哀しみの音は鳴る
先輩後輩の関係が煩わしく、どうしても好きになれなかったサッカー部を辞め、高校時代はバンドに明け暮れた。
都会育ちの方には信じられないだろうけど、僕の生まれた島には橋がかかっておらず、フェリーで本土との行き来をしていた。
「終電」があるように、当然フェリーの「終便」もある。これがなかなかに早かった。
バンドで夜のライブに出た日には、当然この終便に間に合わない。
朝までライブハウスで時間を潰して、始発の電車へ乗り込み、フェリーでまた島に帰る。
そんな生活をしていた。
たぶん、高校3年生だったと記憶している。
早いやつは既に進路が決まりはじめ、自分のやりたいことに向かって進み始めた頃だった。
僕はというと、自分が何をやりたいのかがよくわからず、進路を決めかねていた。
周りの友達が、急にしっかりして大人びたように感じた。
その日もライブハウスでゲームをしたり、公園で馬鹿話をしたりして、朝まで時間を潰した。
友達と別れた後、僕は1人で最寄りの駅に向かい、始発の電車に乗り込んだ。
早朝にもかかわらず、車内には沢山の人がいた。
皆お互いに興味がなさそうに、イヤホンで音楽を聴いたり、携帯電話を眺めていたりした。
だけど、僕にはなんとなく、皆同じ方向に向かって進んでいるように感じられたのだった。
皆、僕の知らないどこかに向かっていく。
同じ電車に乗り、同じ車両に腰を下ろし、同じ進行方向に進んでいるはずなのに、なぜだか僕ひとりだけが、出発地点に取り残されているような感覚に襲われたのだった。
電車が橋を越えて、右に曲がるカーブを抜けると、前方に海が開ける。昇りたての太陽が水面にきらきらと反射して、少し眩しい。
皆はもう、走り始めている。
未来へ向かって、どんどん進んでいく。
よーいどん、の余韻が残る出発地点で、僕ひとりだけが立ちすくんでいる。
そんなことを考えながらボーッとしていると、港のある駅へ電車が到着した。
フェリーを待ちながら、自分は一体どこへ向かうのだろうと考え続けていた。
あれから長い年月が経ったけど、あの日感じた、自分だけが取り残されたような哀しさは、まだ微かに僕の心臓の近くに残っている。
「さびしさは鳴る」と綿谷りささんは書いたが、哀しさも鳴る。
心臓のそばでキインと鳴って、その残響が今も、僕の心をわずかに振動させる。
どこか癖になるような、この哀しみの音とも、いつかはさよならしないといけないと思い続けてきた。
僕ももう十分におじさんになった。
いい加減、走り出さなくては。
さよなら。
決して嫌いではなかったけど、おじさんはその哀しさに浸りつづけるわけにはいかないのだ。
さよなら。
美しい哀しさ。
