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果てぬ者たちのための七重奏曲(セプテット) 2話

「あった!」 
 高速イグアナの背の上で荷物を漁っていたアリアは、手袋を見つけ出してほっと溜息をついて、それを身に着ける。
「前に買ったスペアのこと忘れてた」
「別に君が悪いわけじゃないが、不安要素は少ない方が良いな」
 そう言ったドラークはモサモサとした前髪の合間から覗く目で、眼前の景色を見つめる。向こうには大きな川が流れ、そこを船が行き来している。
「で……あの川に沿っていけばシエンナにたどり着くわけか」
「ま、そもそもシエンナなんて場所がほんとにあるのかどうかも謎だけど」
 参った、と言いたげにアリアは肩をすくめる。彼女の隣で高速イグアナを駆るドラークは首をひねる。
「シエンナって地名を教えてくれたのは両親なの。でも地図にそんな地名は無いし、誰に聞いても知らないって言われる」 
 そう言うアリアの表情はさっぱりしている。
「別に、シエンナって場所があっても無くてもどっちでもいいの。ただ父さんと母さんとの約束を果たしたいだけ」
 ピンと背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見て言い切る彼女の表情に曇りはない。その誇り高い横顔を見つめ、ドラークは伸びすぎた前髪から覗く琥珀色の目を僅かに細める。アリアの肩には、布に包まれたものが担がれている。布の合間からはどこかとぼけた顔をした竜の頭が覗いている。
「で……結局、その楽器はなんなんだ?」
「私も良く知らないの、生まれた時から傍にあったから吹いてるだけ」
 彼女が肩に担ぐのは、金管楽器。本来なら音が出るアサガオの花のような部分は竜の頭の顔をしていて、しかもそれが7つも付いている珍妙な楽器だった。しかも、持ち主すらその来歴を知らないらしい。
「火を噴いてたぞ?」
「決まったフレーズを拭くと火を出すの。あと、異様に頑丈」
 アリア本人はそういうものだと納得しているようで、変な楽器よね、と総括する。とりあえず火を噴く機能は護身に役立っているらしい。でも、とアリアは顔を曇らせる。
「私の知らないメロディが頭の中に浮かぶのは不気味な感じ。最初に盾を出した時と、さっき首切り役人を倒した時」
 そこまで言ってため息をついた途端、アリアはバランスを崩し、高速イグアナの背から転がり落ちて、そのまま意識を失った。

***

「し、死んだッ?!」
 物騒な第一声で目を覚ましたアリアはあたりをきょろきょろと見まわす。どうやら木陰に寝かされていたらしい。
「突然イグアナから落ちたと思ってたら、寝てたからびっくりしたぞ。体調はどうだ?」
 ひょこりと顔をのぞかせたドラークからコップになみなみと注がれた水を渡され、きょとんとする。 
「たまたまこの人たちが通りかかって、気にかけてくれて水もくれた」
 ドラークの視線の先には、商人風の装いをした者が立っていた。何やら怪我をしているようで、体のあちこちに包帯が見える。そしてその背の向こうにはキャラバンの列が並んでいる。
「ああ、これはどうも、ご親切に」
 頭を下げたアリアが水を飲み干すと、商人の男は彼女の前に座り込んで言った。
「ここで出会ったのも何かの縁、我々はこれからしばし、川沿いを移動します。もしよければ途中まで我々に同行していただけませんか? もちろん、お金も出します」
 男の提案に、アリアは首をひねってドラークの方を見た。気まずそうな顔をしている。どうやら、アリアが旅の楽師で、ドラークがその護衛であるとこのキャラバンの男に話したらしい。
「楽師殿の護衛をするついでに、我々の護衛もしていただきたいのです。実は先日、野盗に襲われて商品の一部を持っていかれてしまい……」
 商人が頭を抱えると、向こうの方で母親と一緒にいた幼い少女がパタパタと駆けてきてその小さな手で父親の頭を撫でた。「だいじょぶ、だいじょぶよー」と舌足らずな声が愛らしい。それからアリアの周りをウロチョロと走り回り、彼女の金管楽器の竜頭をつつく。
「あら、可愛らしいお嬢さん。ごきげんよう、お姫様」
 アリアは少女の手を取ってニコリと微笑みかける。本人にあまり自覚はないが、アリアはそれなりに見栄えのする容姿で、そのうえ凛々しい笑みがよく似合った。芝居がかった仕草と合わせれば幼い少女は照れたように赤面し、父親の背中に隠れてチラチラと彼女を盗み見る。
 その様子に寂しく微笑み、アリアは手袋をした手を撫で申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。同行したいのは山々ですが、皆さんに必ずご迷惑をかけてしまいます」
 後からついて来た少女の母親が、アリアとドラークに頭を下げる。
「お、お願いします! この通り幼い子供もおりますし、キャラバンのメンバーには戦えるものが少ないのです。先日の野盗の襲撃で、夫もこの通り怪我をしました」
 その真剣な表情にアリアは圧され、駄目押しとばかりに幼い少女が彼女の服のすそを引いた。
「おねえさん、一緒に来てくれないの……?」
 これでもうダメだった。アリアが参ったとばかりにドラークを見ると、彼も同じような顔で微笑んでいた。

***

 背に荷物を載せた高速イグアナがキャラバンの列に付き添う。幌のかかった荷馬車からは賑やかな声、その中心にいるのは楽師アリア。奇妙な形の楽器を吹き鳴せば、それに合わせて幼子や老人たちが声を合わせて歌い出す。この隊商の長の幼い娘はよほどアリアを気に入ったらしく、彼女の膝の上に乗ってさっきから歌いどおしだ。だが皆働き者で、日暮れ前に野営に相応しい場所にたどり着くと、各人がてきぱきと動き出す。火を起こし、夕飯の準備が始まり、食事を終えると楽師の出番だった。彼女の吹く楽器の音、時に歌に隊商の者たちは声をそろえ、あるいは火を囲んで踊り出す。あの幼い少女はアリアの傍を離れず、両親も苦笑したほどだった。そして夜も更けると、各人が眠りについた。
 不意にアリアが目を覚ますと、満月はだいぶ傾いていた。胸のあたりが温かいのはあの少女が傍で寝ているからだ。一人、焚火の後を囲んで月を見上げる大きな背を見つけ、声をかけた。
「眠れないの? ドラーク」
「ううん……君こそ大丈夫か?」
 ドラークに問われて、アリアは昼間を思い出して首を縦に振る。一時的にキャラバンに参加することになった彼女が真っ先にしたのは、眠ることだった。気分が悪い、頭が痛い、というようなことは一切なく、ただひたすら疲労由来の眠気があった。そして1時間ほど眠ると、彼女はすっかりいつも通りだった。
「凄く体が疲れてただけみたい。多分、あなたを変形させるような曲を拭いたからだと思う」
 それしか思いつかない、とアリアは言う。
「……そうなると、あの刃を打ち出す技はなるべく使用を控えた方が良いな」
 だが彼らの会話はそこで中断になった。あの少女が起きてしまったらしい。苦笑したアリアは「ちゃんと寝なよ」とドラークに言って寝床に戻った。
 翌朝、再び行動を開始したキャラバンの幌馬車で、あの少女はアリアの傍に座って、家族の話を語って聞かせる。
「でね、お父さんびっくりして、泣き出しちゃったんだよ!」
「お父さんとお母さんはあなたのことが大好きなのね」
「……おねえさんは?」
 ただ穏やかにほほ笑む旅の楽師に、少女が問う。アリアは手袋をした異形の手を撫でながら、「そうねぇ」と目を閉じる。
「私のお父さんとお母さんは3年前に死んじゃったけど、優しい人たちだったよ。といっても私と血は繋がってなかたったし、あの2人は姉弟だったんだけど」
 衝撃の告白に、幌馬車の脇に馬を立てていたドラークも「えッ?!」とバカでかい声で反応してしまう。
「それって近親……!」
 それ以上はまずい、と判断してドラークは口ごもる。だがアリア当人は平然としている。
「姉弟で旅の楽師をしてる途中で私を拾って育てたっていうのが正しいかな。それを私が勝手に父さん母さんって呼んだだけなの」
 にこり、と彼女がほほ笑んだ時だった。ピィっと鋭いホイッスルが響いた。その響きに覚えがある。キャラバンのメンバーは音のした方を見てぎょっとした。キャラバンを追いかけて小規模の騎馬隊が走っている。しかもただの騎兵ではない。掲げた旗を飾るのは、ウーニ教のシンボルにさらに装飾を加えた図案。聖堂会騎士団のエリートだけが掲げることのできる特別なしるしである。
「いたぞ、悪魔の男がキャラバンの護衛をしている!」
「良く目立つ図体だ!」
「異形の楽師もいるはずだ!」
「異形の楽師は女だ、探し出せ!」
 ガタン、と激しい音がした。幌馬車の中からだった。あの少女が心底傷ついた顔でアリアを見つめている。
「異形は、神様に嫌われた怖い人って、お母さんが……」
 アリアは何も言わず寂しく微笑み、手回り品をまとめて立ち上がる。比較的若いキャラバンの構成員たちが焦ったように声を上げる。
「で、出て行ってくれ! 聖堂会に睨まれたらおれたちやってけねぇんだ!」
「くそ、だから見ず知らずの人間を雇うの反対したんだよ!」
「出て行け、異形の者!」
 馬車を覆っていた幌を上げ、アリアを馬車から突き落とそうとする。
「世話になったな。ここから早く離れろ」
 馬車を並走していた高速イグアナに乗ったドラークが静かにキャラバンにそう言って、アリアを幌馬車から引き抜き、自身の前に座らせる。アリアは彼らに深く頭を下げた。
 ドラークはキッと眼前の敵を見据える。明らかに今までの時とはレベルが違う。それを肌で感じている。
(戦うしかないか)
 ドラークが苦い顔をした時、向こうの川からザバンと勢いよく人影が飛び出し、場違いに明るい女の声が響いた。
「マーメイドキーック!」
 アリア達を追いかけていた聖堂会の騎士が、人影に蹴られて馬から落ちる。
 アリアたちはイグアナを止め、人影を見つめる。人影は背の高い素足の女だった。長い金髪を揺蕩わせ、そして腕には優しげな容姿の男を抱えていた。   

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