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羽生結弦にとってレゾンの存在とは?



羽生結弦のスケート人生において、「レゾン(raison)」という言葉は、単なるプログラムのタイトルではありません。
フランス語で“理由”や“存在意義”を意味するこの言葉は、彼の競技生活、そしてプロスケーターとしての歩みに深く響き合うテーマなのです。

その中で、レゾンは彼にとって新しい扉を開いた作品でもありました。技術や感情の表現に加え、これまで氷上では控えめだった、いやほとんど意図的に出さないようにしていた“妖艶さ”を前面に押し出した、特別な存在なのです。


妖艶さが解き放たれた瞬間


「レゾン」を初めて見た時、多くの観客が息を呑んだはずです。
そこには、これまでの羽生結弦が見せてきた透明感や純粋さとは別の表情——しなやかな動きの奥に潜む艶やかさがありました。

肩や首の角度、視線の流し方、指先の流れるような動き。
そのすべてが物語の中で計算されつつも、自然体の色気を漂わせています。
“色気”という言葉をかつて嫌がっていた羽生結弦。
しかしこれは単なる大人びた表現ではなく、彼の中で熟成されてきた感情と確かな経験が滲み出た結果と言えるでしょう。


気功的視点から見る“艶”


気功では、陰と陽、剛と柔のバランスが調和した時、人の氣は最も美しく輝くとされます。
「レゾン」の羽生結弦は、まさにその状態。
鋭く切り込む動きと、包み込むような動きの柔らかさが絶妙に交互し、そこに妖艶さが増し増しで放たれています。

特に、リンクをゆっくりと横切る場面や、音の間を泳ぐように滑るステップでは、彼の氣が観客の内側に忍び込み、心の奥で情熱的に焦らしながら揺らすような感覚があるのです。


存在意義を“色”で示す


羽生結弦はこれまで、勝利や栄光よりも「なぜ滑るのか」という問いを大切にしてきました。
レゾンでは、その答えを単なる言葉ではなく、色気を帯びた動きで示しています。

衣装は“純白”と“パープル”のグラデーションが映えている襟付きのデザイン。
この“襟付き”という部分が、羽生結弦の表現する“男性”の象徴のようにも感じます。

これは挑戦でもあります。
妖艶さは繊細で、ほんの少しでも不自然さがあれば成立しません。
しかし羽生結弦は、その危うさをあえて受け入れ、氷上で解放し人々の感情と溶かし切りました。
それは「存在意義とは、ありのままの自分を表すこと」というメッセージにも重なるのではないだろうか。


観客と心を結ぶ艶の力


気功的に言えば、妖艶さは相手の感情を解きほぐし、氣の交流を深める力を持ちます。
「レゾン」を通して羽生結弦は、観客の心にグッと掴み、自分の世界へ物凄い引力のような魅力で引き寄せ招き入れているのです。

その瞬間、観客はただの傍観者ではなくなります。
氷上で彼と共に呼吸し、感情を共有する存在となる。
妖艶さは、そのための鍵になっているのです。


レゾンが示す未来


「レゾン」は羽生結弦の過去と現在、そして未来をつなぐ架け橋です。
彼がこれまで積み重ねてきた純粋さ、情熱、闘志に、新たに加わったのが“妖艶さ”という色。
この色は、これから彼が創り出すプログラムの幅を大きく広げていくでしょう。

もし次に、レゾンの系譜を継ぐ作品が生まれるなら、それはさらに深く、さらに観客の心を揺らすものになるに違いありません。

レゾンから3年、後継プログラムがあるのかを考えてみました。
みなさんはどう思いますか?
私は敢えて言うなら“鶏蛇豚”ではないだろうかと考えます。
ただ、鶏蛇豚はレゾンの持つ妖艶さを大きく越えて悪魔のような凄みへと形を変えているように思えてならないのです。

それ以外には正直レゾンの後継と言えるようなプログラムが思い当たりません。
それだけ、“レゾン”は特別なプログラムだと言えるのではないでしょうか


結びに

羽生結弦の「レゾン」は、存在意義を示すだけでなく、彼の表現の新境地をビリビリに破るように切り開いた作品です。
氷上で放たれる妖艶な氣は、観客の心に長く残り、再び会いたくなる魔力を秘めています。

これからも、彼がどんな“色”を纏い、存在意義を描き続けるのか。
次回も、その進化の瞬間を一緒に探っていきましょう。


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