『国家破産まで24時間。本当にすまない、これしか日本を救う方法がないんだ〜財務省のジャック・バウアーと言われた男の手段を選ばない暴走〜』
【00:00〜01:00】第1話:開戦のゴング
[00:00:00] チク・タク・チク・タク……(心臓の鼓動に似た重い電子音)
深夜の霞が関。日付が5月23日に変わった瞬間、財務省本庁舎4階、大臣官房の部屋は静まり返っていた。否、それは静寂ではなく、誰もが呼吸を忘れた「凍結」だった。
「……嘘だろ」
若手官僚の若林が、デスクのトリプルモニターを見つめたまま、幽霊でも見たかのように声を震わせる。 画面に表示されていたのは、国際的な格付け機関がリアルタイムで更新する「日本国債」の評価チャート。グラフは直角に折れ曲がり、真っ逆さまに急落していた。
「日本国債の格付けが、トリプルAから一気に『D(デフォルト危機)』まで引き下げられました! ロンドン、ニューヨーク市場で、見たこともない規模のシステム的な『空売り』が仕掛けられています。……円が、円が止まりません! 1ドル160円から、一瞬で195円まで暴落!」
部屋の固定電話が一斉に鳴り響き、赤や緑のランプが狂ったように明滅し始める。 その狂騒の渦中、部屋の奥で、ただ一人だけ微動だにしない男がいた。
大臣官房参事官、御堂巽(みどう たつみ)。
仕立てのいいチャコールグレーのスーツ。アイロンの完璧に当たった白シャツ。彼は鳴り続ける内線を無視し、手元の暗号化タブレットに送られてきた「1通のメール」を冷徹な目で見つめていた。
メールの件名は、『日本国政府への通告』。
画面をスクロールする御堂の指が止まる。 そこには、以下の文面が刻まれていた。
『明日の午前0時までに、財務省の国家決算システムから、指定する海外の秘密口座へ「10兆円」を電子送金せよ。拒否すれば、基幹サーバーへ注入したサイバーウイルスを起動し、日本政府の全資産データを消去。同時に国債を紙屑にし、日本経済を完全に破壊(デフォルト)する。猶予は24時間だ』
「御堂参事官!」 次官室から飛び出してきた主計局長が、額の汗をハンカチで拭いながら叫んだ。 「大臣が、総理が官邸で緊急の国家安全保障会議(NSC)を開くそうだ! すぐに随行を――」
「局長」 御堂は立ち上がり、局長の言葉を静かに、だが絶対的な力で遮った。 「官邸に行く必要はありません。時間の無駄です」
「な、何を言っている! 10兆円のサイバーテロだぞ!? 警察庁のサイバー特捜班や、内閣情報調査室(内調)と連携して――」
「彼らでは手遅れになります」 御堂は自分の時計に目をやった。午前0時3分。 「敵は警察の動きなど織り込み済みです。現に、国債の暴落は始まっている。官邸が委員会を立ち上げ、管轄を争い、遺憾の意を表明している間に、日本は破産します」
御堂はスーツの上着のボタンを留め、若林のデスクへ歩み寄った。 「若林。財務省設置法第4条を暗唱しろ」
「えっ? あ、はい。財務省は、健全な財政の確保、適正かつ公平な課税の実現、税関業務の適正な処理、国庫の適切な管理……」
「そうだ」 御堂の目が、野獣のような鋭さを帯びる。 「国庫の管理、そして『健全な財政の確保』。それが我々の任務だ。銃やミサイルで国を守るのが自衛隊なら、予算と数字で国を守るのが我々財務官僚だ。これより本案件を、財務省大臣官房の『特殊専任事案』に指定する」
「ま、待て御堂!」主計局長が色をなして制止する。「独断で動くな! 警察や金融庁の許可なくそんなことをすれば、君の首が飛ぶだけでは済まんぞ!」
御堂は局長を振り返り、その胸ぐらをつかむかのように顔を近づけた。声のトーンはどこまでも低い。
「局長。本当にすまないと思っている」
「み、御堂……?」
「ですが、これしか日本を救う方法がないんだ。私の首など、10兆円に比べれば端金(はしたがね)です。……若林、ついてこい。最初の『手段』を実行する」
「は、はい!」 若林は怯えながらも、御堂の持つ圧倒的な覚悟に引きずられるように、ノートPCを抱えて立ち上がった。
[00:25:12] チク・タク・チク・タク……
財務省の地下駐車場。黒塗りのセダンの車内で、若林は猛烈な勢いでキーボードを叩いていた。助手席の御堂は、インカムを耳に当てたまま、どこかへ電話をかけている。
「……そうだ、私だ。国税庁査察部(マルサ)の査察開発課長を呼び出せ。今すぐだ。拒否するなら、お前たちの課が来年度要求している『情報システム刷新予算』を全額却下する。……よし、繋げ」
電話の相手が変わる。御堂の口調はさらに冷酷になった。
「御堂だ。今から送る暗号資産交換業者『コイン・レックス』のCEO、犬飼の個人データを洗え。やつは過去3年、海外のペーパーカンパニーを使って総額40億円の所得を隠匿している。その『ガサ入れ(強制査察)令状』の雛形を今すぐ作成しろ。……何? 裁判所の許可がない? 内部告発の書面なら、今から私が捏造(つく)る。お前たちは判子を押して現場へ向かう準備だけしていろ」
通話を切った御堂に、若林が青ざめた顔で画面を向けた。 「参事官! 敵のテロ予告メールに仕込まれていた、最初のハッキング経路(IPアドレス)を逆探知しました。……やはり、今おっしゃった『コイン・レックス』の社内サーバーを経由しています! 10兆円の送金口座のダミーとして、ここの暗号通貨ウォレットが使われる予定です!」
「やはりな」 御堂はシートに深く背を預けた。 「10兆円という巨額の資金を、既存の国際銀行間通信網(SWIFT)で動かせば一瞬で凍結される。敵は、日本の法律の整備が遅れている暗号資産市場を、資金洗浄のトンネルに使う気だ。犬飼という男は、テロリストにシステムを売ったか、あるいは脅されている」
「警察に突入を要請しますか!?」
「いや」御堂は車のエンジンをかけた。「警察を動かせば、令状の手続きで夜が明ける。犬飼が証拠を消去して逃亡すれば、10兆円の追跡ルートは永遠に失われる」
「じゃあ、どうするんですか……?」
御堂はギヤをドライブに入れ、アクセルを踏み込んだ。 「私が直接、犬飼の身柄を押さえる。財務官僚のやり方でな」
[00:48:35] チク・タク・チク・タク……
六本木の高級タワーマンション、最上階のペントハウス。 「コイン・レックス」のCEO、犬飼は、ガウン姿でブランデーグラスを握りしめ、リビングで激しく携帯電話に向かって怒鳴っていた。
「おい! どういうことだ! 国債が暴落して、うちのサーバーの負荷が異常に上がってるぞ! アカウントを凍結しろと言っているんだ!」
『それはできません、犬飼社長』
電話の向こうから聞こえたのは、聞き覚えのない、氷のように冷たい男の声だった。
「だ、誰だお前は!? なぜ俺の専有回線に――」
バキィッ!!!
突如、リビングのガラス扉が激しく叩き割られた。犬飼が悲鳴を上げて飛び退く。 割れた硝子を踏み越えて入ってきたのは、返り血ならぬ、割れた硝子をスーツに浴びた御堂巽だった。手には、バールのような無骨な工具が握られている。後ろからは、震える若林がビデオカメラを回しながら続いていた。
「不法侵入だ! 警察を――」
「呼べばいい。先に逮捕されるのはお前だ、犬飼社長」 御堂はバールを床に投げ捨て、懐から一冊の厚い書類ファイルを犬飼の胸に叩きつけた。
「これは……?」
「お前がカリブ海のタックスヘイブンを使って行ってきた、40億円の脱税および外国為替法違反の全証拠だ。今、お前のマンションのふもとには、国税庁の査察官が令状を持って待機している。私が合図をすれば、お前は明日の朝、すべてのメディアで『世紀の脱税王』として晒され、会社は営業停止、資産はすべて国に没収される」
犬飼の顔から一瞬で血の気が引いた。ブランデーグラスが手から滑り落ち、高級絨毯に黒いシミを作る。
「な、何が望みだ……。お前は、何者なんだ……!」
御堂は犬飼の前に一歩踏み出し、その怯えきった目を正面から見据えた。
「私は財務省の御堂だ。お前を脅迫しているテロリストの、システムへのアクセスログ(通信記録)を今すぐここに出せ。拒否すれば、お前の人生をこの1分間で完全に終わらせる」
「む、無理だ! あいつらは化け物だ! データを渡したら、俺は殺される!」 犬飼は頭を抱えて座り込んだ。
御堂は犬飼の髪を掴んで無理やり顔を上げさせ、その耳元で、静かに、しかし逃げ場のない狂気を孕んだ声で囁いた。
「犬飼。本当にすまないと思っている」
「ひっ……!」
「あいつらは確かにお前を殺すかもしれない。だが、私はお前の『会社』と『家族』と『名誉』、お前が生きてきた証のすべてを、今ここで、合法的に、跡形もなく消し去ることができる。どちらの絶望が早いか、試してみるか?」
犬飼は、目の前の男の目が、テロリストのそれよりも遥かに深く、昏(くら)い闇を湛えていることに気づき、全身を激しく震わせた。 この男は、本気だ。国家という巨大な怪物を守るためなら、一人の人間の人生など、虫ケラのように踏み潰す覚悟がある。
「わ、わかった……! 出す! サーバーの裏口(バックドア)の暗号キーを渡すから、助けてくれ!」
「若林、端末を繋げ!」 御堂の鋭い指示に、若林がノートPCを犬飼のメインサーバーに接続する。 画面に、膨大な文字列と、テロリストがリアルタイムで通信しているログが流れ始めた。
「……取れました! 敵の通信の発信源、特定できます!」若林が歓喜の声を上げる。
しかし、次の瞬間、若林のノートPCの画面が真っ赤に変色した。
『警告:不正なアクセスを検知。システムをロックします』
「しまっ――! 参事官、敵に逆探知を気づかれました! サーバーが遮断される!」
画面の向こうで、テロリストの通信が次々と切断されていく。 あと1つ、あと1つのデータがあれば、黒幕の潜伏先が判明するというところで、すべての接続が「ロスト(切断)」した。
「クソッ! 逃げられた……!」若林がデスクを叩く。
御堂は動じず、腕時計を確認した。
[01:00:00] チク・タク・チク・タク……(重い鐘の音)
午前1時。 日本崩壊(デフォルト)まで、残り23時間。
御堂は画面に表示された、最後に一瞬だけ映った通信ログの「位置データ」を凝視していた。そこには、財務省の身内しか知り得ない、ある「政府インフラ」のコードネームが表示されていた。
「……身内(霞が関)に、内通者がいるな」
御堂は静かに呟き、割れたガラスの破片を払って、再び夜の街へと歩き出した。彼の「手段を選ばない暴走」は、まだ始まったばかりだった。
(第1話 終) 日本破滅(デフォルト)まで、あと23時間――。
【01:00〜02:00】第2話:最初の切り札
[01:00:03] チク・タク・チク・タク……(心臓に障る、冷徹な秒針の音)
「……身内に、内通者がいるな」
六本木のペントハウス。割れたガラスが散らばる床の上で、御堂巽の放ったその言葉に、若林は息を呑んだ。 液晶モニターの隅、強制遮断される直前のログに一瞬だけ浮かび上がった文字列――『J-FX-NET/G2』。それは、一般のインターネット回線からは絶対にアクセスできない、日本政府専用の「超高速次世代決済ネットワーク」の秘匿コードだった。
「身内って……まさか、財務省の中に敵がいるっていうことですか!?」
「驚くことではない」 御堂はネクタイを緩めることなく、犬飼のデスクから奪い取った暗号化USBメモリをポケットに収めた。 「10兆円という国家予算を、たった24時間で跡形もなく動かすシステム。そのセキュリティに『裏口(バックドア)』を作れる人間など、霞が関の最深部にいる数人に限られる。……行くぞ、若林。次は『金庫番』の口を割らせる」
「金庫番……? まさか、あの人に会う気ですか!?」 若林の背中に、冷たい汗が伝う。
御堂が向かおうとしているのは、財務省本庁舎ではない。 そこから車で15分、永田町の一等地に佇む、最高級会員制料亭『洗心庵(せんしんあん)』だった。
[01:15:40] チク・タク・チク・タク……
料亭の最奥、厳重に防音された畳の部屋。 座敷の主位に座っていたのは、現職の主計局次長、国枝譲(くにえだ ゆずる)だった。50代後半、次期事務次官の最有力候補とされる男だ。彼は目の前に並んだ高級な料理には手をつけず、タブレットで刻々と暴落する円相場を眺めながら、激しく貧乏ゆすりをしていた。
「……何の真似だ、御堂」 部屋の障子を容赦なく開け放ち、土足同然で踏み込んできた御堂に対し、国枝は声を荒らげた。 「官邸のNSC(国家安全保障会議)にも顔を出さず、こんな時間に私を呼び出して。今、霞が関がどれほどのパニックになっているか分かっているのか! 国債が紙屑になろうとしているんだぞ!」
御堂は国枝の正面に冷然と腰を下ろし、若林に命じて部屋の襖をすべて閉め切らせた。
「国枝次長。国債を紙屑にしようとしているのは、あなたですね」
部屋の空気が、一瞬で絶対零度まで凍りついた。
「……狂ったか、御堂。上司に向かって不敬極まるぞ。すぐに警備を――」
「10兆円のサイバーテロ予告メール。その送信元が経由した暗号キーの権限を承認したのは、主計局次長、あなたの個人生体パスワードです」 御堂はポケットから犬飼のサーバーから抜いたログデータを国枝の前に放り出した。 「敵が使用した政府インフラ『J-FX-NET/G2』のアクセス権。これを今夜、臨時に開放したのもあなただ。……言い訳は聞かない。誰に脅されている、あるいは、いくらで日本を売った?」
国枝の顔が、怒りから一転して土気色に変わっていく。しかし、すぐにニヤリと下劣な笑みを浮かべた。
「ふん……。証拠としては不十分だな、御堂。私のパスワードなど、ハッキングで盗まれたと言えばそれまでだ。第一、私を拘束する権限がお前にあるのか? 私は主計局次長だぞ。お前のような一介の参事官が、私に指一本触れるだけで、明日のお前の居場所は地方の税務署の倉庫だ」
国枝は立ち上がり、御堂の横を通り過ぎようとした。
その瞬間。 御堂の右腕が電光石火の速さで国枝の胸ぐらを掴み、そのまま背後の床の間へと叩きつけた。 ドガァン!! と激しい音がして、床の間に飾られていた高価な一輪挿しが粉々に砕け散る。
「ひ、ひぃっ!?」 国枝が悲鳴を上げる。若林も「御堂参事官、暴行はまずいです!」と叫んで止めようとしたが、御堂の放つ殺気に圧されて動けない。
「国枝」 御堂は国枝の首を、ネクタイごと限界まで締め上げた。国枝の目が恐怖で血走る。
「本当にすまないと思っている」
「が、はっ……み、御堂……!」
「お前のキャリアや、次の次官レースなど、今の日本(この国)にとっては1円の価値もない。……お前の海外口座をすでに凍結した。お前がスイスのプライベートバンクに隠し持っている『12億 institutional-fund(裏金)』の存在も、今この瞬間に金融庁へ通報した。お前はもう終わりだ。だが、まだ『国賊』として死ぬか、『脅迫された被害者』として生き残るかの選択肢はある。……黒幕は誰だ。お前にアクセス権を開放させた男の名前を言え!!」
御堂の目は、大義のためなら今ここで上司の首の骨を折ることも辞さない、完全なる『狂気』に満ちていた。
国枝は、酸欠で顔を真っ赤にしながら、絞り出すように声を漏らした。
「……お、大蔵(おおくら)だ……」
「何?」
「大蔵グループの会長、大蔵善三(おおくら ぜんぞう)だ……! あの男に、私のスキャンダルを握られて……断れば、明日の朝にすべてを暴露すると……。10兆円の送金システムを、午前2時までに完全にオンラインにしろと、命令されたんだ……!」
御堂は国枝の手をパッと離した。国枝は床に倒れ込み、激しく咳き込む。
大蔵善三。 日本の政財界を裏から牛耳る、最大のメガフィナンシャルグループの総帥。政府の財政諮問会議の民間議員でもあり、実質的に日本の経済政策をコントロールしている「影の総理」と呼ばれる男だった。
「大蔵善三が、国家を破産させて何を得る……?」 若林が困惑して呟く。
「簡単な理由だ」御堂は冷たく言った。「日本国債が暴落し、国家がデフォルトを起こせば、日本政府はすべてのインフラ(水道、電力、通信、そして大国債)を民間に売却せざるを得なくなる。大蔵はその全資産を底値で買い叩き、日本という国家そのものを自分の『私有物』にする気だ。ハッカーを使ったテロは、そのための煙幕に過ぎない」
時計を見る。午前1時45分。 敵の指定したタイムリミットまで、あと22時間15分。 しかし、大蔵が仕掛けたシステム上の罠は、間もなく午前2時に作動しようとしていた。
[01:52:10] チク・タク・チク・タク……
洗心庵の駐車場。御堂は車内に戻り、若林のノートPCの画面を睨みつけていた。 画面には、大蔵グループが保有する民間データセンターから、財務省の基幹サーバーへ向かって、猛烈な速度で侵入を試みる「第2のウイルス」の進行状況が表示されていた。
「参事官! あと8分で、大蔵の仕掛けたプログラムが財務省のシステムを完全に制御します! これが成功したら、こちらの意思に関係なく、10兆円が自動的に海外へ送金されてしまいます!」 若林の指がキーボードの上でパニックを起こしている。
「財務省側からアクセスを遮断することは可能か?」
「ダメです! 国枝次長が開放したバックドアのせいで、内側の管理者権限がすべて書き換えられています! 物理的に、大蔵のデータセンターにある『メインサーバー』を直接シャットダウンするか、通信回線を切断するしかありません!」
「そのデータセンターの場所は?」
「品川の臨海地区です! でも、ここから車で飛ばしても最低20分はかかります! あと8分じゃ、物理的に絶対に間に合いません……!」
若林は絶望の表情で頭を抱えた。 午前2時になれば、10兆円の送金が確定し、日本は事実上の「死」を迎える。
だが、御堂巽の辞書に「不可能」という文字はなかった。 彼は静かに携帯電話を取り出し、ある「極秘の番号」をダイヤルした。
「……私だ。御堂だ。防衛省の航空幕僚監部、作戦課長を出せ。……いや、取り次がなくていい。今すぐ、市ヶ谷の防衛省上空で待機しているE-2D(早期警戒機)の戦術データリンクを、私のタブレットに接続しろ」
「え……? 防衛省……!?」若林が目を見開く。
「作戦課長、よく聞け」御堂の声は、地獄の底から響くような冷徹さだった。 「今から品川臨海地区の座標(グリッド)を送る。……そこに建つ大蔵データのビルに向かって、航空自衛隊の電子戦機から『高出力電磁パルス(EMP)』のピンポイント照射を行え。ターゲットの全電子機器を、物理的に焼き切れ」
『な、何を言っているんだ御堂参事官!?』電話の向こうで航空自衛隊の幹部が怒鳴る。『民間企業のデータセンターにEMP照射だと!? そんなことをすれば、周辺のインフラまで巻き添えを食う! 第一、防衛大臣の許可も、総理の治安出動命令も出ていない超法規的措置だ。我々が軍法会議にかけられる!』
「その通りだ。だから――」 御堂はアクセルを強く踏み込み、車を品川へと急進させた。
「本当にすまないと思っている。だが、これしか日本を救う方法がないんだ。命令の責任はすべて私が取る。……撃て。撃たなければ、午前2時にお前たちの来年度の戦闘機調達予算、および全自衛隊員の給与予算を『ゼロ』にする。防衛省ごと干上がらせてやる。……選べ。国を救うために私に巻き込まれるか、予算ゼロで組織ごと自滅するかだ」
『お前は……お前は正気か……!!』
「私はいつだって正気だ。……残り、3分だ」
御堂は通話を切ると、カウントダウンを続ける画面を冷たく見つめた。 目的のためなら、身内も、上司も、自衛隊をも脅迫し、武器として使う。 財務省のジャック・バウアーの、手段を選ばない暴走は、ついに国家の最高防衛組織までをも巻き込み始めていた。
[02:00:00] チク・タク・チク・タク……(重く鳴り響く午前2時の鐘)
品川の夜空に、目に見えない強烈な「電磁波の嵐」が奔った。
「……画面が、消えた!?」若林が叫ぶ。 大蔵データセンターからの侵入プログラムが、午前2時ジャスト、目的地の手前で完全に「沈黙」した。
「第1段階はクリアだ」 御堂は闇に包まれた品川の街を見据えながら、不敵に目を細めた。 「だが、これで大蔵善三も本気で牙を剥いてくるぞ。若林、次の1時間で大蔵の身柄を押さえる」
日本破滅(デフォルト)まで、あと22時間――。
(第2話 終)
【02:00〜03:00】第3話: 影の総理(キングメーカー)
[02:00:05] チク・タク・チク・タク……(不気味なほど正確に時を刻む秒針)
品川臨海地区。航空自衛隊による超法規的なピンポイントEMP(電磁パルス)照射により、大蔵グループの巨大データセンターは、すべての明かりを失って闇に沈んでいた。
「は、ハッキングが止まった……。財務省のシステム、間一髪で死守しました!」 助手席でノートPCを抱えた若林が、息も絶え絶えに叫ぶ。
「だが、データセンターの機能を物理的に破壊したに過ぎない。大蔵善三の資金力があれば、すぐに別のバックアップサーバーが起動する」 御堂巽はセダンのハンドルを握り直し、アクセルを限界まで踏み込んだ。車は品川の海岸線を離れ、再び都心へと向かう。
「次、どこへ行くんですか!?」
「大蔵善三の自宅だ。麻布の私邸にいる」
「本気ですか!? 大蔵会長といえば、現職の総理大臣すら生殺与奪の権を握る『政財界のキングメーカー』ですよ!? 私たちみたいな一介の官僚が、夜中に令状もなく突入してタダで済むわけが――」
「若林」 御堂はバックミラー越しに、怯える部下を冷酷に見据えた。 「大蔵が日本を破産させようとしている。国家が消滅すれば、法律も、警察も、お前が恐れている『権力』とやらもすべて消えてなくなる。ルールを守って国を滅ぼすのと、ルールを破って国を救うの、どちらが官僚の仕事だ?」
若林は言葉を失い、ただ御堂の横顔に宿る圧倒的な覚悟に圧倒されるしかなかった。
[02:22:15] チク・タク・チク・タク……
港区元麻布。高い塀と厳重な監視カメラ、そして私設警備員に守られた大蔵善三の豪邸。 突如、その正面ゲートに、御堂の黒塗りセダンが凄まじいブレーキ音を響かせて横付けされた。
「おい! ここをどこだと思っている、下がれ!」 駆け寄ってきた屈強な私設警備員3人が、御堂を阻もうとする。
御堂は車から降りると、一切躊躇せず、懐から「一通の赤い書面」を突きつけた。
「財務省大臣官房令に基づく、『臨時の資産差し押さえおよび即時立ち入り検査通告書』だ。大蔵善三に、国家転覆罪および外国為替法違反の容疑がかかっている。退け。従わない場合は、公務執行妨害およびテロ支援国家資産として、この邸宅ごと国庫に没収する」
「な、何を馬鹿な……財務省にそんな権限が――」
「ある。私が今作った」 御堂は警備員の腕を強引に振り払い、重厚な玄関の扉を自ら押し開けて内部へと突き進んだ。
[02:35:40] チク・タク・チク・タク……
広大な総大理石のリビング。 奥のソファーに、シルクのナイトウェアをまとった老人が、悠然と座っていた。日本の富の頂点に君臨する男、大蔵善三(78歳)である。データセンターを焼かれた直後だというのに、その表情には微塵の動揺もなかった。
「夜中に騒々しいと思えば……御堂参事官か。自衛隊のEMPまで動かすとは、財務省の犬にしては随分と骨のある男を飼っていたものだな」 大蔵は冷笑を浮かべ、葉巻に火をつけた。
「大蔵会長。無駄な抵抗はやめろ」 御堂はその前に立ち、冷徹に言い放った。 「10兆円の送金プログラムは止めた。国枝次長もすべてを自白した。お前が日本国債を空売りし、国家破産(デフォルト)を引き起こして日本のインフラを買い叩こうとしていた計画は、完全に破綻した」
「破綻? ハハハ!」 大蔵は天を仰いで声を上げて笑った。その笑い声には、絶対的な権力者特有の不気味な余裕が満ちていた。
「御堂くん、君は経済の天才かもしれないが、政治というものを何も分かっていない。……確かに、午前2時のハッキングは防がれた。だが、10兆円のテロ予告は『24時間』だ。まだ21時間以上残っている。そして――」
大蔵は手元のリモコンを押し、壁面の巨大モニターをつけた。 画面に映し出されたのは、首相官邸の記者会見場。午前2時半という異例の時間にもかかわらず、内閣総理大臣がカメラの前に立っていた。
『……国民の皆様に、謹んでご報告いたします。我が国の国債および通貨円に対する、未曾有のサイバーテロ攻撃を確認いたしました。政府としては、市場の混乱を避けるため、誠に遺憾ながら、テロリストの要求に応じ、特例措置として「10兆円の予備費支出(送金)」を決定いたしました……』
「な、何だって……!?」若林が絶叫した。「総理が、テロリストに屈して10兆円を払うって……公式に発表した!?」
「そういうことだ」 大蔵善三は葉巻の煙を燻らせながら、御堂をあざ笑うように言った。 「総理も、内閣も、全員私の息がかかった操り人形だ。財務省のシステムが使えないなら、政治決断(トップダウン)で予算を動かせばいい。明日の朝、大蔵グループのペーパーカンパニーを通じて、合法的に10兆円がテロリスト(我が組織)の口座へ振り込まれる。日本はどちらにせよ、財政破綻して私のものになるのだよ」
「……」 御堂は無言で画面を見つめていた。その顔は完全に無表情だった。
「君の負けだ、御堂くん。自衛隊を勝手に動かした罪で、君は夜が明けたら逮捕される。おとなしく私の軍門に下るなら、次の新しい日本の『財政大臣』の椅子を用意してやってもいいが?」
大蔵が勝利を確信し、グラスを掲げたその時。
御堂は、ゆっくりと、本当に重苦しそうに、首を横に振った。
「大蔵会長。本当にすまないと思っている」
「……何だと?」
「あなたがどれほど日本の政治家を飼い慣らしていようと、私には関係ない。予算の執行印(ハンコ)を押すのは、官邸の操り人形(総理)ではない。我々、財務省の現場だ」
御堂は懐から、もう一台の「赤い特殊スマートフォン」を取り出した。それは、財務省が戦時や大規模災害などの有事の際、国家予算の執行を完全にロックするために作られた、超秘匿システム『コード・ゼロ』の起動端末だった。
「お前、何をする気だ……!?」大蔵の顔から初めて余裕が消えた。
「これより、大蔵グループに関連するすべての銀行口座、融資枠、および日本国内にある全資産の『全額凍結(モラトリアム)』を申請する。根拠は、テロ資金供与防止法違反だ」
「狂ったか! うちのグループを凍結すれば、明日の朝、日本の株価は暴落し、中小企業への資金繰りはストップし、数千万人の国民の生活が崩壊するぞ! 日本経済が午前3時に完全にマヒするんだぞ!?」
「構わない」 御堂の親指が、画面の「執行」ボタンの上に置かれた。彼の目は、国家の癌細胞を摘出するためなら、一時的に心臓を止めることも辞さない、完全なる『鬼』のものだった。
「日本経済が一時的にマヒするのと、大蔵善三、お前の私有物になるの、どちらがマシかという話だ。……お前が総理を脅して10兆円を動かそうとするなら、私は日本経済そのものを人質に取って、お前を圧し潰す。……若林、カウントダウンしろ。10秒だ」
「さ、参事官! 本当に押したら、日本の歴史上最大の経済パニックに――」
「構わん、数えろ!!」
「じゅう! きゅう! はち……!」若林の絶叫がリビングに響く。
「待て! 待て御堂! 話し合おう!」大蔵善三がソファーから転げ落ちるようにして立ち上がり、御堂の手元にすがりつこうとした。「口座を止めれば、我がグループが海外のヘッジファンドと結んでいる『10兆円の国債空売り契約』の証拠金が払えなくなり、我々も破産する!」
「なな! ろく! ご……!」
「私の負けだ! 認めよう! テロリストとの連絡ルートを教える! 暗号資産の最終送金先を教えるから、それを押せばテロの本体(ハッカー)の居場所が分かる! だからそのボタンを押すのだけはやめろ!!」
政財界のキングメーカーが、一介の官僚の前に膝をつき、床に頭をこすりつけて命乞いをした。 大義のための「手段を選ばない暴走」。御堂巽の狂気は、日本の支配者すらも完全に恐怖で屈服させたのだ。
[02:59:50] チク・タク・チク・タク……
若林のノートPCに、大蔵善三の口から吐き出された「テロ組織の最終的な通信プロトコル」が次々と入力されていく。
「……受信しました! 大蔵会長を裏で操り、日本国債をハッキングしていたテロ組織の本拠地、特定できました!」若林が画面を指差す。
しかし、その座標を見た瞬間、若林は息を呑んだ。 表示されていたのは、海外でも、データセンターでもなかった。
「東京湾沖……15キロ。現在、日本の領海内に停泊している、国籍不明の『巨大武装工作船(メガ・フロート)』です……!」
テロリストの本体は、日本の法律も、警察の権限も届かない「海の上」から、日本崩壊へのカウントダウンを操作していたのだ。
[03:00:00] チク・タク・チク・タク……(無情に響く午前3時の鐘)
午前3時。 日本崩壊(デフォルト)まで、残り21時間。
御堂は大蔵善三を冷たく見下ろしたまま、赤いスマートフォンをポケットに仕舞った。
「海の上か。……若林、次は『船』を徴発するぞ」
深夜の麻布を抜け、御堂巽は次なる戦場――漆黒の東京湾へと向かう。彼の暴走は、ついに国境の壁さえも越えようとしていた。
(第3話 終) 日本破滅(デフォルト)まで、あと21時間――。
【03:00〜04:00】第4話:不法接収
[03:00:05] チク・タク・チク・タク……(闇夜に響く、凍りつくような秒針の音)
午前3時。東京湾からの容赦ない夜風が、品川の埠頭に立つ御堂巽のコートを激しく揺らしていた。 若林の持つノートPCの画面には、東京湾沖15キロに不気味に停泊する、国籍不明の巨大武装工作船の赤点が点滅している。
「参事官、本当にあの船に行く気ですか!? 相手は最新鋭のサイバー兵器と重武装を兼ね備えたテロリストの本拠地ですよ!? 海上保安庁の特殊部隊(SST)か、自衛隊の特別警備隊(特警隊)に出動を要請しないと、近づいた瞬間に機関砲で海の藻屑です!」
「要請などしている時間はない」 御堂は海面の向こう、漆黒の水平線を冷徹に見つめた。 「海保や防衛省が『領海内の不審船に対する交戦規定(ROE)』を閣議でこねくり回している間に、夜が明けて市場が開き、日本は破産する。……彼らが動けないなら、私が動かす」
御堂は携帯電話を取り出し、画面に登録された「最重要ブラックリスト」の番号をタップした。
「……私だ。御堂だ。湾岸一帯の密輸ルートを仕切っている『羅生会(らしょうかい)』の総長を出せ」
『ひ、東日本の裏社会のドンに直電ですか!?』若林が白目を剥く。
電話の向こうから、地鳴りのような低い声が響いた。 『……財務省の御堂か。何の用だ。こっちはお前らの税務調査でまいっているんだ。』
「お前たちの密輸船(密航船)の中で、最も馬力があり、レーダーに映らない『ステルス性の高い超高速ボート』を今から10分以内に品川第5埠頭へ回せ。燃料は満タンにしておけ」
『はあ? なぜ俺がお前ら官僚に船を貸さなきゃならん。断る』
「断れば、明日の午前9時、お前たちがパナマやケイマン諸島に隠している総額800億円の暗号資産ウォレット、および不正資金口座をすべて国庫に強制没収する。お前たちの資金洗浄(マネーロンダリング)の手口は、先ほど大蔵善三の口からすべて吐かせた」
『なっ……大蔵のジジイが吐いただと!?』電話の向こうのボスの声が初めて激昂に揺れた。
「選択肢は2つだ。船を差し出して協力するか、明日の朝、一文無しになって組織ごと干上がって死ぬか。……選べ。猶予は30秒だ」
『お前……本当に財務省の人間か!? ヤクザよりタチが悪いぞ!』
「本当にすまないと思っている」御堂の声には、一片の感情も交じっていなかった。「だが、これしか日本を救う方法がないんだ。残り20秒」
『……クソがっ! 10分で品川に行かせる! その代わり、今回の件が終わったら税務調査の書類はすべて燃やせ!』
「善処する」 御堂は一方的に通話を切ると、若林を振り返った。 「船は確保した。若林、電子戦の準備をしろ」
[03:18:40] チク・タク・チク・タク……
暗黒の東京湾を、ライトをすべて消した羅生会の密輸ボートが、時速100キロを超える猛烈なスピードで跳ねるように爆走していた。 凄まじい風圧と水しぶきの中、若林はボートのキャビンにへばりつき、吐き気を堪えながら必死でキーボードを叩いている。
「近づいています! 工作船まであと3キロ!……待ってください、敵の船からこちらのボートに向けて、アクティブ・レーダーが照射されました! 火器管制レーダーです! 狙われています!」
「若林、大蔵から奪った最終プロトコルを使え。敵の防空・迎撃システムに『財務省の身内』としてのダミー暗号データを流し込め。身内からの連絡艇だと誤認させるんだ」
「やってます!……でも、パスワードの認証が厳しすぎる! 財務省の主計局長級の暗号化電子署名が必要です! そんなもの、今ここに――」
「これを使え」 御堂は自分の胸ポケットから、ゴールドに輝く「財務省キャリア専用の特別決算認証ICチップ」を若林のPCに突き刺した。先ほど料亭で主計局次長の国枝を床の間に叩きつけた際、ドサクサに紛れて衣服からスり取っておいたものだ。
「これ、国枝次長の!? いつの一間に……!」
「手段を選んでいる暇はないと言ったはずだ。早くしろ!」
若林がICチップのデータを読み込ませ、エンターキーを叩いた瞬間、ボートの警告アラートがピタリと止まった。工作船の自動迎撃システムが、彼らのボートを「味方の連絡艇」として認識し、ロックオンを解除したのだ。
「い、いけます! 敵の防衛網、突破しました!」
前方のアナログな暗闇の中から、要塞のような巨体を誇る巨大武装工作船が、その全貌を現した。
[03:42:15] チク・タク・チク・タク……
工作船の最下層、錆びた鉄扉が並ぶ連絡用ハッチ。 御堂と若林は、音もなくボートから工作船の内部へと侵入していた。通路には自動小銃を持った国籍不明の兵士たちが巡回している。
「参事官、ここからは完全に物理的な戦闘になりますよ……!? いくらなんでも、財務官僚が銃を持ったテロリストに素手で勝てるわけが――」
若林が言いかけるより早く、御堂は通路の陰から、巡回してきた兵士の背後に音もなく忍び寄った。 そして、手にした重厚な「財務省公式の特製チタン製バインダー」の角を、兵士の頸椎に向けて容赦なく叩き込んだ。
ゴキッ!!
鈍い音がして、兵士が声も出せずに崩れ落ちる。御堂は手際よくその兵士が持っていた突撃銃(アサルトライフル)と通信インカムを奪い取り、若林に投げ渡した。
「安全装置(セーフティ)の外し方くらいは、新人研修で習ったな?」
「習うわけないでしょうが!!」若林は涙目で銃を抱えた。
「なら私が前を歩く。お前は私の背後1メートルを死守し、サーバー室へのルートを案内しろ。敵のメインサーバーの電源を物理的に切断する」
御堂は奪った銃のボルトハンドルを引き、冷徹な目で通路の奥を睨みつけた。その佇まいは、スーツを着たただの官僚ではなく、国家という巨大な利権を守るために最適化された、最凶の処刑人(ジャック・バウアー)そのものだった。
インカムから、敵の焦った無線が飛び込んでくる。 『侵入者だ! 連絡ハッチの警備がやられた! ネクタイを締めたアジア人の男だ、射殺しろ!』
「開戦だな」 御堂は冷たく呟くと、容赦なく通路の奥へと突撃した。
[03:59:50] チク・タク・チク・タク……
激しい銃撃戦の末、いくつもの薬莢が転がる通路を突き抜け、二人はついに工作船の心臓部である「中央サイバー管制室」の分厚い耐火扉の前にたどり着いた。
内部からは、日本国債を秒単位で破壊し続けている、無数のサーバーの駆動音が地鳴りのように響いている。
時計を見る。午前3時59分55秒。 日本崩壊(デフォルト)まで、残り20時間。
扉の電子ロックを前に、若林が叫ぶ。 「参事官! この扉、内側から完全に溶接されていて開きません! 解除コードも受け付けない! 物理的に爆破するか、何か強力な破壊手段がないと、あと数秒で午前4時の『第3次国債大暴落攻撃』が始まってしまいます!」
御堂は突撃銃を構え、その銃口を、扉の横にある「高圧ガス循環パイプ」のバルブへと向けた。
「若林、伏せろ」
「え? ちょっと、それって――」
「本当にすまないと思っている。だが、これしか日本を救う方法がないんだ」
御堂は躊躇なく引き金を引いた。
[04:00:00] チク・タク・チク・タク……(激しい爆発音と共に、午前4時の鐘が鳴り響く)
工作船の深部で、凄まじい大爆発が巻き起こった。
日本破滅(デフォルト)まで、あと20時間――。
(第4話 終)
【04:00〜05:00】第5話: 焦土の選択
[04:00:05] チク・タク・チク・タク……(爆音の余韻を切り裂く、非情な秒針の音)
ゴオォォォッ!!
工作船の通路に、真っ赤な爆炎と黒煙が吹き荒れる。御堂が撃ち抜いた高圧ガスパイプの爆発によって、中央サイバー管制室の分厚い耐火扉は、内側の溶接ごと無残に吹き飛ばされていた。
「ゲホッ、ゴホッ!……し、死ぬかと思った……」 床に這いつくばり、煤まみれになった若林が激しく咳き込む。
「立つんだ、若林。まだ1秒も猶予はない」
御堂巽は煙を突っ切り、破壊された扉を蹴り開けて管制室へと踏み込んだ。 部屋の中央には、ピンポイント爆破の衝撃を免れた数十台の巨大なサーバーラックが、怪しく緑色のLEDを明滅させて駆動している。メインモニターには、午前4時ジャストに世界中の市場へ向けて一斉送信されるはずだった「第3次国債大暴落(一斉空売り)プログラム」の実行確認画面が、エラーメッセージと共に静止していた。
「間一髪……止まってます。でも、メインシステムは生きてる! すぐに根こそぎシャットダウンしないと、自動復旧(リカバリー)がかかります!」 若林が壊れたコンソールに駆け寄り、ノートPCを直結して指を走らせる。
だがその時、管制室のすべてのスピーカーから、ノイズ混じりの「合成音声」が部屋全体に響き渡った。
『……素晴らしい手際だ、財務省の御堂巽参事官』
「誰だ」 御堂は突撃銃を構えたまま、スピーカーを冷徹に睨みつける。
『私はこのテロ実行部隊の最高管理者……“チェックメイト”と呼んでもらおうか。大蔵善三を脅し、国枝次長を操り、お前たちをここまで誘い込んだ者だ。だが、お前の暴走もここまでだ』
スピーカーの向こうの男は、勝ち誇ったように冷笑した。
『この工作船のサーバーを物理的に止めても意味はない。午前4時15分、我々が世界中のダークウェブに分散配置した「ミラーサーバー」が同期し、日本の全資産データを消去する。この船は、お前たちを誘い込んで一網打尽にするための「囮」に過ぎないのだよ』
「……何だと?」若林の顔が恐怖で引きつる。「分散型ミラーサーバー……!? そんなもの、今からじゃどこにあるか追跡なんて絶対に不可能です! あと15分で日本が消える……!」
『そうだ。お前たちに打つ手はない。国家破産まであと20時間残す必要すらなくなった。……さあ、日本という巨大なタイタニック号が沈没する様を、その特等席(海のど真ん中)で指をくわえて見ているがいい』
プツッ、と通信が切れる。 と同時に、管制室のモニターのカウントダウンが【14:55】から猛烈な勢いで減り始めた。
「クソッ、クソォッ!!」若林がキーボードを叩きつける。「暗号が複雑すぎて、15分じゃ1つも解除できません! 参事官、本当に終わりです……! 私たちの負けだ……!」
世界中のネットの海に隠されたウイルス。それを15分で消し去る魔法など、この世のどこにも存在しない。
だが、御堂の目は、まだ死んでいなかった。 彼は血の滲む唇を歪め、本日何度目かになる、あの「悪魔の言葉」を静かに呟いた。
「若林。本当にすまないと思っている」
「え……?」 若林が振り返った瞬間、御堂は自分の暗号化タブレットを操作し、財務省本庁舎の主税局、および日本銀行の総裁室へ同時に「超法規的緊急指令」を送信した。
「……これより、日本国内の『全インターネット回線』および『全国際海底ケーブル』の物理的切断を命じる」
「な……なな、何を言ってるんですか!?」若林が椅子から転げ落ちた。「ネットを丸ごと切る!? 日本全体を、完全に世界から隔離するっていうことですか!?」
「そうだ。ウイルスが海外のミラーサーバーと同期する前に、日本という国家(サーバー)のプラグを物理的に抜く。ネットワークが繋がっていないデータは、テロリストであっても消去できない」
「そんなことしたら、明日の朝の株式市場どころか、銀行のATMも、スマホの通信も、電車の運行システムも、病院の医療ネットワークも、日本のすべてのインフラが完全に停止して、大パニックになります! 事実上の『自爆』ですよ! 国を救うために、国を焦土にする気ですか!?」
「焦土になっても、データ(財産)さえ残れば国はやり直せる」 御堂はカウントダウンが【02:00】を切った画面を見つめ、受話器を握りしめた。
「日銀総裁、私の声が聞こえているな。……今すぐ『ネットワーク切断スイッチ』を押せ。明日、すべての国民から大罪人として罵られる覚悟なら、私がすべて背負う。……押せ!!」
[04:14:59] チク・タク・チク・タク……
【00:01】 【00:00】
世界中と同期を始めようとしたウイルスのプログラムが、次の瞬間、 『Error: Network Disconnected(ネットワークが切断されました)』 という文字と共に、完全にフリーズした。
同時に、東京中の街の明かりが、通信の途絶によって一瞬だけ明滅した。 日本が、世界から完全に遮断された「孤島」となった瞬間だった。
「……止まり、ました」 若林は、もはや涙も出ない様子で、真っ白になった画面を見つめていた。 テロリストによるデータ消去は防いだ。しかし、今の日本は、あらゆるライフラインが麻痺した、文字通りの「瀕死の巨人」と化していた。
「時間稼ぎにはなったな」 御堂は突撃銃を肩にかつぎ、静かに管制室の出口へと歩き出した。
時計を見る。午前5時。 日本崩壊(デフォルト)まで、残り19時間。
「ネットを切られて焦っているのは、敵も同じだ。これからは、通信の使えない『原始的な泥仕合』が始まる。若林、船を出せ。夜が明ける前に、首謀者(チェックメイト)の胸ぐらを掴みに行く」
燃え盛る工作船を背に、財務省のジャック・バウアーの、手段を選ばない暴走は、ついに予測不能の第5ステージへと突入する。
(第5話 終) 日本破滅(デフォルト)まで、あと19時間――。
【05:00〜06:00】第6話:最後の防衛線
[05:00:05] (チク・タク・チク・タク…… ネットの途絶えた世界で、秒針の音だけが不気味に響く)
午前5時。東の空がうっすらと白み始めた東京湾。 全インターネット回線と国際海底ケーブルの物理的切断という、御堂の「焦土作戦」により、日本国内のすべてのデジタル通信は完全に沈黙していた。
羅生会の密輸ボートで品川の埠頭へと戻る道中、若林は圏外になったスマートフォンを何度も叩きながら、絶望的な声を上げた。
「スマホも、ナビも、何もかも死んでます……! 参事官、テロリストのデータ消去は防げましたけど、これじゃ午前9時に銀行が開いても、窓口もATMも1ミリも動きませんよ!? 日本経済は自爆して死んだも同然です!」
「いや、まだ心臓は止まっていない」 御堂はボートの舳先に立ち、夜明け前の街を睨みつけていた。 「ネットが死んでも、有線(アナログ)の専用回線が生きていれば銀行間の決済は可能だ。大蔵善三を屈服させ、工作船のハッカーを潰した。敵の『チェックメイト』に残された手段はあと1つしかない。……物理的な『日本国債の一斉売却』だ」
「物理的……? でも、ネットが繋がってないんですよ!?」
「日本銀行の『金融ネットワークシステム(日銀ネット)』のバックアップ回線だ。あれは一般のインターネットとは隔離された、専用の地下光ファイバー網を使っている。ネットが遮断された今、大国債を売って日本を破産させるには、日銀の本店にある『特別端末室』に直接、生体認証パスコードを入力してシステムに介入するしかない」
御堂は懐から、大蔵善三の自宅から押収した暗号メモを取り出した。 「敵の親玉(チェックメイト)は、最初から日銀の内部にいる。午前6時の市場プレオープンと同時に、日銀ネットを使って100兆円規模の国債を強制売却し、日本をデフォルトに追い込む気だ。……急ぐぞ、若林。最後の戦場は日本銀行本店だ」
[05:25:40] チク・タク・チク・タク……
中央区日本橋本石町、日本銀行本店。 通信が麻痺し、信号機すら消灯した混沌の都心を、御堂のセダンがタイヤを鳴らしながら突っ切った。 重厚な石造りの日銀本館の前に車を乗り捨てた二人は、非常用電源で辛うじて動いている通用口から内部へと突入する。
「誰だ! 今は緊急事態につき、何人(なんぴと)も立ち入りは――」 立ちはだかる日銀の武装警備員に対し、御堂は躊躇なく国税庁査察部(マルサ)のバッジと、主計局次長・国枝から奪った特別認証IDを突きつけた。
「財務省大臣官房参事官、御堂だ。日銀ネットのバックアップ回線に不正アクセス検知。これより地下の特別端末室を『財務省特別専任事案』に基づき臨検する。退け、さもなくば国家反逆罪の現行犯で拘束する!」
御堂の放つ、狂気すら孕んだ官僚としての威圧感に、警備員たちは気圧されて思わず道をあけた。
「若林、行くぞ!」 二人は大理石の階段を駆け下り、日銀の最深部、重厚な防盗扉に守られた「地下第3特別端末室」へと向かった。
[05:45:12] チク・タク・チク・タク……
重い鉄扉をこじ開けて飛び込んだその部屋。 薄暗い非常用照明の下、巨大な中央コンソールの前に、一人の男が立っていた。 男の手は、日銀ネットのマスターキーにかけられている。
その顔を見て、若林が息を呑んだ。 「……主計局長……!?」
そこにいたのは、数時間前、財務省のオフィスで御堂に「独断で動くな、首が飛ぶぞ」と怒鳴り散らしていた、御堂の直属の上司、主計局長その人だった。
「遅かったな、御堂くん」 主計局長は、悲しいほど冷徹な笑みを浮かべて振り返った。 「まさか、君が自衛隊を脅し、大蔵会長を失脚させ、インターネット丸ごと国を隔離するほどの『化け物』だとは思わなかったよ。だが、君の暴走もここまでだ。あと10分で午前6時。日銀ネットのバックアップから、海外ファンドを通じて日本国債の『全額売り浴びせ』が実行される。日本の財政はこれで完全に終わりだ」
「局長……あなたが“チェックメイト”だったのか」 御堂は突撃銃を局長の胸元にピタリと向けた。引き金にかかった指には、1ミリの躊躇もない。
「なぜだ! あなたは財務省のトップの一人だ! 誰よりもこの国の財政を守る立場にいるはずでしょう!?」若林が叫ぶ。
「守る? 守ってどうなる!」局長の声が激昂に震えた。 「この国はもうとっくに限界なんだよ! 膨れ上がる社会保障費、減らない赤字国債、増税を拒む国民! 我々財務官僚がどれだけ血の滲むような予算編成をしても、この国は緩やかに死に向かっている!……なら、いっそ今ここで10兆円のショックを与えて完全にデフォルトさせ、システムをリセットするしかないんだ! 大蔵のジジイのような私欲ではない! 私は、この国を一度『正しい更地』に戻すために、テロリストと手を組んだんだ!」
局長の目は、彼なりの「歪んだ正義」で血走っていた。 彼の指が、国債売却のファイナルエンターキーにかけられる。
コンソールの画面が赤く点滅する。【05:58:30】。 国債一斉売却まで、あと90秒。
「撃てるか、御堂くん? 私は君の上司だ。ここで私を射殺すれば、君のキャリアどころか、君の人生のすべてが文字通り終わるぞ」
御堂は銃を構えたまま、静かに目を閉じた。 そして、今日、最も深く、最も重い声を絞り出した。
「局長。……本当に、すまないと思っている」
「……御堂?」
「あなたの言う通り、この国の財政は崖っぷちだ。我々がやっていることは、タイタニック号の甲板の椅子の並べ替えかもしれない。……だがな」
御堂が目を開けた。その瞳には、局長をも凌駕する、絶対的な国家の番人としての「狂気の光」が宿っていた。
「予算の数字1つ、国債の1円の裏には、この国で必死に生きている1億3千万人の国民の生活があるんだ。それを『リセット』などという安い言葉で踏み潰す権利は、我々官僚にはない。……あなたの首など、日本の明日(未来)に比べれば、端金ですらない」
御堂は銃口を局長から外し、コンソールの下にある「メイン有線光ケーブルの配線盤」へと向けた。
「な、何を――」
「国債を売らせるくらいなら、この日銀の心臓ごと、今ここで私が叩き潰す」
「待て! それを撃てば、日銀ネットのデータが物理的に破損して、大手の銀行すら連鎖倒産するぞ! 日本が本当に、数分間、完全に原始時代に戻るんだぞ!?」
「日本が死ぬよりはマシだ。……若林、耳を塞げ」
時計の針が、午前5時59分55秒を告げた。
「本当にすまない、これしか日本を救う方法がないんだ」
御堂巽は、引き金を全力で引き絞った。
[06:00:00] (激しい銃撃音と、火花。そして、午前6時の重い鐘の音が、闇に響き渡る)
日銀地下室に、激しい金属音と電子の断末魔が炸裂した。
日本破滅(デフォルト)まで、あと18時間――。
(第6話 終)
【06:00〜07:00】第7話: 凍結された朝
[06:00:05] (静寂。通信も、日銀ネットも、すべてが死に絶えた午前6時)
バチバチバチ……と、撃ち抜かれた配線盤から虚しい火花が散る。 日銀の地下第3特別端末室。100兆円の国債一斉売却プログラムが走るはずだったメインコンソールは、御堂の放った銃弾によって物理的に破壊され、ただの鉄くずと化していた。
「……終わった。本当に、全部壊しちゃった……」 若林は火薬の煙が立ち込める床に座り込み、幽霊でも見たかのような顔で呆然と呟いた。
「これで『チェックメイト』の物理攻撃も完全に防いだ」 御堂巽は、熱を持った突撃銃を冷然と床に捨て、足元に倒れ込む主計局長を見下ろした。局長は、日本の財政システムそのものが文字通り「消滅」した画面を見つめながら、力なく笑っていた。
「ハハ……狂っている。御堂、君は国債の売却を止めるために、日銀の決済機能そのものを銃で撃ち抜いたんだぞ。あと3時間で午前9時だ。市場が開いても、日本中のどの銀行も1円たりとも金を動かせない。君がやったことは、テロリスト以上の大罪だ……」
「その罪なら、後でいくらでも背負う」 御堂はコートの襟を正し、若林の襟首を掴んで強引に立たせた。
「若林、感傷に浸っている暇はない。地上へ出るぞ。ネットを切り、日銀ネットを破壊した。これで敵も味方も、完全な『情報遮断(ブラックアウト)』に陥った。だが、まだテロのタイムリミットまで18時間ある。夜が明ければ、1億3千万人の国民がこの『通信ゼロの世界』で目を覚ます。本当の地獄はここからだ」
[06:30:15] チク・タク・チク・タク……
日本銀行の地上出口。 一歩外へ出ると、そこは不気味なほど静まり返った東の空が広がっていた。 信号機はすべて消灯し、行き交う車もまばら。スマートフォンは「圏外」の文字を表示したまま沈黙し、駅の電光掲示板も真っ黒だ。日本中の人々が「何かが起きている」と気づき始め、街には目に見えない動揺が広がりつつあった。
御堂のセダンの中、若林はダッシュボードのアナログ時計を見つめながら、青ざめた声で言った。
「参事官、次に私たちは何をすればいいんですか……? 大蔵会長も、局長も、ハッカーの船も全部潰しました。これ以上、何を暴走させるっていうんですか!?」
「テロリストの『システム』は潰したが、彼らが世界中に仕掛けた『噂(デマ)』までは止められていない」 御堂はカチリと車のラジオのスイッチを入れた。非常用電源で辛うじて電波を飛ばしている、NHKのAMラジオの音声がノイズ混じりに流れてくる。
『……現在、全国で大規模な通信障害が発生しています。政府は原因を調査中ですが、一部の海外メディアは「日本政府の財政が破綻し、預金封鎖が行われる前兆ではないか」との憶測を報じており……』
「これだ」御堂の目が鋭く光る。 「ネットが死んでも、ラジオや口頭の噂は止められない。午前9時になった瞬間、全財産を失う恐怖に駆られた国民が銀行の窓口に殺到する。……『取り付け騒ぎ』だ。全銀行のシステムが止まっているこの状況で取り付け騒ぎが起きれば、日本中の金融機関がパニックで本当に連鎖倒産する。そうなれば、国債の暴落を止めた意味がなくなる」
「じゃあ、午前9時までに通信を復旧させないと……!」
「いや、物理的に破壊した日銀の回線が3時間で直るわけがない。……復旧が無理なら、別の力で国民の暴動を抑え込む」
御堂はセダンを急発進させ、官邸へと向かった。
[06:45:20] チク・タク・チク・タク……
首相官邸、地下危機管理センター。 通信が完全に途絶し、外部の状況が一切分からなくなった閣僚たちが、パニック状態で怒号を飛び交わせていた。 そこへ、警察の制止を文字通り「力ずく」で突破した御堂巽が、若林を伴って乱入した。
「何だお前は! 今は関係者以外――」
「財務省参事官、御堂だ。総理、今すぐお時間をいただく」 御堂は机を両手で叩き、恐怖に震える内閣総理大臣の目を至近距離で睨みつけた。
「総理、午前9時の銀行開店と同時に、日本全土で大規模な暴動と取り付け騒ぎが発生します。通信が死んでいる今、国民の不安はピークに達している。これを防ぐ方法は1つしかありません」
「な、何だ……? ネットを直すのか?」
「いいえ。午前8時59分までに、国会を緊急招集し、『国家非常事態宣言』および『全国民の外出禁止令』を発令してください。さらに、全銀行の窓口に警察および陸上自衛隊を配置し、物理的に銀行への立ち入りを完全封鎖します」
「狂ったか!!」内閣官房長官が叫んだ。「そんな法律を無視した戒厳令まがいのことをすれば、それこそ日本が独裁国家になったと世界中から非難され、円の価値は暴落する!」
「暴落ならすでに止めてあります」 御堂は懐から、日銀の地下で主計局長から奪い取った「テロ組織の全容データ」を総理の前に叩きつけた。
「これは今回のサイバーテロの全証拠、そして主計局長を含む首謀者たちの逮捕令状の雛形です。すべては『海外の投機筋が仕掛けた不当なテロ』であり、日本政府は財政破綻などしていない。その大義名分を、午前9時ジャストに、全国の『AMラジオ』と『街頭スピーカー(防災無線)』を使って、総理、あなたの口から直接国民へ説明するんです。ネットが使えないなら、昭和のやり方で1億3千万人に同時に声を届ければいい」
「しかし……自衛隊を街に配備するなど、手続きが……」総理の手が震える。
「手続きをしている間に国が滅びるんだ!」 御堂の怒号が、危機管理センター全体を震撼させた。
「本当にすまないと思っている。だが、これしか日本を救う方法がないんだ。……総理、泥をかぶってください。あなたがサインしないなら、私は今からこの官邸の非常用電源をすべて切断し、あなた方を完全な闇の中に監禁する。国を救う決断をするか、このまま闇の中で歴史の藻屑になるか、今すぐ選べ!!」
財務省のジャック・バウアーの暴走は、ついに国家の最高権力者である総理大臣すらも、その狂気の手の中に収めようとしていた。
[06:59:55] チク・タク・チク・タク……
総理は真っ白な顔で、御堂の差し出した「非常事態宣言」の書類に、震える手で署名(サイン)した。
時計の針が、午前7時を告げる。
「若林、1段階クリアだ。すぐに防衛省の無線を使って、全国の自衛隊の駐屯地に命令を飛ばせ。……午前9時まで、あと2時間。次はこの通信遮断の隙を突いて、テロ組織の本当の黒幕……『チェックメイト』のさらに上にいる海外のヘッジファンドの資金を、アナログな罠でハメ殺す」
日本破滅(デフォルト)まで、あと17時間――。 午前9時の「市場開戦」まで、あと2時間。
(第7話 終)
【07:00〜08:00】第8話: アナログ・トラップ
[07:00:05] (チク・タク・チク・タク…… 朝の光がカオスに包まれた都心を照らし始める)
午前7時。総理大臣に「国家非常事態宣言」の署名を強制させた御堂巽は、官邸の地下を出て、再び若林とともにセダンへと乗り込んでいた。 街頭の防災無線スピーカーからは、総理の録音音声が繰り返しパニックを抑えるために流れている。
「参事官、総理を脅して自衛隊まで動かしたんです。もう国内で手を出せる相手は残っていませんよ!? あと2時間で午前9時、海外の市場が完全に動き出します。ネットが死んでいる日本を尻目に、ロンドンやニューヨークのヘッジファンドが、日本のデフォルト(債務不履行)を確信して『円』と『国債』をさらに売り浴びせてきたら、今度こそ防ぎようがありません!」
「だからこそ、その海外のファンドをここで『ハメ殺す』と言ったんだ」 御堂はセダンのハンドルを握り、驚くべき目的地へと車を走らせた。
「どこへ行くんですか?」
「大手町だ。日本国際通信(JIT)の『国際有線電信局』へ行く。明治時代から続く、日本で唯一の『国際公衆電線(国際電報・FAX)』のアナログ中継基地局だ」
「電報……!? FAX……!? この令和の時代に、そんな大昔の通信手段で何をする気ですか!?」
「若林、インターネットという超高速の世界しか知らない海外のヘッジファンド(奴ら)にとって、今の日本は『中身の見えないブラックボックス(暗闇)』だ。ネットも日銀ネットも遮断された今、日本が本当に破産したのか、それとも持ちこたえているのか、海外からは確認する術がない」
御堂の目が、猛獣のような狡猾さで光った。 「奴らは今、情報に飢えている。そこに、日本政府の『最高機密』を騙ったアナログな情報(電報)を一本流してやれば……奴らは喜んでその罠に飛びつく」
[07:22:15] チク・タク・チク・タク……
大手町、日本国際通信の地下室。 そこには、最新の光回線システムとは完全に隔離された、大正・昭和期から使われているような旧式の「電信機」と「国際FAX回線」のラックが、非常用バッテリーでひっそりと稼働していた。
「参事官、何を書いているんですか……?」 若林が覗き込んだ紙には、御堂の直筆で、英語の暗号文のような文字列が並んでいた。
『財務省国際財政局発、ウォール街・極秘。日本政府は午前9時をもって、保有する「1兆ドル(約150兆円)の米国債」の全額市場売却(現金化)を決定した。これにより円を強制的に買い支え、デフォルトを完全回避する』
「な、なな……何ですかこの嘘八百の電報は!?」若林が飛び上がった。 「アメリカの国債を150兆円も一斉に売るなんて発表したら、今度はアメリカの経済が崩壊して国際問題になりますよ!!」
「これは嘘ではない。海外のファンドを動かすための『餌』だ」 御堂は電信オペレーターの胸ぐらを掴み、その暗号電報を無理やり通信機にセットさせた。
「今すぐこの電報を、ニューヨークとロンドンの主要なヘッジファンド、そしてロイター通信の特定のラインへ向けて、日本の『公式暗号公電』として一斉送信しろ」
『し、しかし、ネットが遮断されているのにどうやって……』
「国際海底ケーブルは切ったが、戦前から敷設されている大西洋経由の『国際銅線(アナログ電信専用線)』は1本だけ生かしてある。このノイズだらけの電報を受け取った海外のファンドは、ハッキングすらできない日本の『本物の生データ(最高機密)』が漏洩したと錯覚する」
「……あ!」若林が気づいた。「奴らは、日本が150兆円の米国債を売って『円』を大爆買いすると思い込む……!」
「そうだ。そうなれば、午前9時に市場が開いた瞬間、奴らは日本国債の売りを止め、大急ぎで『円の買い戻し』に走らざるを得なくなる。日本を潰そうとしていた奴らの巨額の資金が、自分たちの仕掛けた罠(空売り)を相殺し、勝手に自滅する。……我々は1円の国税も使わずに、敵の資金で日本を救うんだ」
[07:45:30] チク・タク・チク・タク……
カタカタカタカタ……! 古い電信機が、激しい音を立てて海外への送信を完了した。
直後、通信機の受信トレイから、ガガガ……と1枚の海外FAXが吐き出された。 そこには、英語で一言だけ、血の凍るようなメッセージが印字されていた。
『メッセージは受け取った、御堂巽。だが、我々は騙されない。午前9時、日本の息の根を止めてやる。――チェックメイト・シニア』
「……!?」若林が息を呑む。「敵の本当の黒幕……ヘッジファンドのボスに、この罠が見抜かれている……!?」
御堂はそのFAX用紙を冷酷に握りつぶした。
「見抜かれてなどいない。これはただのハッタリだ。奴らも今、完全にパニックになっている証拠だ。……行くぞ、若林。午前9時の『市場開戦』まであと15分。財務省の本庁舎に戻り、最後の予算執行印(ハンコ)を机に並べる」
時計を見る。午前7時55分。 日本崩壊(デフォルト)まで、残り17時間。 そして、すべての勝負が決まる午前9時の市場開始まで、あと15分――。
財務省のジャック・バウアーが仕掛けた「世紀の大博打(アナログ・トラップ)」の結果は、間もなく歴史の審判を受ける。
(第8話 終) 日本破滅(デフォルト)まで、あと17時間――。 午前9時の「市場開戦」まで、あと15分。
【08:00〜09:00】第9話: ゼロ・サムの決戦
[08:00:05] (チク・タク・チク・タク…… タイムリミットまであと1時間。運命の午前9時が迫る)
午前8時。御堂巽と若林を乗せたセダンは、自衛隊の装甲車が周囲を固め、完全な厳戒態勢となった霞が関・財務省本庁舎へと滑り込んだ。 ネットが死に、静まり返った主計局のオフィス。しかし、その空気は数時間前のハッキング騒ぎの時よりも重く、張り詰めていた。
「参事官、アナログ電報の罠は仕掛けましたけど……本当に海外のヘッジファンドが『円の買い戻し』に走るでしょうか!? もし奴らがハッタリを見破って、午前9時ジャストに一斉に『円売り』を仕掛けてきたら、日銀の決済システムが物理的に壊れている今、我が国の通貨と国債の価値は一瞬で測定不能(奈落)に落ちます!」
若林が机の上のアナログ時計を睨みつけながら、悲鳴のような声を上げる。
「若林、市場とは『恐怖』と『欲』のシーソーゲームだ」 御堂は自分のデスクに腰を下ろし、ネクタイの結び目をきつく締め直した。彼の前には、ノートPCの代わりに、財務省の最高権限を示す「大蔵大臣(現・財務大臣)の公印」と、朱肉、そして1枚の真っ白な『国家緊急特例予算執行書』が置かれていた。
「奴らが恐怖に駆られて『円買い』に回れば我々の勝ちだ。だが、もし奴らが我々の裏をかいて『売り』の牙を剥いてきたその時は――」 御堂は引き出しから、1本の黒い万年筆を取り出した。
「この手で、日本が保有する外貨準備高・総額1.3兆ドル(約200兆円)を、ニューヨーク市場が開くのを待たずに、今ここで『全額、市場介入の弾丸』として即時執行(全額投入)する。アメリカの許可など待たない」
「に、200兆円を独断で!? そんなことをすれば、日米の同盟関係どころか世界経済が破滅します!」
「破滅なら、日本が死んだ後に世界が勝手にすればいい」 御堂の言葉には、一片の迷いもなかった。国を救うためなら、世界市場そのものを道連れにする。それが財務省のジャック・バウアーの、最後の「躊躇のない暴走」だった。
[08:45:20] チク・タク・チク・タク……
市場開始(開戦)まで、あと15分。 オフィスに置かれた、有線スピーカー(短波ラジオ)から、ロンドンとニューヨークの提携市場の気配値(プレマーケット)を伝える音声が、ノイズ混じりに聞こえてくる。
『……現在、日本の通信遮断により情報の錯綜が続いています……ッザザ……。先ほど大手町から発信されたとされる「日本政府の米国債150兆円売却」の暗号電報の真偽を巡り、ウォール街は歴史的な大混乱に陥っています……! 1ドル=160円だった気配値が、現在155円、150円と、猛烈な勢いで“円高”に振れています!』
「動いた……!」若林が叫んだ。「奴ら、本当にパニックを起こして『円の買い戻し』を始めています!」
『……しかし!』ラジオの音声が緊迫度を増す。『一部の超巨大ヘッジファンド“チェックメイト・シニア”を中心とする連合体は、これを日本政府の「窮余の策(ブラフ)」と断定! 午前9時と同時に、保有するすべての日本国債・計50兆円相当を、シンガポールおよび香港のオフショア市場経由で、物理的な有線ルートを使って一斉にショート(空売り)する構えを見せています!』
「ダメだ、見抜かれてる!」若林が頭を抱えた。「奴ら、最後の総攻撃を仕掛ける気です! 50兆円の空売りなんて浴びせられたら、今の日本はひとたびも持ちこたえられません!」
画面の時計が刻々と進む。 【08:58:30】 【08:59:00】
世界中の投機筋の「50兆円の殺意」と、御堂の「200兆円の自爆スイッチ」が、午前9時という交差点で激突しようとしていた。
「若林、印を回せ」 御堂は万年筆を握り、執行書に『御堂巽』と署名した。あとは、財務大臣公印を捺すだけだ。
「参事官! 本当に捺すんですか!? 世界を敵に回すんですか!?」
「本当にすまないと思っている。だが、これしか日本を救う方法がないんだ。……9時だ、市場を開けろ!!」
[09:00:00] (ウゥゥゥゥーーーーン!! 霞が関一帯に、市場開始を告げるサイレンのような地鳴りが響き渡る)
午前9時ジャスト。 ラジオから、割れたような絶叫が飛び込んできた。
『午前9時! 市場が開きました!……な、何ということだ! チェックメイト・シニアによる50兆円の日本国債売り注文が……入らない! 注文がシステムに拒絶されています!』
「え……?」若林が目を見開く。
『繰り返します! 海外ファンドからの売り注文が、日本側のレシーバー(受取窓口)でことごとくエラーを起こしています! 原因は……日銀の地下決済システムの物理的破壊! 日本側が“完全に壊れている”ため、売り注文を確定させるための「国債の引き渡し手続き」そのものが、物理的に不可能な状態になっています!』
「あ……」 若林は、自分の口が大きく開くのを感じた。
御堂が第6話で日銀の地下配線盤を銃撃し、システムを粉々に破壊したこと。 それによって、国内の銀行が止まっただけでなく、「海外からの攻撃(売り注文)を受け付ける窓口」すらも、物理的にこの世から消滅していたのだ。
『攻撃が封じられた海外ファンドは、空売りの決済期限(タイムリミット)だけが迫り、大パニックを起こしています! 逃げ場を失った彼らは、先ほどのアナログ電報の恐怖も手伝い、今度は自分たちの身を守るために、狂ったように「円の爆買い」に転じています! 円相場、1ドル=130円まで大暴騰!! 日本国債の価格も、歴史的な急反発を記録しています!!』
勝った。 日本を破滅させようとした海外の巨悪は、御堂が日銀を「物理的に自爆」させたことで攻撃手段を失い、自らが仕掛けた空売りの罠に嵌って、午前9時5分、完全に破産(チェックメイト)した。
[09:15:00] チク・タク・チク・タク……(勝利を告げる、静かな秒針の音)
「……はは、ハハハ……」 若林は、机に突っ伏して笑い、そして泣いた。 「システムを壊すことで、敵の攻撃すら無効化するなんて……。参事官、あなたは最初から、ここまで計算して日銀を撃ったんですか……?」
御堂巽は、机の上の財務大臣公印をそっと引き出しに戻し、万年筆を胸ポケットに仕舞った。その顔には、勝利の歓喜も、安堵の表情すらもなかった。ただ、いつも通りの冷徹な眼差しで、窓の外の霞が関の街並みを見つめていた。
「計算などしていない。ただ、1ミリでも可能性のある手段を、躊躇なく実行しただけだ」
御堂はコートを手に取り、部屋の出口へと歩き出した。
「さあ、若林。終わったぞ。……次の仕事(暴走)だ」
「え!? まだ何かあるんですか!?」
「通信を遮断し、日銀を破壊し、総理を脅迫したんだ。これから私を逮捕しにくる検察と警察、そして国会を相手に、この『200兆円の帳尻』を合わせるための、壮大な言い訳(予算編成)を作らなければならない。国家破産(デフォルト)は防いだが、財務省の本当の戦いは、ここからだ」
時計を見る。午前9時20分。 国家破産まであと24時間と宣告されたあの日から、最初の、そして最も長い「24時間」のうちの、最初の戦いが、今ここに幕を閉じた。
日本の財政がある限り、そして、この国に危機が迫る限り、財務省のジャック・バウアーの手段を選ばない暴走は、決して止まらない。
(第9話・第一部 完) 日本破滅(デフォルト)まで、あと15時間――。 (物語は、第ニ部『復旧と審判編』へ続く)
【09:20〜10:00】第10話: 壊れた世界の予算編成(第一部・最終話)
[09:20:05] (チク・タク・チク・タク…… 経済の心臓を止めた男に、現実の審判が迫る)
[09:20:05] (チク・タク・チク・タク…… 経済の心臓を止めた男に、現実の審判が迫る)
午前9時20分。日銀の地下決済システムを物理的に爆破するという御堂の「自爆テロ無効化作戦」により、海外ファンドによる50兆円の国債売り注文は窓口(レシーバー)で強制エラーとなり、日本は紙一髪でデフォルトを回避した。逃げ場を失い自滅した海外ファンドの「円の爆買い」により、市場は歴史的な円高へと大逆転している。
しかし、主計局の窓の外を見下ろすと、そこには通信が死に絶え、日銀の機能が消失した、見たこともない「完全停止した霞が関」が広がっていた。勝利の歓喜などどこにもない。あるのは、御堂が国を救うために徹底的に破壊した、国家の残骸(焦土)だった。
バタン!! と激しい音を立てて、主計局の扉が文字通り蹴り破られた。 突入してきたのは、防弾チョッキを身にまとい、自動小銃を構えた東京地検特捜部の検察官たちと、警視庁公安部の精鋭たちだった。その数、およそ20名。
「動くな! 財務省大臣官房参事官・御堂巽!」 先頭に立つ特捜部長が、御堂の鼻先に『国家内乱予備罪』および『日銀施設テロ破壊容疑』の特別逮捕状を突きつけた。
「御堂、お前の暴走もここまでだ。総理を脅迫し、自衛隊にEMPを撃たせ、あろうことか日銀の基幹システムを銃撃して完全に麻痺させた。いくら国債の暴落を防いだとはいえ、日本の金融決済を物理的に文字通り『原始時代』に戻したお前の行為は、明白な国家反逆罪だ。連れて行け!」
検察官たちが一斉に御堂を取り囲む。若林が「待ってください! 参事官はこうするしか敵の攻撃を防ぐ方法がなかったんです!」と叫んで割って入ろうとしたが、銃口を向けられて身動きが取れない。
しかし、御堂巽は、差し出された手錠を一瞥しただけで、眉ひとつ動かさなかった。 彼はデスクから1冊の分厚い『手書きのバインダー』を取り出すと、それを特捜部長の胸元に無造作に押し付けた。
「……何だ、これは」
「今日、これからの数時間で日本政府が執行しなければならない、『日銀ネット完全喪失に伴う、総額50兆円規模の緊急物資・通貨国内循環予算(暫定)編成案』だ」
御堂はコートのポケットに手を入れ、冷徹に言い放った。
「システムを破壊した責任はすべて私が取る。逮捕したければ今すぐ手錠をかければいい。……だが特捜部長、私を今ここから連れ出すなら、この国はテロリストの手ではなく、お前たちの『法の正義』によって、今日の正午に今度こそ完全に機能停止(餓死)するぞ」
「何だと……?」特捜部長の顔が歪む。
「午前9時、日銀が死んだことで海外からの『国債空売り』は完全に防いだ。だが同時に、日本国内の銀行間決済も、ATMも、すべての電子マネーも1ミリも動かない状態になっている。……午後になれば、現金(キャッシュ)や実物物資を求める国民のパニックは限界に達し、全国で略奪が始まるぞ。地方自治体への交付金も、年金の支給も、病院への国庫補助金も、全てデジタルでの送金は不可能だ。……お前たちに、これを動かす代替案があるのか?」
御堂は室内の黒板に、チョークで猛烈な勢いで数字と輸送ルートを書き殴り始めた。
「デジタルが使えないなら、大正時代と同じやり方をする。全国の地方財務局や日銀支店の金庫に眠っている『物理的な紙幣(キャッシュ)』、および備蓄物資を、陸上自衛隊のヘリと装甲車を使って、全国の市役所と主要銀行の窓口へ直接空輸(ハンドキャリー)で強制配分する。そのためのアナログな輸送ルート、予算規模、自衛隊への物資徴発命令書……すべてそのバインダーの中に私が手書きで組み立ててある」
部屋の中が、水を打ったように静まり返った。 海外からの殺意を遮断するために「日銀を撃ち抜いて壊す」という狂気の決断を下した男だけが、その壊れた世界を午前9時以降も動かすための「唯一の設計図」を、すでに頭の中に完成させていたのだ。
「私を連れて行けば、その予算は誰も執行できない。国民は明日を迎える前に飢える。……部長、お前の『正義』は、私を檻に入れることと、日本を今日中に崩壊させること、どちらが優先される?」
特捜部長の手が、ワナワナと震えた。逮捕状を持つ指が、御堂の圧倒的な「国家の番人」としての狂気に圧され、下がっていく。
「……猶予は、次の24時間だ、御堂」 特捜部長は、苦渋に満ちた声で逮捕状をポケットに仕舞い込んだ。 「このアナログな緊急補正予算の執行が完了し、日銀のシステム復旧の目処が立つまでの24時間、お前の身柄拘束を保留する。……だが、もし1円でも帳尻が合わなければ、その場で射殺してでもお前を地獄へ引きずり落とす」
「元より、私は死ぬ覚悟でネクタイを締めている。若林、泣くな。ペンを持て」
御堂は検察官たちに背を向け、呆然と立ち尽くしていた若林を振り返った。
「ネットも、日銀のメインフレームも使えない、ここからは完全なアナログ泥仕合だ。大正時代の予算書の手順を教える。これより、財務省主計局の真の底力を見せてやるぞ」
時計を見る。午前10時。 日本崩壊(デフォルト)のカウントダウンは止まった。 しかし、自ら壊した国家の心臓を、超法規的なアナログ予算で無理やり動かす、御堂巽の「手段を選ばない第2の暴走」が、今ここから始まる。
財務省のジャック・バウアーの戦いは、終わらない。
【国家破産24時・第一部「カウントダウン編」 完】 (第二部「焦土の復旧・審判編」へ続く)
【10:00〜11:00】第11話: 鉄の空輸(ハンドキャリー)
[10:00:05] (チク・タク・チク・タク…… 通信が死んだ日本。午前10時、本当のパニックが始まる)
午前10時。特捜部の逮捕を24時間保留にさせた御堂巽は、一歩も主計局のオフィスから動くことなく、次の暴走の指揮を執っていた。
「参事官! 全国から『有線(アナログ短波無線)』で悲鳴が上がっています!」 若林がヘッドセットを耳に押し付けながら、黒板の日本地図に次々と赤いバツ印を書き込んでいく。 「東京、大阪、名古屋……主要都市の銀行窓口を取り囲む群衆が数万人規模に膨れ上がっています! 自衛隊の装甲車がなんとか抑えていますが、スマホが圏外で預金残高すら確認できない恐怖から、暴動寸前です! あと1時間が限界です!」
「想定の範囲内だ」 御堂は手書きの『緊急物資・通貨国内循環予算案』を冷酷にめくった。
「ネットが死に、日銀のメインフレームが消失した今、国民のパニックを収める唯一の特効薬は『画面の数字』ではない。……目の前に現れる、圧倒的な量の『物理的な現金(キャッシュ)』だ。人間は、目に見える札束を掴まされれば必ず落ち着く」
御堂は受話器を掴み、防衛省の災害対策本部長へ直接ダイヤルした。
「御堂だ。予算の枠組み(50兆円)は今、私が作った。これより『作戦名:鉄の空輸(ハンドキャリー)』を発動する。市ヶ谷、立川、木更津の全駐屯地から、大型輸送ヘリ(CH-47)を全機発出させろ」
『御堂参事官、本気か!?』防衛省の幹部が無線越しに怒鳴り返す。『ヘリに何を積む気だ!?』
「日本銀行の地下金庫、および各地方財務局の厳重保管庫に眠っている、刷り上がったばかりの『一万円札の山(総額3兆円分)』だ。これを全国の主要都市の拠点へと直接空輸する。……いいか、1機でも遅れたら、その地域の金融機関が午前中に破綻するぞ。法律や飛行許可の手続きなどすべて無視しろ。これは『経済の災害派遣』だ」
[10:22:15] チク・タク・チク・タク……
日銀本店の裏手、広大な発着スペース。 通信が麻痺した東京の空を、爆音を轟かせながら航空自衛隊と陸上自衛隊の巨大な輸送ヘリが次々と舞い降りてくる。 地上の防弾装甲車からは、日銀の職員たちと武装した自衛隊員が、ジュラルミンケースに詰め込まれた数千億円単位の「現金」を、バケツリレーのようにつぎつぎとヘリのハッチへと放り込んでいた。
「すごい光景だ……」若林が窓の外を見て呟く。 「まさか、令和の時代に、自衛隊のヘリで現金を文字通り『物理的』にバラ撒くことになるなんて……」
「これだけでは足りない」 御堂は休むことなく、次の指示を飛ばした。 「若林、大手商社と農林水産省の物流担当をアナログ無線で繋げ。全国の流通ストック(米、小麦、ガソリン、医療品)を全て財務省が『一括買い上げ(国定価格)』する。ネットが死んで決済ができない商店には、この自衛隊ヘリが運ぶ現金で、その場で国家が代金を即金払い(キャッシュオンデリバリー)する。物資の流通さえ止めなければ、国民が飢えることはない」
「決済システムが壊れたなら、日本全体を『国営の超巨大商店』にして無理やり回すっていうことですか……!? 狂ってる、規模が大きすぎる……!」
[10:45:30] チク・タク・チク・タク……
その時、主計局のFAX(国際有線銅線)が、不気味な音を立てて再び1枚の紙を吐き出した。 それは、午前9時に破産したはずの海外ファンド『チェックメイト・シニア』からの、死に体となった黒幕の「最後の悪あがき」だった。
『御堂巽。日銀を破壊して我々の攻撃を防いだことは認めよう。だが、通信が死んだ日本が、実物貨幣の空輸という“原始的な方法”で持ちこたえられるのはせいぜい数日だ。我々はすでに、ロンドン市場で「日本売り」のデマを流し続けている。世界の投資家は、今の日本を“完全に崩壊した北朝鮮と同等の国家”と見なしているぞ。明日の朝、国際格付け機関が一斉に日本の国債を「D(デフォルト)」に引き下げる。そうなれば、お前がどれだけ紙札を配ろうが、円の価値は紙屑になる』
「参事官……!」若林が青ざめる。 「敵はまだ諦めていません! 物理的なパニックは抑えられても、海外からの『信用(格付け)』が最下層に落ちたら、本当に日本円はただのゴミクズになります!」
御堂はそのFAXを破り捨てることなく、むしろ冷酷な笑みを浮かべた。
「国際格付け機関か。……奴らはどこにいる、若林」
「え? ニューヨークと、ロンドンの本部に決まっていますが……」
「なら、今夜、私が直接そいつらの胸ぐらを掴みに行く」
「はぁ!?」若林の目玉が飛び出そうになる。
「日銀のシステム復旧までの猶予は24時間。日本国内のアナログ予算の執行は、今この1時間で仕組みを作った。……ならば、次の1時間は『外(世界)』の黙らせ方を仕込む。……若林、成田国際空港の滑走路を1本、完全に封鎖しろ。財務省専用の『政府専用機』を今すぐアイドリングさせろ」
「まさか、この通信が死んでる大混乱の最中に、海外へ飛ぶ気ですか!?」
「本当にすまないと思っている。だが、これしか日本を救う方法がないんだ」
時計を見る。午前10時55分。 日本崩壊(デフォルト)の危機を「国内の物理作戦」で強引に引き延ばした御堂巽の暴走は、ついに国境を越え、世界の金融中心地(ウォール街・ロンドン)へと直接殴り込みをかける、前代未聞の第11ステージへと突入する。
(第11話 終) 日銀システム完全復旧(タイムリミット)まで、あと23時間――。
【11:00〜12:00】第12話: 漆黒の翼(フライト)
[11:00:05] (チク・タク・チク・タク…… 午前11時。男は、世界を敵に回すために空へ昇る)
自衛隊ヘリによる現金空輸作戦『鉄の空輸(ハンドキャリー)』が開始され、日本国内のパニックが辛うじて物理的な力で抑え込まれ始めた午前11時。 激しい雨が叩きつける成田国際空港の滑走路に、1機の巨大な航空機が、すべての灯火を消したまま不気味にアイドリングを続けていた。
日本政府専用機(ボーイング777-300ER)。
通常なら、総理大臣の外遊や国賓の送迎にしか使われない国家の最高至宝だ。そのタラップを、ずぶ濡れのコートを翻しながら猛烈な勢いで駆け上がる二人の男がいた。御堂巽と、引きずられるように付いていく若林だ。
「さ、参事官! 本当に政府専用機を『強奪』するなんて、正気の沙汰じゃありませんよ!? 航空局にも、防衛省にも、外務省にも一切まともなフライトプランを出してないんですよ!?」 機内へと飛び込み、激しく肩で息をしながら若林が叫ぶ。
「強奪ではない。『徴発』だ」 御堂は濡れた髪を無造作に上げ、機内のギャレーに控えていた航空自衛隊の空中輸送員たちを鋭い目で睨みつけた。
「機長へ伝えろ。目的地はロンドン・ヒースロー国際空港だ。これより、日本の通信遮断の隙を突いて『日本売り』を煽っている、世界最大の投資銀行および国際格付け機関の本部へ直接、財政交渉(脅迫)に赴く。今すぐ離陸させろ」
『できません!』 コクピットから飛び出してきた機長(空佐)が、御堂の前に立ち塞がった。 『現在、日本全土の航空管制システム(有線・無線)は、あなたが進言したネットワーク切断のせいで大混乱に陥っている! 視界も最悪だ。管制官の明確な離陸許可(クリアランス)がなければ、この巨大な機体を飛ばすことなど物理的に不可能だ!』
御堂は一歩も引かず、機長の胸ぐらを掴んで窓の外を指差した。
「見ろ。滑走路の端に、陸上自衛隊の第1空挺団が配置されている。私が総理に署名させた『国家非常事態宣言』に基づき、成田の管制塔はすでに軍事管制下に置かれた。有線のアナログ信号(緑色の管制灯火)だけを頼りに飛び立て。……機長、この国で今、不可能なことをやろうとしていない人間がどこにいる? 飛ばさなければ、明日の朝、お前たちの乗るこの機体の燃料代(国家予算)すら消えてなくなるぞ」
機長は御堂の目に宿る、大義のための「冷徹な狂気」に完全に気圧された。
『……お前は、本当に悪魔のような男だな。……よし、死ぬ気で操縦桿を引いてやる! 全員、座席にシートベルトを締めろ! 衝撃に備えろ!!』
[11:25:40] チク・タク・チク・タク……
キィィィィィーーーーン!! 管制塔からの「緑色のライト」の合図と同時に、政府専用機の4基の巨大なエンジンが、限界を超えた爆音を上げて咆哮した。 レーダーも、GPSも、最新のデジタル計器もすべてが狂った「暗闇の滑走路」を、機体は猛烈なスピードで滑走し、暴風雨が荒れ狂う漆黒の空へと強引にその巨体を突き上げた。
「う、うわああああああああっ!?」 激しいG(重力)と乱気流による機体の激しい揺れの中、若林は座席にしがみついて絶叫した。
雲を突き抜け、高度1万メートルの安定飛行に入った瞬間、機内の明かりが非常用から通常のものへと切り替わる。 御堂はすぐにシートベルトを外し、機内にある「特別通信室」へと向かった。
「若林、いつまで震えている。ノートPCを開け。……この政府専用機に搭載されている、軍事用・防衛超短波(HF)サテライト回線なら、日本国内の遮断ネットワークを迂回して、海外のネット(ウォール街)へ直接アクセスできる。敵の『チェックメイト・シニア』の本当のロケーションを暴くぞ」
若林は涙を拭い、カタカタと震える指でキーボードを叩き始めた。 日本の通信が死んでいる今、この上空1万メートルを飛ぶ「政府専用機」だけが、世界で唯一、日本政府の意志を海外へ発信できる『動く孤立要塞』だった。
[11:45:12] チク・タク・チク・タク……
「画面……来ました!」若林が叫ぶ。「海外の通信衛星経由で、ロンドン市場のデータを受信!……最悪です。敵の“チェックメイト・シニア”は、日本の沈黙をいいことに『日本政府はすでに崩壊し、すべての国債をデフォルトした』という偽の公文書を、ダークウェブを通じて世界中のメディアに拡散しています! あと15分……午前12時(正午)に、ロンドンの最大手格付け機関が、日本の信用格付けを【D(デフォルト)】に引き下げる最終宣告を行うカウントダウンが始まっています!」
「奴らの狙いはそこか」 御堂は画面を見つめ、受話器を握りしめた。
「日本の国内パニックを自衛隊で抑え込んでも、世界が『日本は死んだ』と判断すれば、通貨円の価値は紙屑になる。……若林、その格付け機関の最高経営責任者(CEO)のプライベート暗号回線へ、この機体から直接、超短波電話を繋げ」
「え? 繋げてどうするんですか!?」
「15分以内に、奴らに格付けの引き下げを『撤回』させる」
「そんなこと、電話一本でできるわけが――」
「できる。私がやる」 御堂の親指が、世界を揺るがす国際ホットラインのボタンを押し下げた。
時計の針は午前11時50分。 日本破滅(デフォルト)まで、残り13時間。 そして、世界の信用がゼロになる「正午の格付け爆撃」まで、あと10分――。
雲海を切り裂き、ロンドンへと爆走する政府専用機の中で、御堂巽の「国境なき暴走」は、世界の金融システムの心臓部へとその牙を剥こうとしていた。
(第12話 終) 日銀システム完全復旧まで、あと22時間――。 正午の「格付け爆撃」まで、あと10分。
【12:00〜13:00】第13話: 正午のホットライン
[12:00:05] チク・タク・チク・タク……(正午。世界の引き金が引かれるまで、あと10分)
午前12時。全24時間のちょうど折り返し地点。 乱気流で激しく揺れる政府専用機の特別通信室には、電子機器の熱気と、張り詰めた沈黙が満ちていた。 成田を強行離陸し、雲海を突き抜けてロンドンへと爆走する高度1万メートルの機内。この隔離された空間で唯一、世界と繋がっている軍事用・防衛超短波(HF)サテライト回線の受話器の向こうから、スピーカーを通じて、冷徹で傲慢な英語の音声が響き渡る。
『……私はロンドン国際格付け機構(GRA)の最高経営責任者、エドワードだ。日本の財務官僚がこの大混乱の最中に、どこから衛星回線を繋いでいるかは知らんが、何の用だ。ネットすら繋がらない、情報がブラックアウトした崩壊国家の言い訳など聞く耳は持たない。あと10分、正午ジャストに我々は日本国債の格付けを「D(デフォルト)」に引き下げるプレスリリースを世界中のメディアへ一斉配信する。これは決定事項だ』
「エドワードCEO、私は日本政府財務省参事官の御堂巽だ」 御堂はシートベルトできつく座席に身体を固定したまま、受話器に向かって氷のように冷たい英語で告げた。機体が激しく縦揺れを起こすが、彼の声のトーンは1ヘルツすらブレない。 「格付けの引き下げを即刻、中止しろ。日本政府は財政破綻などしていない。市場のパニックを完全に無力化するため、一時的に国内ネットワークを物理隔離しただけだ。日本円の価値は1ミリも損なわれていない」
『ハハハ! 往生際が悪いぞ、ミドウ!』 エドワードが数千キロ離れたロンドンから嘲笑する。 『日銀のシステムは完全に沈黙し、東京の市場はマヒしている。情報が途絶えた今の日本は、ただの“巨大な暗闇”だ。この状況でD判定を出さなければ、我々格付け機関が世界の市場から信用を失う。お前たちの負けだ。おとなしく国家の葬儀の準備でもするんだな』
「信用だと?」 御堂の目が、獲物を値踏みする猛獣のようにギラリと光った。 「ならば、お前たちの言う『信用』とやらを、今から10分以内に地上から完全に消し去ってやる。……若林、GRAの筆頭株主であるウォール街の『ヘッジファンド連合体』のバックボーンデータを画面に出せ」
「は、はい! 繋がっています!」 若林が血走った目でノートPCのキーボードを叩く。激しい機体の揺れで指が滑りそうになるのを必死に堪えていた。 「この政府専用機の軍事衛星回線から逆探知成功! GRAの株主構成データを表示します……! 間違いない、GRAの裏で格付け引き下げの糸を引いているのは、午前9時に我が国のシステム自爆によって大損害を被った“チェックメイト・シニア”の関連ダミー口座、および彼らが資金を借り入れている欧米の主要決済プライベートバンクです!」
御堂は受話器を握り締め、心臓を直接掴むような低く重い声で告げた。
「エドワード。お前が日本の国債をDに引き下げた瞬間、私は日本政府が保有する1.3兆ドル(約200兆円)の外貨準備高のうち、お前の背後にいるヘッジファンド連合および決済バンクが発行している『民間短期債券および商業ペーパー・総額350億ドル』を、市場価格を完全に無視して世界市場で一瞬で投げ売りする。流動性を一撃で凍結させてやる」
『……な、何だと……!?』 受話器の向こうで、エドワードの息が止まるのが分かった。
「お前が『日本の信用はゼロだ』とデマを流して我が国を殺すなら、私はお前たちの親会社、そしてお前自身の全財産を、ニューヨーク市場が開く前に5分でこの世から消滅させる。日本政府をただの役所だと思うな。我々は、世界最大の『債権国』だ。お前たちの命の手綱は、上空1万メートルからでも常にこちらが握っている」
『狂ったか……! 国家の官僚が、一企業の暗殺(市場テロ)を仕掛けるというのか!? そんな超法規的な資金移動、アメリカの連邦準備制度(FRB)が許すはずがない!』
「アメリカが気づいた時には、お前たちの会社は更地になっている」 御堂は壁のアナログ時計を見た。【12:08:45】。
「本当にすまないと思っている。だが、これしか日本を救う方法がないんだ。……時計を見ろ、エドワード。あと1分だ。引き下げを全面撤回するか、私と共に世界の金融システムの奈落へ落ちるか、今すぐ選べ。……選べ!!」
【12:09:50】 【12:09:55】
正午の鐘が鳴り響く直前、受話器の向こうから、プライドを完全にへし折られた男の絶叫が響き渡った。
『待て! 止めろ、ミドウ!! ……日本国債の格付け変更を「保留(見極め)」にする! ロンドン、ニューヨークの本部へ緊急指示! プレスリリースを今すぐ差し替えろ!!』
バサリ、と若林のノートPCの画面上で、海外ロイター通信の速報ステータスが「D(デフォルト)」から「判定保留・現状維持」へと書き換わった。
「……止まり……ました……」 若林が座席のハーネスに身を預け、過呼吸気味に息を吐き出す。 世界の格付け爆撃という最大級の外圧を、御堂巽は「200兆円の巨砲」の引き金に指をかけることで、上空の政府専用機から力ずくでねじ伏せてみせた。
だが、御堂の表情は微塵も緩まない。
「終わってなどいないぞ、若林。海外のファンド(奴ら)は、これでこちらの『外貨準備高』というカードの全容を察知した。奴らが本気でアメリカ政府を巻き込んで『日本資産の凍結』に動く前に、これからはこちらから直接、ロンドンの金融街(シティ)の敵の本拠地へ殴り込みをかける」
御堂はコクピットの機長へ向けて無線を入れた。
「機長、最大戦速だ。ロンドン・ヒースロー空港への到着時間を1分でも縮めろ。奴らが体制を立て直す前に、牙城(オフィス)を物理的に叩き潰す」
時計を見る。午後12時15分。 日本破滅(デフォルト)まで、残り18時間。 財務省のジャック・バウアーを乗せた漆黒の翼は、イギリス・ロンドンへのカウントダウンに向けて、さらに加速していく。
(第13話 終) 日本破滅(デフォルト)まで、あと18時間――。
【現地時間 13:00〜14:00(日本時間 21:00〜22:00)】第14話: 時差の死線(タイムゾーン・トラップ)
[現地時間 13:00:05 / 日本時間 21:00:05] チク・タク・チク・タク……(日本時間の夜、男は「過去の昼」へと舞い降りる)
成田国際空港を日本時間の午前11時25分に強行離陸してから、約10時間。 激しい乱気流の中、北極圏ルートを最大戦速で駆け抜けた日本政府専用機(ボーイング777-300ER)の巨体が、厚い雨雲を切り裂いてイギリス・ロンドン郊外のヒースロー国際空港へと滑り込んだ。激しい逆噴射の音とともに、滑走路の水飛沫が機体を包む。
日本国内では、自衛隊ヘリによる現金空輸作戦が夜を迎えて山場を迎えている頃。しかし、西へ向かって地球の自転を追い越すように飛び続けた御堂たちの世界では、時差によって時計の針が8時間巻き戻り、窓の外には再び「当日の午後1時」のどんよりとした昼の光が広がっていた。
「さ、参事官……頭が狂いそうです。日本を出て10時間近く経ったはずなのに、ロンドンはまだ昼の13時……。僕たちのタイムリミット(翌朝6時)は一体どうなるんですか!?」 機内からタラップを駆け下り、空港のVIP用裏口へと猛突進しながら若林が叫ぶ。 時差のせいで体内時計が完全に破壊され、激しい時差ボケ(時差の混乱)が彼を襲っていた。
「錯覚するな、若林。東京のタイムリミットが止まったわけではない」 御堂は濡れたトレンチコートを翻し、事前に外交ルート(超法規措置)で手配させておいた、イギリス国旗を掲げた黒塗りのジャガーのドアを荒々しく開け放った。 「日本時間の明朝6時まで、残り9時間。それはロンドン時間の本日『夜22時』が最終防衛線だということを意味する。我々が時差で手に入れたこの『昼の猶予』のうちに、すべての癌細胞を叩き潰す」
車がロンドンの濡れたアスファルトを激しく軋ませて加速する。 車内でノートPCの画面を血走った目で睨みつけながら、若林が声を張り上げた。
「“チェックメイト・シニア”の本隊は、ここロンドンの金融街(シティ)の超高層ビルの一角に拠点を構えています! 奴らは日本のブラックアウト(通信遮断)をいいことに、欧州の主要な機関投資家に向けて『日本政府の米国債売却の噂は100%デマだ。日本は完全に詰んでいる。さらに円を売り浴びせろ』と、彼ら独自の有線ネットワークで指示を飛ばし続けています! 奴らの発信源を物理的に断たなければ、じわじわと円安が再燃し、国内の現金配布も底を突きます!」
「奴らのオフィスへ直接行く。正面からな」 御堂は窓の外、重厚な石造りの建物が並ぶロンドンの街並みを冷徹に見つめた。
「正面からって……参事官、ここはイギリスですよ!? 国内法も、総理の非常事態宣言も、自衛隊の超法規的行動もここでは1ミリも通用しません! イギリスの警察が動くような正当な令状なんて、僕たちが持っているわけがないでしょう!」
「法的な捜索令状など、イギリス政府が発行するのを待っていたら日が暮れる。……だが若林、奴らが世界中に『デマ』を流すために使っている、国際金融の『資金のバイパス(通り道)』をこちらの手で直接締め上げれば、奴らは部屋から這い出てこざるを得なくなる」
「資金のバイパス……? 一体どこを叩く気ですか」
「ロンドン市場における、奴らのすべての取引を保証している『決済清算銀行(クリアリング・バンク)』だ」 御堂の唇が、冷酷な弧を描いた。 「そこは、私のオックスフォード留学時代の同級生が副総裁を務めている。……若林、車をシティのイングランド銀行の裏手へ回せ。これより、英国の紳士たちに、財務省流の『最悪の交渉』を教えてやる」
[現地時間 13:35:40] チク・タク・チク・タク……
世界で最も厳格な金融規律が支配する街、シティ・オブ・ロンドン。 その中心に佇む、要塞のような石造りの国際決済クリアリング銀行。その格式高い大理石のエントランスを、ずぶ濡れのコートを着た御堂巽が、受付の制止を完全に無視して大股で突き進んでいった。
「おい、君たち! アポイントメントのない人間は――」 英国人の警備員たちが取り押さえようと手を伸ばした瞬間、御堂は懐から財務省の身分証ではなく、大蔵善三の自宅から押収していた「ある極秘の国際資金移動データ」が印刷された数枚の紙を、警備責任者の胸元に叩きつけた。
「副総裁のエリオットに伝えろ。元同級生の御堂巽が、彼の銀行の『命取りになる手土産』を持ってきた、とな」
その紙に書かれた文字列を見た警備責任者の顔が、一瞬で凍りついた。 それは、テロ組織“チェックメイト・シニア”が、このロンドンの名門決済銀行を隠れ蓑にして行っていた、数十億ポンド規模の「国際不正資金洗浄(マネーロンダリング)」の決定的な証拠データだった。
「参事官……まさか最初から、ロンドンでこれを使うためにあのデータを肌身離さず持っていたんですか」 後ろに続く若林が、恐怖で背筋を凍らせながら呟く。
「使える武器は、国内のものだろうが海外のものだろうがすべて使い切る。それが私のルールだ」
[現地時間 13:55:00] チク・タク・チク・タク……(現地時間 午後2時まで、あと5分)
重厚なオーク材の扉が開かれ、御堂と若林は、ロンドン決済界の最高権力者の一人であるエリオット副総裁の執室へと足を踏み入れた。 部屋の奥には、高級な三つ揃えのスーツを完璧に着こなした英国紳士が、冷ややかな目で二人を待ち受けていた。
『久しぶりだな、巽(タツミ)。オックスフォードの図書館以来か。……だが、随分と野蛮な挨拶をしてくれるじゃないか』 エリオットはデスクの上の不正資金データを指先で叩きながら、不敵に微笑んだ。
「挨拶の段階はとうに過ぎている、エリオット」 御堂はデスクの前に立ち、椅子に座ることすら拒否して、その鋭い眼光を旧友の脳髄へと突き刺した。
「時間が惜しい。単刀直入に言う。……あと5分以内に、お前の銀行の決済システムから、“チェックメイト・シニア”の全清算口座を完全に『ロック(凍結)』しろ」
時計の針が現地時間の午後1時55分(日本時間・夜21時55分)を指す。 日本崩壊(デフォルト)まで、実質残り8時間5分。 世界の金融の裏ルールを支配するロンドンの牙城で、御堂巽の「時差をハッキングした暴走」は、ついに真の修羅場を迎える。
(第14話 終) 日本破滅(デフォルト)まで、あと8時間5分――。 ロンドン決済口座凍結(タイムリミット)まで、あと5分。
