紫陽花の青は、まだ少し怖い
雨。
雨と言えば、紫陽花を思い浮かべる人も多いと思う。
僕はずっとこの紫陽花が苦手だった。
話は幼稚園まで遡る。
僕は幼稚園が嫌いだった。
朝、幼稚園に行きたくないと、号泣しながらドアにしがみ付く僕の手の指を、一本一本引きはがし、引きずりながら連れて行ったそうな。
驚くことに、幼稚園の記憶は、今でもなかなかに鮮明に残っている。
少し古びた建物の、廊下の匂い。
泥団子を作った、サラサラの土の感触や、蛇口の栓をひねると勢いよく出てくる水の冷たさ。
塗装が剥げてしまった遊具の手ざわりや、スモッグのゴワゴワした着心地。
今となっては少し色あせた楽しい思い出だけど、当時は嫌で嫌で仕方がなかった。
幼稚園が嫌いだった理由のひとつが、先生だった。
ひとり、とても怖い先生がいたのだ。
その先生は、何か間違えたり、気に障ることがあると、「先生、怒っていい?」と、必ず前置きをしてから怒った。
それがたまらなく怖くて、嫌だった。
ある、雨の日。
その日、みんなでお絵描きをした。
僕は、「紫陽花とかたつむり」の絵を描いた。
今となっては細かいことは忘れてしまったが、僕は何かやってはいけないことをやらかして、その先生を怒らせてしまった。
「先生、怒っていい?」
またあの前置きがあって、僕はこんこんとお叱りを受けた。
その時の記憶が紫陽花と結びついて、僕は紫陽花のことが苦手になってしまった。
紫陽花にとっては、とばっちりのような嫌われ方だな。
あれから30年以上が経った今でも、紫陽花のあざやかな青色や紫色を見ると、まだ思い出す。
雨が降った幼稚園の、湿気のこもった教室と、粘土や絵の具のにおい。
「先生、怒っていい?」の前置きのトーンと、しかめ面。
でも、子を持った今、改めて思う。
幼稚園や保育園の先生って、大変すぎる。
そんな小さな子を同時にたくさん面倒見る先生、すごいよね。
たぶん、先生も大変だったんだろう。
先生、あの時は、怒ってくれて、ありがとう。
だけどやっぱり、前置きからのお叱りは、ちょっと怖かったな。
今どこで、何をされているのやら。
今日も雨が降っている。
改めて言っておきたいと思う。
さよなら。
僕を怒ってくれた先生。
雨の日の幼稚園と、紫陽花とかたつむり。
さよなら。
