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「ぬけがら」はあなたのかたち

ついこの間まで、セミの鳴き声が全く聞こえなかった。
「暑すぎて、土の中から出てこれないのかな?」なんて思っていたのも束の間。

今や、あちこちで大合唱が始まっている。
今日も暑くなりそうだ。

路肩に植えられた街路樹に、セミの抜け殻が張り付いている。


僕にとって書くことは、「殻を脱ぐこと」かもしれない。

思うがままに筆をすすめれば、少しずつ皮が剥がれ始めて、書き終える頃には新しい自分になっている。

脱皮、成長、進化。

だけど、僕にとって一番大切なのは、本当はそこではない。

大切なのは、剥がれ落ちたものの方。
つまり、「ぬけがら」だ。

そこにあるのは、自分のかたちを縁取った、かつて自分のだったもの。

それは限りなくゼロに近く、虚に近く、だけど紛れもない自分の残骸だ。


10年以上前に、あるクラウドのメモアプリを使っていた。

なんでもかんでもそこに放り込んだ。
好きな記事、お気に入りのレシピ、大切な写真。

その中にひとつ、「小説」というフォルダを作った。

日常のなかで気になったことや、心に残った風景や、哀しかったこと、嬉しかったこと。
物語のヒントになりそうなことを、書き溜めていた。

数年は使用したかと思うが、仕事がバタバタし始めた頃から、そのメモアプリのことをすっかり忘れてしまっていた。


10年以上の時を経て、数ヶ月前。
とあるネットの記事で久しぶりにそのメモアプリの名前を目にした。

懐かしくなって、久しぶりにログインしてみた。
IDやパスワードは奇跡的に覚えていた。

いろいろ探っていると、「小説」のフォルダを見つけた。そこには、たくさんの物語のかけらが置かれていた。

中には恥ずかしいほどクオリティの低いものもあった。

だけど、その中にも大切なことばたちが散りばめられていた。 


その記憶の残骸たちは、僕にとっての「ぬけがら」だ。

そこにはもうすでに僕はいなくて、空虚で意味のないものにも見える。

だけどもそのぬけがらは、かつての自分のかたちをしている。

自分ってこんなことを考えていたんだ、こんなことを感じていたんだ、こんなかたちをしていたんだ。

そんなことを、思い出させてくれる。


文章を書こう。noteを書こう。

それはきっと、あなたの「ぬけがら」になる。

そこにはもしかすると、もうすでに中身はないのかもしれない。

だけど、それは紛れもなくあなたの一部だったもので、あなたのかたちだ。

よいしょ、と皮を脱いで、あなたは新しくなる。
進化する、アップデートされる。

そして、その傍らに、あなたのかけらがそっと残る。

そのぬけがらは、新たな気づきをくれる。

自分が何に心動かされたのか。
何に悲しんだのか、何に怒ったのか。
自分は何をしたかったのか。

何を書きたかったのか。


木にしがみついたまま、これからもう動くことのないセミの抜け殻を見ながら、そんなことを考えていた。

今年の夏も暑くなりそうだ。

たくさん書いて、たくさん残そう。

かつての自分を脱ぎ捨てて、この青い空を命のままに飛び回ろう。

少し疲れたら、ぬけがらのもとへ帰ってこよう。

かつてのあなたの元へ。

そしてまた、羽を震わせて、飛び立とう。


この記事は、こちらの企画に参加させていただいております。

#第3回灯火杯

Xもやってます。美しいことばを届けたいです。

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