私は伝えたい』
市長はカメラ目線になり、胸に手を当てて朗々と語りかけた。
『公園は、みんなのものです。子どもからお年寄りまで、誰もが等しく集う場所です。だからこそ皆さん、自分勝手な主張は控え、みんなで大切に使いましょう』
スタジオのコメンテーターたちが「実に理想的なスピーチですね」「寛容さが大切です」などと深く頷いている。
それを見た瞬間、伸治の頭の中で何かがプチッと音を立てて切れた。
血が逆流するような感覚の中、テレビ画面の市長に向かって、抑えきれない言葉が口から漏れた。
「『みんなのもの』って言うなら……どうして私の家の前に公園があるんだよ?」
自分の声が、静かなリビングに虚しく響く。
「私のものじゃないじゃないか。税金を払って、静かに暮らしたいだけの俺が、どうして毎日毎晩『みんな』の騒音を押し付けられなきゃいけないんだ」
リモコンをテーブルに叩きつけるように置く。
上品な社会、ルールを守る美しい街。
そんなものは上辺だけの綺麗事だ。
市長も、テレビの中の識者も、そして公園で騒ぐ子どもの親たちも。
誰も彼も、結局は自分の都合しか考えていない。
「みんなのもの」という言葉は、「誰の所有物でもないから、誰も責任を取らなくていい」という大人の卑怯な言い訳に過ぎないのではないか。
伸治は窓の外を見た。
夕闇が濃くなる中、子どもたちが「じゃあな、また明日!」と声を掛け合い、自転車で走り去っていくのが見えた。
残された公園には、誰かが食べ散らかしたスナック菓子の袋と、放置されたジュースの缶。
伸治は深いため息をつき、重い腰を上げた。
このままでは今夜も寝つきが悪くなる。警察に通報するほどではないが、市役所の問い合わせフォームにまた一通、苦情のメールを送りつけるために、パソコンに向かうのだった。
社会が上品になればなるほど、人の心は冷たく、自分勝手になっていく。 伸治はまだ知らなかった。
その「大人たちの自分勝手」が、すでに公園で遊ぶ子どもたちの心にまで、深く、確実に伝染し始めているということを。
第2話:見えないルールライン
「また苦情のメールを送ったのかい?」
翌朝、トーストにバターを塗りながら、妻の美智子が呆れたように言った。
「当然だろう。昨日も酷かった。ボールが塀に当たる音がどれだけストレスか、あいつらには分からないんだ」 コーヒーをすすりながら、伸治は新聞から目を離さずに答えた。
「でも、少し神経質になりすぎじゃない? 市役所の人だって困ってるわよ。それに……あなただって、子どもの頃は近所の家の壁でキャッチボールしてたって、お義母さんから聞いたことあるわよ」
美智子の言葉に、伸治はむっとした。 「昔と今は違う。今はルールがあるんだ。あの看板が見えないのか?『ボール遊び禁止』だ。大人が決めたルールを子どもが破る。それを大人が正さなくてどうするんだ」
「そうだけど……」美智子は何か言いかけたが、ため息をついて席を立った。
出勤のため家を出ると、朝の澄んだ空気の中に公園の景色が飛び込んでくる。
昨夜のゴミは、近所の老人会の人が早朝に片付けたのだろう、綺麗になくなっていた。
公園の入り口に立つ、禁止事項が羅列された看板。
伸治はそれを見て、少しだけ溜飲が下がる思いだった。自分の権利を守るための正当な防衛線。
この看板がある限り、自分は被害者であり、正しいのだ。
数日後の土曜日の午後。
伸治は庭の植木の剪定をしていた。
休日の昼下がり、公園からはやはり子どもの声が聞こえてくる。
ハサミを動かしながら、ふと公園の方に目をやると、一人の少年がベンチに座ってゲーム機をいじっていた。
近所に住む小学5年生の健太だ。
よくこの公園で見かける顔だった。
健太の周りには誰もいない。ただ一人、黙々と画面を見つめている。
そこへ、健太よりも少し幼い、小学校低学年くらいの子どもが三人、ビニールボールを持って公園に入ってきた。
彼らは楽しそうに声を上げながら、公園の中央でボールを蹴り始めた。
「……おい、またか」 伸治はハサミの手を止め、眉間に皺を寄せた。
またボールの音が響き始める。窓を開けて怒鳴ってやろうかと、庭のフェンスに近づいた時だった。
「おい、お前ら」
ベンチにいた健太が、ゲーム機から顔を上げずに、冷たい声でボール遊びをする子どもたちを呼んだ。
子どもたちがピタリと動きを止める。
「見えないの? あそこの看板」
健太は顎で入り口の看板をしゃくった。
「『ボール遊び禁止』って書いてあるじゃん。ルール守れよ」
低学年の子どもたちは、顔を見合わせた。「でも、柔らかいボールだよ?」「誰にも迷惑かけてないよ」と、小さな声で反論する。
健太は鼻で笑った。
「柔らかいとか関係ないから。ボールはボール。禁止って書いてあるんだから禁止なの。お前らがここで遊ぶとさ、後で大人が来て『子どもはマナーが悪い』って怒るんだよ。俺たちまで巻き込まれるから、やめてくんない?」
その口調は、大人が子どもを諭すようなものではなかった。
ただ面倒事を遠ざけたい、自分の空間を邪魔されたくないという、冷え切った排他性に満ちていた。
「もし続けるなら、スマホで動画撮って、市役所にチクるよ。証拠があれば一発だし」
健太がポケットからスマホを取り出す素振りを見せると、低学年の子どもたちは怯えたようにボールを拾い上げ、無言で公園から走り去っていった。
フェンス越しにその一部始終を見ていた伸治は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
健太の振る舞いは、まるで自分だった。 ルールを盾に取り、自分は安全圏から相手を批判し、排除する。少しの融通も、話し合いの余地も与えない。
「上品」で「合理的」な社会。
伸治が求めていたはずのその社会のルールは、子どもたちの間で確実に歪んだ形で学習されていた。
健太は、大人が子どもを守るためにルールを作ったのではなく、大人が自分たちの都合で子どもを排除するためにルールを作ったことを見抜いていたのだ。
だから彼もまた、自分より弱い者に対して同じ論理を使い、自分の空間を守ろうとした。
「おとなの自分勝手が子どもに伝染している……」
伸治は手に持った剪定バサミを見つめた。
自分は、静かに暮らす権利を守りたかっただけだ。
でも、そのために積み上げた苦情と看板の数々は、子どもたちから「遊び場」だけでなく、「他者を許容する心」まで奪ってしまったのではないか。
公園は、もう誰のものでもなくなっていた。
「みんなのもの」ではなく、「誰かが少しでも迷惑だと感じたら、すぐに排除される監視空間」になり果てていた。
伸治は、自分自身がその冷たい空間を作り出した共犯者の一人であることを、初めて生々しく突きつけられたような気がした。
第3話:無人地帯の争い
健太が低学年の子どもたちを追い払ってから数日後。
猛暑の残る日曜日の夕方、事件は起きた。
伸治がリビングで読書をしていると、外から突然、激しい怒声が聞こえてきた。
「いい加減にしなさい! 何度言ったらわかるの!」
いつものボールの跳ねる音とは明らかに違う、張り詰めた大人の叫び声だった。
伸治は反射的に本を閉じ、窓際に駆け寄った。
公園の中央で、近所に住む60代の男性・山下と、見慣れない中学生くらいの少年二人が対峙していた。
山下は、この町内会でも特に「公園問題」に厳しい人物だった。
かつて「夜間に若者が集まってうるさい」「ゴミのポイ捨てが酷い」と自治会で何度も声を上げ、公園の利用規制を推進した中心人物でもある。
少年たちの足元には、1球のサッカーボールが転がっていた。
「看板が見えないのか!『ボール遊び禁止』ってデカデカと書いてあるだろうが! お前たちみたいなのがいるから、町内の雰囲気が悪くなるんだ!」
山下は顔を真っ赤にし、指をさしながら少年たちをなじった。
少年の一人は気まずそうに目を逸らしていたが、もう一人の背が高い少年が、苛立ったように言い返した。
「別に人に当ててないし、端っこでパス出し合ってただけだろ! 他に誰もいないじゃん!」
「ルールはルールだ! 誰もいないからやっていいなんて理屈が通るか! 自分のことしか考えていないのか、最近のガキは!」
「あんたこそ自分の都合ばっか押し付けてんじゃねえよ! じゃあ俺たちはどこでサッカーすればいいんだよ! 学校の校庭も放課後は使えない、ここもダメ、どこ行っても怒られるじゃんか!」
少年の叫びは、悲鳴に近かった。
「知るか! そんなものは親か学校に言え! とにかく今すぐ出ていけ!」
山下は聞く耳を持たず、警察に通報しようとポケットからスマートフォンを取り出した。少年たちは「クソジジイ!」と吐き捨てると、地面のボールを乱暴に蹴り飛ばし、そのまま自転車で逃げるように去っていった。
蹴り飛ばされたボールは、大きな音を立てて公園のフェンスに当たり、寂しく転がった。
「まったく、最近の若いのは……」
山下は一人残された公園で、興奮冷めやらぬ様子で肩で息をしていた。ふと伸治の視線に気づいた山下は、胸を張って近づいてきた。
「高橋さん、見ましたか? ああやって毅然とした態度を取らないとダメなんですよ。野放しにしたら、どんどん付け上がりますからね」
山下は誇らしげだった。地域を守った正義の味方といった顔つきだ。
しかし、伸治の心に湧き上がったのは、達成感でも安堵でもなく、泥水を飲まされたような嫌悪感だった。
「……山下さん」
「はい?」
「彼らは、ただパス回しをしていただけなんですよね?」
伸治の問いに、山下は不快そうに眉をひそめた。
「関係ありませんよ。一回でも許せば、次は試合を始めます。ルールは厳格に適用しないと意味がないんです。それが『上品で安全な町』を作るってことでしょ? 高橋さんだって、市役に苦情を出していたじゃないですか」
その言葉が、鋭い刃となって伸治の胸に刺さった。
そうだ。自分も山下と同類だった。
自分たちの「権利」を守るため、ルールという壁を高く高く積み上げてきた。
その結果、手に入れたのは何か。
子どもたちが追い払われ、誰もいなくなった静まり返る公園。
看板と注意書きで埋め尽くされ、
誰もが互いを監視し合い、少しの逸脱も許さない、殺伐とした不快な空間。
山下が去った後、伸治は引き寄せられるように公園に入った。
ベンチに腰を下ろすと、自分の家の窓が見えた。いつもは内側から公園を鬱陶しく眺めていた窓。
しかし、公園のベンチから見る我が家は、どこか冷たく、外を拒絶しているかのように固く閉ざされていた。
「みんなのもの……か」
伸治は低く呟いた。
「みんなのもの」とは、誰の好きにしてもいい場所という意味ではない。同時に、誰か一人の都合で誰かを排除していい場所という意味でもなかったはずだ。
お互いに少しずつ我慢し、お互いに少しずつ譲り合う。その泥臭いコミュニケーションを放棄し、手軽な「禁止ルール」に頼った結果、この場所は「誰のものでもない無人地帯」に成り下がってしまった。
夕闇が迫る公園で、伸治は転がったままのサッカーボールをぼんやりと見つめていた。
最終話:小さな溝
公園にぽつんと残されたサッカーボール。
伸治はベンチから立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってそれ拾い上げた。
表面は擦り切れ、黒い模様の一部が剥げかけている。
手垢と泥のついたその重みを感じながら、伸治はボールを抱えて公園を出た。
翌日の放課後。
伸治は珍しく会社を定時で上がり、急ぎ足で自宅へと向かった。
公園のベンチには、やはりあの少年——健太が座っていた。
一人でスマホの画面を眺め、世界から孤立するかのように背中を丸めている。
伸治は息を整えると、公園の入口をくぐった。
砂利を踏む音に気づき、健太が警戒するように視線を上げてくる。
その目は「また大人が文句を言いに来たのか」と言いたげだった。
伸治は脇に抱えていたサッカーボールを、健太に見えるように持ち上げた。
「これ、昨日の男の子たちの忘れ物だ。きみ、あいつらの連絡先とか知らないか?」
健太は少し驚いた顔をし、すぐに冷ややかな表情に戻った。
「知りませんよ。それに、ここでボールなんて持分作ってたら、また山下のおじさんたちに怒られますよ。ルール違反だし」
健太の口から自然と出る言葉。伸治は胸を痛めながらも、静かに首を振った。
「そうだな。ルールはある。俺も、自分の家の壁にボールをぶつけられたら嫌だし、うるさいのも正直言って得意じゃない」
素直な本音を口にすると、健太が少し目を見開いた。
「でもさ」と伸治は続けた。
「禁止、禁止って追い出していったら、最後には誰もいなくなっちゃうんだよな。ここ、ただの空き地になっちゃう」
伸治はボールをベンチの端にそっと置いた。
「もしあの子たちを見かけたら、渡してやってくれないか。『次からは少しだけ小さめの声で、人に当たらないように気をつけて遊べよ』って、俺が言ってたって伝えてさ」
「……おじさん、市役に苦情出してたんじゃないの?」 健太がボソッと呟いた。
子どもは、大人の行動を驚くほどよく見ている。
「出してたよ」伸治は苦笑した。「自分のことしか考えてなかったからな。でも、お前たちにまで『自分勝手』を押し付けるのは、なんか違うと思ったんだ」
健太は黙って、ベンチの上のボールを見つめた。
「じゃあな。少しずつ、うまくやろう」
伸治はそう言って背を向け、自宅へと戻った。
その日の夜、リビングのテレビではまたどこかのニュース番組が「公園の騒音問題」について街頭インタビューを流していた。「子どもの声は騒音か」「大人の心が狭いのか」と、相変わらず極端な二者択一の議論が交わされている。
伸治はリモコンを取り、静かにテレビの電源を切った。
画面が消え、部屋に本当の静寂が訪れる。
カーテンを開けると、街灯に照らされた夜の公園が見えた。
昼間に置いてきたサッカーボールは、もうベンチの上にはなかった。
健太が持ち帰ったのか、それとも持ち主が取りに来たのかはわからない。
ただ、あの無機質で冷たかった公園に、ほんのわずかな「人間の温もり」が戻った気がした。
世の中が急に優しくなるわけではない。自分勝手な大人はこれからも苦情を言い続けるだろうし、子どもたちもまた、ルールを破って怒られるのだろう。
だが、ほんの少しだけ相手の領分を許し、ほんの少しだけ自分の我を引く。 「みんなのもの」という曖昧な言葉に甘えるのではなく、その小さな我慢と譲り合いの繰り返しの中にしか、本当の寛容さは存在しないのだ。
伸治は窓の外に向かって、誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「……明日もまた、少しうるさいかもしれないな」
その言葉には、昨日までの刺々しさはもう含まれていなかった。
伸治はゆっくりとカーテンを閉め、温かいお茶を飲むためにキッチンへと向かった。
あとがき
本作は、「かつては自分も子どもだったのに、大人になると自分勝手になり『みんなのもの』という言葉を盾に排他的になってしまう」という鋭い問題意識から生まれました。
主人公の伸治も、近所の山下さんも、決して意地悪がしたくて苦情を言っているわけではありません。日々の生活で疲れ果て、自分の安らげる場所を守りたいというごく当たり前の「権利」を主張しているに過ぎないのです。
しかし、その正当な主張が積み重なった結果、社会から「ゆとり」や「寛容さ」が削ぎ落とされ、その歪みが一番弱い存在である子どもたちに「冷めた自分勝手さ」として伝染していく。
この現代特有の閉塞感と負の連鎖を、小さな公園という縮図を通して表現することを試みました。
作中で伸治が気づいたように、「みんなのもの」という言葉は一見すると平和的ですが、裏を返せば「誰も責任を取らず、少しでも気に入らなければ排除していい場所」になり得る危うさを持っています。
劇的なハッピーエンドで問題が解決したわけではありません。
それでも、伸治がほんの少しだけ自分の「我」を引っ込め、子ども側に歩み寄ったように、私たち一人ひとりが持てる「小さな譲り合い」こそが、冷え切った社会を少しだけ温かくする処方箋なのかもしれません。
最後までお読みいただき、現代社会の「寛容さ」について少しだけ立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。
