【デジタル時代のリスキリングの大本命】水平思考その1 どこまで発散するのがいいか。
論理思考で物事を収束し、一定の結論を得る。
一方、水平思考はその反対の発散である。
収束は、枠が決まった中で突き詰めていく活動なのでわかりやすいが、発散は枠自体を拡げる活動で、どこまで拡げたらいいかがわかりにくい。
どこまで拡げるべきかということに関し、私が過去に経験した例をひとつ共有したい。
イタリアンレストランチェーンを経営するお客さまと一緒に、どうやって売上を10倍伸ばすかの議論をした。10倍伸ばすという設定がよく、いいアイデアが次々に出てきていた。
そういった中で圧倒的に一番おもしろかったのが、「イタリアから離れる」である。これを聞いたときは、おもわず爆笑してしまった。お客さまたちがイタリアをどれだけ愛しているかを知っていたからである。
イタリアを心から愛するイタリアンレストランがイタリアから離れる、くらいまで枠を拡げていいと認識いただけると、大変うれしい。
次に発散は、場の盛り上げがとても重要である。その中でも一番大切なのは、うまい相槌である。誰かが意見をいったら、それがどんな意見であっても間髪入れずに、「それ、いいっすね」とつぶやきより少しだけ大きな声でいう。
コピーライターの人は、第一声目から気の利いたことをいえるかもしれないが、それ以外の普通の人は、第一声目でキレイにまとまったいい意見をいうのは難しい。でもそこで、「それ、いいっすね」といわれると、その場は「これ、いいんだ」と思って、そこから本当のいい意見がどんどん引き出されていく。
時には、いつまでたっても、これはいかがなものかという意見が続くケースもあるかもしれないが、ただこれも自分がそう感じているだけで、他の人にはすごくよかったりもする。
一方、最悪の相槌は、「私はその意見に反対です。理由は3つあります」である。しかも理由がキレイにMECEで構造化されている。発散の場でこれをされると、間違いなく人間関係にヒビが入る。そしてこれをいった人は、暗い夜道に背後を気にしながら歩かないといけなくなる。
論理思考力は、発散の場においては悪である。抜け漏れやダブりを気にするのも、理由を追求するのも、論証の穴を探すのもすべてやめよう。
逆に、こういうことをいちいち気にしなくていいから、発想の場は楽しい。いいたいことを思いきり言い合って、お互いに高め合う。これは本来の人間の姿かとも感じる。
ちょっと大げさになってきたが、発散に合った場づくりをぜひ意識してほしい。
次に、実際に水平思考を使って発散をしていこう。ただ、何もないところで発散しろといわれても困ってしまうと思うので、うまく発散するための水平思考の3つの方法について共有したい。
(ア)視座を変える
(イ)アナロジーを使う
(ウ)前提をアップデイトする
次回以降、1つずつ具体的に見ていきたいと思います。
See you next time!
