【雑記】子どもの居場所研究を通じて気づいた自分を発揮できることの大切さ
気づけば修論も大詰め
具体的なリサーチクエスチョンなしに始めたことを考えると、よくここまで来たもんだなぁと思う
1年という短い期間だったが、子供の居場所に関する文献を読み、対象事例に通い、現状の子どもの居場所の課題や自分の研究の立ち位置を考えてきた
本記事では、結論で考えたこと、そもそも研究を修士課程まで続けようと思った理由の2つを「自己実現」という観点で考えてみたい
前提:私の取り組んだ研究内容について
本題に入る前に、私の研究内容について
研究テーマは「農を用いた子どもの居場所の特徴解明」
分解すると知りたいことは3つある
農を用いた子どもの場は、どういった運営をされていて、どんな場所で、どんな活動をしているのか?
子どもにはどんな変化が見られたのか?
農を用いた子どものための場は、子どもにとって居場所となりうるか?
以上3つのことを、ある取り組みを約1年間追うことで明らかにしようとした
インタビューと聞き取り、活動への参加がメインの調査方法
研究の結論:子どもの支援から子どもの参画へ
結論から言うと、現状の多くの居場所にはない子どもの自発性を発揮する機会が、農を用いることでできる可能性がわかった
論文の「背景」に向けて、今ある取り組みのアラ探しを必死にしたのだが、正直、どれも子どもが安心して過ごせるように運営者は最善を尽くしていた
実際、対象事例との比較のために伺った取り組みも、できるかぎりの工夫がされていた
ただ、それは「支援」という視点で見た場合であり、本当に子どものためになっているのかと言うと、元居場所がなかった子ども当事者の視点・子どもの権利である「意見表明権」的視点から見てみると違うのである
子どもは、休んで守られればいいのではない
大人と同じように、自分の意思や力を発揮できることも大事なのだ
それは、自らを肯定したり、自分に自信を持つことにつながるから
一方的に「やってもらう/やらされる」のではなく、自分で決めてやってみることで失敗もしながらできるようになって変わっていくのである
そして、大人側は「子どもだから」とみくびらずに、子どもの「やってみたい」が湧いてくるような空気をつくる役目があると思う
ただ、子どもたちは「自由」「自発性」を持て余す可能性が高く、無理なく実現できるツールは必要
自分の区画が持てる
育てる〜売るまで必要な力が違う多様な活動
植える植物、看板などの装飾、種の植え方などにより空間を簡単に変えられる
上記のように「やってみたい」を出力する装置として、農は有効なツールなんじゃないかと言う結論に至った
研究生活の結論:「できるようになってる感」を得るための研究

私の研究は子どもの自由・自発性に関わるものだったが、自分を実現・表現できるって大人でも重要なことだと思う
以前も書いたけれど、失敗しようが成功しようが、自分で決断して何かを追い求めること自体が生きることの醍醐味であり、ただ世間の常識・価値観に流されて生きていても虚しくなると私は思っている
(とか言いつつ、常識に沿って生きられる人もいるし、それが心地いいならいいと思う)
少なくとも、私はディスカッション力や対象への愛情を持つ先輩や教授のようになりたくて外部の修士課程に進学した人間なのである
正直、研究内容は二の次で、できるようになるのが楽しくて充実していて、その感覚を得続けたいがために研究を続けたいと思っていた
結果は、リサーチクエスチョンが見つけられず、ディスカッションも上達せず、ただもがいた2年間だったけど
それでも、テーマ設定から調査・分析方法の決定はほぼ1人でやったし、息切れしないためのエスケープも、自分がモチベーションを保って取り組める作業環境づくりもしてきた
そう、私は「自分で決める・判断する」というのを、見えづらいけれどやってきたんだ
今、やっと気づいた
まとめ:自分で決めてやっていくをやり続けたい

「子ども」という生き物も、インタビューという営みも苦手なのに、テーマに選んだのが自分でもよくわからなかった
けれど、「自分で決めて間違っていてもやってみる」ことの重要性に気づくための研究テーマだったのかもしれない
研究したい理由が、対象への愛ではなく、自己実現だと気づくためだったのかもしれない
いずれにしても、調査に協力していただいた子どもたちと運営者の方々には感謝しかない
そして、隠居するにせよ、バリバリやるにせよ、「できるようになってる感」を得続けられるように、怖がらずに挑戦していきたいと思った
では、また
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