なぜ私は「エルマー」を選ばなかったのか
母親たちの井戸端会議で、わたしとゆめこの「あたらしい小遣い制度」は可決された。
希望が通ったことは、純粋にうれしかった。
東京から転校してきた男の子のマネをしたかっただけなのかもしれないが。
1970年代半ば。
東京近郊の新興住宅地。
森や原っぱをブルドーザーが走り、宅地造成され、新しい家が次々と建てられていた。
生まれてすぐに住み始めたわたし、そして3軒隣の幼なじみのゆめことは違い、小学校の途中で転校してきた子の多くは、東京からの転居組が多かった。
転校生のひとり、NHK児童劇団に入っていて、色白そばかす、くるくる天パー、スヌーピー好きの男子が言った。
「ぼくはお小遣いはもらってないよ。かわりに好きな本を毎月一冊買ってもらうんだよ」
わたしも、小遣いではなく、毎月好きな本を買いたい!と思った。
帰宅してすぐ、母親に頼んだ。
口グセ「みんなもそうしてる」を付け加えるのは、忘れない。
みんなって誰?と聞かれ、
「ゆめこ」と答える。
帰り道、ゆめこにチラッと話したら、
「いいね」と言っていたから。
母親は、相談してみるとだけ言い、その話は終わった。
そして、井戸端会議を経て、決定事項となってしまった。
月が変わり、1日(小遣い日)になった。
わたしとゆめこは、自転車を走らせて、住宅街のなかに新しくできた本屋に向かった。
本屋の引き戸を開けると、店主のおじいさんに向かって、
「こんにちはー」とゆめこは元気よく挨拶をした。
わたしも小さい声で「にちはー」と重ねた。
同学年のゆめこは4月生まれ。
そのせいか身体も大きく、ままごとをするときは、必ずお母さん役だった。
私は決まって、ゆめこの3歳年下の妹のきいちゃんといっしょに子供の役だった。
ゆめこは店主のおじいさんに、「子供だけで本を買いに来た」趣旨をスラスラと説明した。
そしてゆめこは、エルマーの冒険シリーズが好きなことを伝えていた。
買う本がすでに決まっていたのだ。
「メジロちゃんもエルマーにしたら?すっごくおもしろいよ」
私は表紙の絵を見て、
(あんまり好きじゃない)と思った。
少し迷っていたら、おじいさん店主は、何冊か本をすすめてきた。
冒険とか
旅とか
そういうはなしはあまり好みではなかった。
少し考えてから、私は自分で本を選ぶことにした。
本を探しながら、(この店、オレンジの匂いがする)と思ったが、おじいさん店主の手前、怖くて言い出せなかった。
クンクンクン
オレンジの匂いを嗅ぎながら、店内を歩き回った。
何周目だろうか。
「トコちゃんモコちゃん」という本を私は手に取った。
(おもしろそう!)と、思った。
「この本にする!」
私は「トコちゃんモコちゃん」を買うことにした。
帰り道。
「あの店、オレンジの匂いしなかった?」
自転車を走らせながら、わたしはゆめこに聞いた。
「したねー。オレンジがどこかにあったのかな。」
ゆめこもオレンジの匂いを嗅いでいたことに、嬉しくなった。
「じゃあねー。バイバイー」
わたしとゆめこは別れた。
家に帰り、母親に本を見せ、お釣りを渡した。
「サトウハチローの本にしたの!」
母親は驚いて、本を手にした。
パラパラと、ページをめくりながら
「ふーん。おもしろそうね。」
とだけ言い、わたしに本を返した。
本は1ヶ月もかからずに読み終わった。
弟が小遣いで好きなものを買っているのを横目で見ながら、早く来月にならないかなと思った。
あれから半世紀。
「トコちゃんモコちゃん」はもう私の手元にはありません。
今回、記憶の片隅で、どうやら“ジャケ買い”で選んだのではないかと考え、調べてみることにしました。
「エルマーのぼうけん」や「エルマーとりゅう」などの、エルマーシリーズ。
こちらの表紙は、調べなくても頭に浮かぶのは、私だけではないでしょう。
作者 ルース・スタイルス・ガネットの義母ルース・クリスマン・ガネットが描いた挿絵・表紙絵。
日本刊行から60年超のロングセラー本。
昭和の少女ゆめこ(9)が、
「すっごくおもしろいよ」
と、太鼓判を押した理由がわかります。
対して、トコちゃんモコちゃん。
作者のサトウハチローは、多くの童謡・詩・小説を残した才能ある人ですが、今の私のイメージは
「不良」。
先日亡くなった佐藤愛子女史は、異母妹にあたります。
「トコちゃんモコちゃん」の表紙はコチラです。

何度か変更があったようですが、私が購入した年代を考えると、この表紙しかありえません。
ガチャガチャしてて漫画チックで、今の私なら絶対選ばないであろうタッチの絵。
(古茂田ヒロコさま、大変申し訳ありません)
しかも内容はドタバタ劇、のようです。
私が印象にのこっているのは、雨戸を外して、ピンポン(卓球)を始めてしまう一節。
それから何か、子供だけ(トコちゃんとモコちゃん)で煮炊き的な料理をするシーンも朧気ながら記憶しています。
当時の私は、この絵にハートを射抜かれた、というのは紛れもない事実です。

幼なじみのゆめことは、もう何十年も会っていません。
実家の近くにゆめこの家はあり、ご母堂は健在です。ゆめこもきいちゃんもお嫁に行き、お母さんになり、どこかで逞しく生きているらしい…。
本のチョイスひとつとっても、その後の人生が見えるような気がしています。
実は、ゆめこに勧められたときに、
(エルマー、好きじゃないな)
と感じた記憶が、どうやら半世紀も続いていたようで、まだエルマーシリーズを読んでいません。
今回、調べてみて、非常に興味を唆られる内容だと改めて気付かされました。
60歳から考える
“死ぬまでにやりたい100リスト”に加えることにしましょう。
