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果てぬ者たちのための七重奏曲(セプテット) 3話

 傍の川から盛大な水音と水しぶきを伴って現れたのは、背の高い女だった。ドラークほどの暴力的な高身長ではないが、それでも2メートルはあるだろう。溌剌とした表情の似合う明るい美人といったその女は、長い金髪も伸びやかな四肢もぐっしょりと水でぬらして、しかしそれでこそ完成しているようにも感じられる。一方で、その片腕に抱えられているのは優しげな容姿の男である。背はあまり高くなく、線は細く、淡い水色をした髪を伸ばしている。そして、何よりも目立つのはこの優しげな男が抱えた箱のようなものである。否、箱ではない、箱の一部がカシャンカシャンと音を立てて伸び、よく見れば鍵盤のようなものが付いている。
「え、おい、これは」
 ドラークもアリアも戸惑うが、金髪の女はピシャリと言った。
「アタシはアンタたちの味方! シレーユ、お願い!」
 言われて、水色の髪の男は抱えた箱……小さなパイプオルガンの鍵盤を押さえた。あたりにオルガンの荘厳な音が響くと同時に、金髪の女の手に巨大な三叉槍が握られる。パイプオルガンが水の渦巻くような激しく華々しい音が奏でたかと思うと、三叉槍に大量の水が渦巻き始める。
「ネレイデス輪舞ロンド!」
 渦を巻き、突貫力を持った大量の水が槍から放たれ、騎士たちを川へと押しやる。支流とはいえ、大河に突き落とされて、甲冑を着こんだ騎士たちはなすすべも無く流されていく。あっという間の出来事に誰もがポカンとして突如現れたこの金髪の女とそれに抱かれた男を見つめていた。だが同時に、アリアとドラークは直感的に理解した。彼らが一体何者であるのか。
「君たちは、まさか」
「あなたたち、まさか」
 だがそこで、不意にその場が騒がしくなった。
「何やってんだい、アンタら! ここで親切にすりゃあ楽師殿らはウチのお客さんになってくれるかもしれないんだよ!」
「金持ってる奴は悪党も善人も、貧乏人も金持ちも、神に愛されようが呪われようが、全員客だ! 商売なめんじゃあないよ!」
「痛い痛い、ごめんって祖母ちゃん!」
「すみません隊長、ちゃんと謝ります、謝りますから!」
 声をのする方を見れば、さっきアリアを馬車から突き落とそうとしていた若い商人たちが、年老いた商人たちやあの少女の父親でもある隊商の隊長に引きずられていた。商人たちはアリア達の前に来ると、深々と頭を下げた。
「うちの若いのが申し訳なかった、楽師どの、護衛どの!」
「こいつらには商人の基礎を叩き込みますので!」
 大真面目に謝罪され、ドラークとアリアは唖然とする。罵られ、護衛はしなくて良いからどこへでも行ってくれ、と言われることは想定していたが、こういう対応など思ってもみなかった。
「いえ、そんな……こちらこそ危ない目に合わせて申し訳ないです」
「護衛代も貰ったし、俺たちばかり良い目を見ている気がするが」
 いえそんな、とキャラバンの隊長は首を横に振った。
「野盗に襲われ、商品も一部奪われ、皆気落ちしていました。楽師殿の演奏に励まされました。娘があんなに楽しそうに笑っているのも久しぶりに見た」
 言われて、自分の荷物を抱えなおしたアリアは幌馬車の影から覗く少女の姿に微笑みかける。手を振ると、おずおずと手を振り返される。
「私も楽しい思いをさせてもらいました。また誰かと一緒に食事を囲めるなんて思ってもみなかった」
 アリアのその言葉で、ドラークは彼女の話を思い出す。3年間、一人で旅をしていたのだという。異形の印を見られないように、息をひそめながら、一人で。それがまだ10代の少女にとってどれだけ孤独で過酷であったか、ろくに記憶を持たぬドラークにも分かった。
「さ、もう行ってください。私たちと一緒にいるところを見られると面倒ですよ」
 アリアに促され、キャラバンはのろのろと移動し始めるが、不意にあの幼い少女の舌足らずな声がした。
「おねーさん、またねー!」
 ブンブンと手を振るのが見えて、アリアは泣きそうな顔で笑い、大きく手を振り返した。
「……で? 何者だ?」
 一連の流れを穏やかに見守っていたドラークが、ここまで沈黙を守っていたあの背の高い金髪の女とその腕に抱かれた青髪の男を睨みつけた。否、正体は分かっているのだ。だが、無条件で信じる気にはなれなかった。
「大丈夫ですよ、ホラ」
 そう言ったのは青髪の男だった。ゆったりとしたデザインのズボンをめくりあげて自身の脛を露わにする。そこにはキラキラと光る魚の鱗が生えていた。するりと金髪の女の腕から抜け出して地面に立った男は、アリアに見えやすいように、自身の髪の毛をかき分けて己の耳を露出させた。
「こっちも、ね」
 彼の耳はヒレのような形になっていた。その上、片方はヒレの一部が欠けている。髪を伸ばしているのはおそらくその耳を隠すためだろう。
 アリアは目をぱちくりさせた。自分以外の異形に会うのはこれが初めてだった。そして、彼女にとってはそれだけでこの金髪の女と青髪の男は信用するに値した。
「僕はシレーユ、異形の印を持つ異形の者。つまり、奏者です」
 手を差し出され、アリアは手袋を外して爬虫類の鱗のついた手で握り返して握手した。
「私、アリアです。鱗仲間ですね!」
 無邪気ともいえる彼女の言葉に、シレーユはくすくすと笑う。
「私がシレーユの武器。レヴィよ、よろしくね」
 金髪の女が名乗ると、ドラークも手短に名乗り、「それで」と単刀直入に問いかけた。
「なぜ俺たちに接触してきた? いや、そもそもどこで俺たちの情報を得た?」
 レヴィ、武器だという女は肩をすくめ、自身の奏者であるシレーユの肩を抱いて言う。
「シレーユを散歩に連れ出してたら、異形の女の子が処刑を滅茶苦茶にしたとか噂が聞こえてきたから駆け付けたのよ」
 一拍置いて、レヴィは言った。
「私たちは今、奏者と武器の仲間を集めているの」
「私たち?」
「ええ。……とにかく移動しましょう」
 あたりをきょろきょろと見まわしたレヴィは、シレーユを抱き上げる。実際、ここにとどまり続けるのは得策ではない。アリアは川に向かって歩き出すレヴィの後ろをついて行く。一方でドラークはまだこの二人を信用できず、警戒気味について行く。
「ひとまず私たちの拠点、シエンナに向かうわ。そこでならアンタたちの安全を保障できる」
 川の近くに放置されていた手漕ぎの大きなボートを浮かせながらレヴィが言うと、アリアとドラークは目を丸くして互いの顔を見合わせた。シエンナ、そここそアリアの目的地だ。
「シエンナという土地は、武器と奏者の隠れ里のようなものです。武器の方々も、あそこに行けば自分が何者であったか思い出せるかもしれません」
「アタシたち武器は、みんな記憶喪失で自分自身の素性を知らないんだ。それは、しんどいでしょ」
 先にボートに乗り込んだシレーユの言葉に、アリアは力強くうなずいて船に乗りこむ。シレーユのひれのような耳がいびつに欠けているのは間違いなくウーニ教の迫害によるものだ。それは容易に察しのつくことだった。そして、ドラークにとってもレヴィの言葉は信頼に値した。
 船頭としてレヴィが櫂を持つ。
「僕たちはシエンナを拠点に、まだ出会えていない武器と奏者を探しています」
「それにしても、こんな小さな船で行くのか?」
 訝しそうに言ったドラークだったが、シレーユはにこりと笑った。
「水に関することなら、僕とレヴィの大得意なんです」
 シレーユは言いながら、あのオルガンを奏で始めた。それは膝に乗る程度のサイズだが、美しい音があたりに響き渡る。
「さあ、行きますよ……急流の舟歌バルカロール!」
 小さなオルガンが軽快な、リズミカルな音を奏ではじめ、それに合わせてレヴィがオールをこぎ出すと、小さな船は川の流れに逆らって動き始めた。流れる水を、不可思議な力に押されて、船は下流から上流に向かってものすごい速度で動き始める。
「そ、奏者って、こんなこともできるの?!」
 素っ頓狂な声を上げてアリアが言うと、彼女よりも年上の奏者は「ええ」と微笑んだ。
「それにしても、武器と奏者は何人いるんだ?」
「それぞれ7人ずつ、アンタたちが6人目だよ」
 だがそこから先、会話が成立することはなかった。波に揺られ、岩を飛び越し、剛速で川を逆流する。そんな無茶にアリアとドラークは悲鳴を上げ、叫び、すっかりグロッキー状態になっていた。一方で奏者であるシレーユはそんなこと全く気にもならない様子で、断続的に舟歌を奏で続けていた。そして2時間ほど経った時には、彼らの乗った船は向こうに大きな滝を望んでいた。それもただの滝ではない、大瀑布である。水の落ちるすさまじい音が聞こえ、水煙がひっきりなしに立ち、それが光に反射して、虹がかかっている。周囲は鬱蒼とした森になっており、人の気配は全くない。
 レヴィはすいすいとオールを動かし、滝つぼに向かって船を進める。
「おい待て、待て待て、落ち着け、あそこに突っ込む気か?!」
「まってまって、死ぬ、絶対死にます、やめましょう死にますよ! お願いシレーユさん、止めてー!」
 ぎゃあぎゃあとドラークとアリアたちがわめくと、答えるようにシレーユがポワァンと小さなパイプオルガンを奏でた。
「うん、止めようか」
 アルペジオが響き渡り、それと同時に、ザァザァと轟音を立てて流れ落ちていた大瀑布の水が少なくなり、左右に割れ始める。
「滝を」
 ポロン、と奏でる音で水が完全に止まり、その奥に洞窟が見えた。普段は大瀑布の凄まじい水量で見えず、近づけもしない洞窟。
「アタシたちの隠れ里、シエンナはあの洞窟の先だよ」
 その洞窟が、隠れ里の入り口らしい。なるほど、隠れ里というにふさわしいそのロケーションに、アリアもドラークもただ唖然となった。

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