「空虚な正義」の統治構造
——現代日本における正義言説と象徴天皇制のイソモルフィズム——
問いの所在——「誰もが反対できない正しさ」はいかに統治するか
現代日本社会を観察する者は、一つの奇妙な現象に直面する。特定の独裁者も、明示的な検閲機関も、暴力的な弾圧装置も存在しないにもかかわらず、言論と行動の幅は著しく狭隘であることだ。この均質化を駆動しているのは、法的強制でも物理的暴力でもなく、「正義」と呼ばれる言説の遍在的な圧力である。インターネット上の炎上、職場における「コンプライアンス」の名の下での自己検閲、「多様性」や「インクルージョン」を掲げながらその実、異論を排除する社会運動、これらに共通するのは、具体的な内容を欠いたまま絶対的な道徳的権威として機能する「空虚な正しさ」の構造である。
ここでの中心的な問いは、次のように定式化される。この「空虚な正義」による統治は、戦後日本の政治構造を規定してきた象徴天皇制と、単なるアナロジーを超えた構造的同型性(イソモルフィズム)を持つのではないか。すなわち、実体を持たない「空虚な中心」が情緒的・象徴的に社会全体を統合し、明示的な命令なしに自発的服従を調達するという統治の形式において、両者は同一の論理構造を共有しているのではないか。
この問いを展開するために、本稿はまずミシェル・フーコーの生権力論から分析の道具立てを調達する。ただしここでの関心は、フーコーの概念体系の網羅的な再構成ではなく、「規範化」と「牧羊権力」という二つの概念を通じて、善意と保護の装いをまとった権力がいかに主体の自発的隷属を産出するかを示すことにある。その上で、この生権力の論理が日本社会においていかなる固有の形態をとるかを、象徴天皇制の「中空構造」との対比を通じて具体的に論証する。最後に、ニーチェのルサンチマン論を補助線として、正義言説が真理の体制として排除のメカニズムを作動させる様態を分析し、この構造からの離脱の可能性をフーコー晩年の「自己の美学」に探る。
善意による統治の論理
「死なせる権力」から「生きさせる権力」へ
ここでの分析枠組みを構築するにあたり、まずフーコーの生権力概念を、その思想史的文脈の中に正確に位置づけなければならない。この作業が必要なのは、日本の思想的言説において生権力概念が深刻な誤読に晒されており、その誤読を引き受けたまま議論を進めれば、本稿の問題設定そのものが成り立たなくなるからである。
典型的な誤読は、生権力を「最低限の生存のみを保障し、人間の尊厳や労働の機会を剥奪して放置する政治」と解釈するものである。この読解は、ネオリベラリズム批判の文脈で広く流通しており、「福祉の切り捨て」や「自己責任論」を生権力の極致と見なす。しかし、フーコーが『社会は防衛しなければならない』(1997)において描き出した権力の歴史的転換は、そのような「剥奪」や「放棄」の論理とは対極に位置するものだった。
前近代における主権権力は、君主の意志に背く者を処罰する「死なせるか、生きるままにしておく(faire mourir ou laisser vivre)」という否定的な権利として行使された。ここでの「生きるままにしておく」とは、権力が積極的に関与しない領域、つまり放置を意味する。これに対し、一八世紀以降に台頭した生権力は、この図式を根本的に逆転させる。「生きさせ、あるいは死の中に打ち捨てる(faire vivre ou rejeter dans la mort)」、すなわち、生命の積極的な管理、保護、最適化を志向する能動的な権力である。現代の権力は、人々を放置するのではなく、むしろ人々の健康、寿命、出生率、精神的適応にまで微視的に介入し、生命を最大限に生産的かつ有用なものとして鋳造しようとするのである。
この区別は決定的に重要である。なぜなら、「正義」言説の権力作用もまた、剥奪や抑圧としてではなく、保護、ケア、包摂といった肯定的な装いのもとに行使されるからである。正義の名の下での統治を分析するためには、権力を「悪しき抑圧」と見なす素朴な図式ではなく、善意それ自体が権力として作動するというフーコーの洞察が不可欠なのである。
規範化の二重構造
生権力は単一の力として作動するのではなく、二つの極の結合として展開される。第一の極は、個人の身体を機械として捉え、その有用性と従順さを高めることを目指す「解剖学的政治(anatomo-politique)」である。学校、工場、軍隊、病院といった規律的施設は、身体の姿勢、動作、時間配分を微細に調整し、個々人を従順かつ効率的な主体として鋳造する。第二の極は、人口という集合体を統計学的に管理する「生命政治(biopolitique)」である。ここで出生率、死亡率、疫学、公衆衛生といったマクロな指標を通じて集団的な生の調整を行う。
この二つの極を接合する中核的なメカニズムが「規範化(normalisation)」である。規範化とは、法による「禁止」とは根本的に異なる権力の様式である。法は許容と禁止の二項対立によって作動するが、規範は「正常」と「異常」の連続的なスペクトルを設定し、すべての個人をそのスペクトルの上に位置づけ、「正常」への接近を促す。重要なのは、この「正常」の基準が、医療、教育、心理学、統計学といった知の体系と結びつくことで産出されるという点である。規範は外部から押しつけられるのではなく、科学的・客観的な「真理」の相貌をまとって現れるがゆえに、主体はそれを権力として認識しない。
ここで強調すべきは、規範化が個人と集団の両方のレベルで同時に作動するという点である。個人のレベルでは、「健康的な生活習慣」「適切なメンタルヘルス」「正しい子育て」といった規範が内面化され、自己を不断に監視・矯正する主体が産出される。集団のレベルでは、「国民の健康」「社会の安全」「ウェルビーイングの指標」といった統計的な基準が設定され、そこからの逸脱は個人の「問題」として可視化される。この二重の作動こそが、生権力をかつての主権権力と区別する最も重要な特徴であり、後に分析する「正義」言説もまた、まさにこの二重の規範化、すなわち個々人の内面への浸透と、社会全体の均質化として機能している。
牧羊権力の世俗的変容
生権力による規範化がなぜこれほど効果的に主体の自発的隷属を産出しうるのかを理解するためには、フーコーが「牧羊権力(pouvoir pastoral)」と名づけた統治の系譜に遡らなければならない。フーコーは『安全・領土・人口』(1978)の講義において、西洋における統治の技法の起源を、ギリシア的な政治権力ではなく、ヘブライ的・キリスト教的な牧人の隠喩に求めた。
牧人=牧師の権力は、主権者の権力とは根本的に異なる特性を持つ。第一に、牧人は領土ではなく移動する群れを導く。第二に、牧人は群れ全体の福利と、一匹一匹の羊の個別的な救済を同時に担う。すなわち「全体にしてかつ個別的な(omnes et singulatim)」配慮である。第三に、そしてこれが最も重要な点であるが、牧人は各々の羊の内面として良心、罪、欲望を知り、それを導くことを使命とする。統治とは外部からの強制ではなく、内面への「配慮」と「導き」なのである。
フーコーの洞察は、この牧羊権力がキリスト教会の衰退とともに消滅したのではなく、近代国家の統治技術の中に世俗化された形で存続し、むしろ強化されたという点にある。かつて牧師が魂の告白を通じて行っていた個人の内面の把握は、現代においては精神医学、カウンセリング、教育相談、キャリア指導といった専門的知識によって担われている。「あなたの幸福のために」「あなた自身の成長のために」という言葉に示されるように、現代の統治は対象者の「善」を目的として掲げることで、その介入を権力として不可視化する。
この牧羊権力の世俗的変容が、ここでの考察の中心的論点への橋渡しとなる。なぜなら、日本社会における「正義」言説もまた、まさに牧羊権力的な論理、すなわち、「あなたのため」「弱者のため」「社会全体の善のため」という配慮と導きの名目のもとに、個人の内面にまで浸透し、自発的な服従を調達することによって機能しているからである。そしてこの「善意の統治」が日本社会においていかなる固有の形態をとるかを分析するためには、戦後日本の政治構造を規定してきた象徴天皇制の論理構造へと視野を転じなければならない。
象徴天皇制と正義言説の構造的同型性
「中空構造」の統治論理——丸山眞男とバルトの交差
戦後日本の政治思想において、天皇制の権力構造を最も鋭利に分析したのは丸山眞男である。丸山は「超国家主義の論理と心理」(1946)において、日本の政治的意思決定の特異性を、西洋的な主権概念との対比において浮き彫りにした。西洋の絶対主義において、主権者は自らの意志を明示的に宣言し、その決断に対して責任を負う。ところが日本の天皇制においては、天皇は「万邦無比の国体」の象徴として統合の機能を果たしながらも、具体的な政治的決定の主体としては現れない。政策決定は「御前会議」の形式をとるが、そこでは天皇が積極的に指令を下すのではなく、臣下たちが「聖慮」を「忖度」し、その結果が天皇の意志として遡及的に正当化される。権力の源泉が具体的な主体に帰属しないがゆえに、責任もまたどこにも帰属しない。丸山が摘出した「無責任の体系」の構造がここにある。
ここでロラン・バルト(1970)の論点が交差する。記号学的な視座からこの構造に別の照明を当てた。バルトは東京の都市構造において、都市の中心に位置する皇居が「空虚な中心(centre vide)」として機能していることに着目する。西洋の都市が教会や市庁舎といった充実した中心を持ち、そこから意味が放射されるのに対し、東京の中心は「禁域」たる皇居、それは樹木と堀に囲まれた、誰もがその周囲を巡回するがその内部には到達しえない空洞によって占められている。バルトにとってこの空虚な中心は、日本の意味作用の体系全体を隠喩的に表現している。意味の究極的な根拠は空虚であり、にもかかわらず(あるいはそれゆえに)、その空虚が体系全体を支えているのである。
丸山とバルトの分析は、異なる学問的伝統から出発しながらも、一つの核心的な洞察において交差する。それは、日本の統治構造が「実体を持たない中心」による統合として機能するという認識である。超越的な主権者が具体的な命令を下すのではなく、空虚な中心の周囲に情緒的・象徴的な求心力が発生し、それが自発的な同調を生み出す。命令は不要である。なぜなら、中心が空虚であるがゆえに、各人が自ら中心の意志を「忖度」し、それに合わせて行動するからだ。
構造的同型性の三つの次元
かくして見出されることは、現代日本における「正義」言説が、この象徴天皇制の「中空構造」と構造的に同型であるということである。この同型性は、以下の三つの次元において論証される。
第一の次元は、「空虚な中心」としての構造的類似性である。象徴天皇制において天皇が具体的な政治的権力を行使しないにもかかわらず国民統合の中心として機能するように、現代の「正義」言説もまた、厳密な哲学的定義や一貫した普遍的原理を欠いたまま、社会的統合の絶対的な準拠点として機能している。そして、この「正義」の内容は状況に応じて変転する。ある場面ではジェンダー平等が、別の場面では民族的マイノリティの権利が、さらに別の場面では環境保護が「正義」の名を占有する。だが、「正義そのもの」という構造的な権威は決して揺るがない。内容の空虚さこそが、むしろあらゆる文脈に適用可能な統合力の源泉となっているのである。丸山が天皇制について指摘した「無内容の形式性」は、現代の正義言説においてほぼそのまま反復されている。
第二の次元は、「忖度」と自発的服従の調達メカニズムである。象徴天皇制の下で臣下たちが天皇の「聖慮」を忖度し、明示的な命令なしに自ら行動を規制したように、現代の正義言説の下では、個人が「正義」の基準を忖度し、先回りして自己検閲を行う。SNS上での発言が「炎上」するかどうかの判断基準は、明文化されたルールではなく、「空気」としての正義の暗黙的な要請である。企業が「コンプライアンス」の名の下に社員の言動を規制するとき、その基準は法律の条文ではなく、「社会的に批判を受けるかどうか」という、本質的に不確定な「正義」の感覚に依拠している。ここでは権力は命令として行使されるのではなく、各人が自発的に「空気を読み」、規範に先んじて自己を矯正する形で作動する。第一章で論じた生権力的な規範化と牧羊権力的な「導き」が、日本社会においてはまさにこの「忖度」という社会的習慣を通じて具体化されているのである。
第三の次元は、反論の無効化メカニズムである。象徴天皇制の最も巧妙な特徴の一つは、具体的な権力者が存在しないがゆえに、批判の対象を特定することが構造的に困難であるという点にある。丸山が指摘したように、天皇は「利用された」のであって責任は天皇にはない。利用した者たちもまた天皇の意志に従ったのであって自らの責任ではない。かくして責任は永遠にたらい回しにされ、批判は宙に浮く。正義言説においても同様の構造が作動する。「正義」を批判しようとする者は、その批判行為それ自体で直ちに「不正義」の側に位置づけられる。なぜなら、「正義」の内容が空虚であるがゆえに、それに対する批判はつねに「正義そのもの」への攻撃として受け取られるからだ。具体的な政策や主張への批判であっても、「正義」という記号の権威に回収されることで、批判者は道徳的に無力化される。象徴天皇制が天皇への批判を「不敬」として封殺したのと同じ構造で、正義言説は異論を「差別」「冷淡」「無理解」として排除する。
アナロジーを超えて
ここで予想される反論に応えなければならない。以上の分析は、象徴天皇制と正義言説の間に表面的な類似性(アナロジー)を見出しているに過ぎないのではないか、と。両者を「同型的(isomorphe)」と呼びうるためには、単なる比喩を超えた根拠が必要である。
これまで見てきた同型性は、両者がともに「中空構造による象徴的統合」という同一の統治形式を実現しているという点に存する。ここで「統治形式」とは、(一)実体を欠いた中心が象徴的権威として機能し、(二)明示的な命令ではなく情緒的・道徳的な求心力によって同調が調達され、(三)異論が構造的に無効化される——という三つの契機の結合を意味する。象徴天皇制と正義言説は、それぞれ異なる歴史的文脈と制度的基盤の上に成立していながら、この三つの契機において同一の論理構造を共有している。
さらに重要なのは、両者の関係が単なる並行的類似ではなく、歴史的な継承の関係にあるという点である。戦後民主主義は、天皇の神聖性を否定し、主権を国民に移譲した。しかしここで問うべきは、主権の形式的な移転が、統治の構造的な様式をも変容させたのかどうかである。ここでの考察が示唆するのは、「空虚な中心による象徴的統合」という形式そのものは温存され、天皇に代わって「民主主義」「人権」「正義」といった、やはり実体を欠いた象徴的価値がその位置を占めたのではないかという仮説である。もしこの仮説が妥当であるならば、象徴天皇制と正義言説の同型性は偶然の一致ではなく、日本社会に深く刻まれた統治の文法、すなわち権力の空虚な中心化とそれを通じた自発的服従の調達の、異なる歴史的位相における表出として理解されるべきである。
ルサンチマンの制度化——排除のメカニズムとしての「正義」
価値の転倒と「真理の体制」の野合
前章で扱った「空虚な正義」の構造が、単なる消極的な統合、すなわち異論の不在にとどまらず、積極的な排除のメカニズムを作動させることを、本章ではニーチェのルサンチマン論とフーコーの「真理の体制」概念を交差させることで示したい。
ニーチェが『道徳の系譜』(1887)で暴き出したのは、「善」や「正義」といった道徳的価値の起源に潜む怨恨の感情である。ニーチェによれば、道徳的価値の創造には二つの系譜がある。一方には、自らの力と生を肯定する者たちが、自己の行為を「善い」と規定する「貴族道徳」がある。他方には、自らの無力を直視できない者たちが、まず強者を「悪」と名指し、その否定によって自らを「善」と定義する「奴隷道徳」がある。後者においては、「善」は独立の価値ではなく、怨恨から派生した反動的な構成物に過ぎない。
現代日本における正義言説の一部は、このニーチェ的な図式を高い精度で反復している。SNS上の「炎上」や「キャンセル・カルチャー」において頻繁に観察されるのは、特定の言動を「不正義」として告発することそれ自体が道徳的優位のポジションを確保する手段として機能するという構図である。ここでは、何が「正しい」かの積極的な内容よりも、何が「悪い」かの告発のほうが先行する。価値は肯定からではなく、否定から産出される。ニーチェ的に言えば、これはルサンチマンの感情が民主主義的な平等の名のもとに制度化された姿にほかならない。
そして、フーコーの「真理の体制(régime de vérité)」概念は、このルサンチマンの作動に制度的な基盤を与える。フーコーによれば、あらゆる社会は、何が「真」として受け入れられ何が「偽」として排除されるかを規定する「真理の政治学」を持つ。特定の言説が「正義」という真理の地位を占有した瞬間、その言説は単なる一つの見解ではなくなり、それに異を唱えることは「無知」「偏見」「悪意」として知的・道徳的に失格とされる。真理の体制は、それ自体が権力関係の所産でありながら、自らを権力から独立した客観的真理として提示することによって、その権力性を不可視化する。
ルサンチマンと真理の体制のこの野合こそが、「空虚な正義」の排除のメカニズムの核心である。正義の名を冠した言説は、真理の体制としての権威を獲得することで、単なる感情的反発を超えた制度的な排除力を持つようになる。その結果、正義の基準に合致しない複雑な欲望、逸脱、あるいはマイノリティ内部のさらなる差異は、「非正義」として暴力的に切除される。社会は「正しい側」と「正しくない側」という粗雑な二元論へと強制的に還元され、二元論に回収しえない微細な差異としての個人の固有の生は、実は効率よく抹消されていく。
「全体にしてかつ個別的な」排除——生権力との接合
ここで注目すべきは、正義言説による排除が、前部で論じた生権力の「全体にしてかつ個別的な」介入の構造と正確に対応しているという点である。マクロなレベルでは、正義言説は社会全体を「正しい共同体」として統合し、その外部に「不正義」の領域を設定する。ミクロなレベルでは、各個人の言動、思考、感情にまで介入し、「正しい主体」としての自己形成を要求する。
具体的な事例として、日本の企業社会における「コンプライアンス」言説を考えよう。企業のコンプライアンス・ポリシーは、法的要件の遵守を超えて、社員の私的な発言、SNS上の活動、さらには「意識」のレベルにまで介入する。「ダイバーシティ研修」「ハラスメント防止講習」「アンコンシャス・バイアス研修」は、社員の内面的態度を矯正する牧羊権力的な装置として機能する。問題はこれらの施策の目的ではなく、その作動の形式にある。すなわち、「正しい意識」の基準が明確に定義されないまま、各人がその基準を「忖度」し、自ら内面を矯正するよう促される。基準の不確定性こそが、自己検閲の徹底を保証する。何が「ハラスメント」に当たるかの境界が曖昧であるからこそ、人々は必要以上に萎縮し、「疑わしきは自粛」という過剰な自己規制に走る。
こ
ここに、すでに論じたイソモルフィズムの実践的帰結が明瞭に表れている。象徴天皇制において「不敬」の範囲が明確に定義されなかったからこそ忖度が肥大化したのと同じ構造で、現代の正義言説は基準の「空虚さ」によって自発的服従を最大化しているのである。
規範的統合からの離脱——「自己の美学」という抵抗
ここまでの思索的試行が示すのは、現代日本における「正義」言説が、象徴天皇制の中空構造と同型の統治形式によって社会を統合し、生権力的な規範化とルサンチマンの制度化を通じて個人の生を均質化する、精緻な権力装置であるということである。問題は、この構造からの離脱がいかにして可能かである。
ここで直ちに退けるべきは、既存の「正義」に対抗して別の「正義」を打ち立てるという戦略である。ある正義を別の正義で上書きすることは、真理の体制の内容を入れ替えるだけであって、「空虚な中心による象徴的統合と自発的服従の調達」という統治の形式そのものには一切触れない。それは天皇を交代させたところで天皇制的な統治構造が変わらないのと同様である。
フーコーが権力分析の帰結として到達したのは、制度の打倒でも対抗的真理の構築でもなく、主体それ自体の変容であった。フーコーは晩年の古代ギリシア・ローマ研究——『快楽の活用』(1984)および『自己への配慮』(1984)——を通じて、「自己の美学(esthétique de l’existence)」すなわち「自己への配慮(le souci de soi)」の実践を提示した。それは、他者や社会によって与えられた「正しい主体」としてのアイデンティティを引き受けることを拒否し、系譜学的な批判を通じて自らの欲望や信念の由来を解きほぐし、自身の生を一つの芸術作品のように倫理的かつ自律的に彫琢し直す実践である。
この実践が、なぜ有効でありうるのか。それは、「自己の美学」が権力に対して外部から対抗するのではなく、権力が作動する場そのもの、すなわち主体の自己との関係において変容を企てるからである。「空虚な正義」の統治が自発的な服従を通じて完成する以上、その服従を産出する主体のあり方そのものを組み替えることだけが、構造的な離脱を可能にする。具体的には、「正義」の言説が提供する「正しい市民」「保護されるべき弱者」「共感的な主体」といったアイデンティティ・モデルを、自明のものとして引き受けるのではなく、系譜学的な問いに付すことである。「なぜ私はこのように善良でありたいと欲するのか」「この欲望はどのような権力関係のなかで形成されたのか」この問いが、自発的服従の連鎖を断ち切る第一の契機となるだろう。
もちろん、「自己の美学」は万能の処方箋ではない。それは本質的に個人的・孤独な実践であり、制度的な変革を直接にもたらすものではない。しかし、制度の変革が真理の体制の単なる交代に終わる危険を常にはらんでいる以上、主体それ自体の変容なしにはいかなる構造的変化も「空虚な中心」の再生産に回収される。「誰もが反対できない空虚な正義」による象徴的統合から身を引き剥がし、自らを再創造すること、その過激なまでの主体の変容こそが、現代の洗練された生権力に対する、最も根源的な抵抗の地平を開くのである。
小結
本稿は、現代日本における「正義」言説の統治構造を、フーコーの生権力論を分析の道具立てとして用いながら、象徴天皇制との構造的同型性という視角から分析した。四部の構成の第一では、生権力の概念を「規範化」と「牧羊権力」に焦点を絞って再構成し、善意と保護の装いをまとった権力が主体の自発的隷属を産出するメカニズムを示した。第二では、象徴天皇制の「中空構造」と正義言説の構造的同型性を、空虚な中心、忖度と自発的服従、反論の無効化という三つの次元において論証し、両者の関係が単なるアナロジーではなく、日本社会に固有の統治の文法の異なる歴史的表出であることを示唆した。第三では、ニーチェのルサンチマン論とフーコーの真理の体制概念を交差させ、正義言説が作動させる排除のメカニズムを分析した。第四では、この構造からの離脱の可能性をフーコー晩年の「自己の美学」に求めた。
残された課題は少なくない。本稿が提示したイソモルフィズムの仮説は、より広範な歴史的・実証的研究によって検証される必要がある。あるいは分散した知見の再統合がそれに代替するかもしれない(例えば、山本七平や河合隼雄の著作など)。また、「自己の美学」が個人的実践にとどまる限りにおいて、集合的な変革との接続をいかに思考するかという問いも、開かれたままである。しかしながら、善意と保護と正義の名のもとに生を絡め取る権力の作動を可視化し、その構造を日本社会の固有の文脈において分析する本稿の試みが、少なくとも「正義」を自明視する思考の惰性に対するささやかな楔となることを期する。
