#79 親子を苦しめる『未来のため』の落とし穴〜『タツキ先生は甘すぎる』より
「子どもたちの心の奥にあるもの」を、きちんと見つめられるレンズを磨きたい。
そう思い、数年前、児童発達支援士と発達障害コミュニケーションサポーターの資格(民間資格)を取りました。
教員としてはもちろん。
子育てをする母として。

子どもたちは、言葉にならない思いをたくさん抱えています。ここをどれだけ理解できるかどうかが大きな分かれ道となってきます。
大人から見ると“問題行動”に見えるものも、その子にとっては必死のSOSだったりする。
「困らせている子」ではなく、「困っている子、もがいている子」なのだと、これまでに多くの子ども達と過ごす中で、何度も感じてきました。
今も同じです。
だからこそ、「どう指導するか」だけでなく、
“なぜそうなっているのか”を考え続けたいとずっと思っていました。
今期、唯一観ているドラマが、土曜夜の『タツキ先生は甘すぎる』です。
舞台はフリースクール。
学校になじめなかった子どもたち、不登校の子どもたち、そしてその保護者たちが登場します。
最初は、「現場感覚としては少し理想的すぎるのでは?」と感じる部分もありました。
でも、回を重ねるごとに、これは単なる“教育ドラマ”ではなく、“人を理解しようとする物語”なのだと感じるようになりました。
子を大切に思う親にこそ深く刺さる第4話
4話はまだ子供が幼いお父さんやお母さんにこそ見て欲しい内容でした。
子どもが苦しんでいる時、親もまた苦しい。
どう声をかければいいのか分からない。
何が正解なのか分からない。
「このままで大丈夫なのだろうか」と親も不安になる。
きっと、多くの親や先生が、一度は感じたことのある感情だと思います。

子育ても教育も、“正しさ”だけではうまくいきません。
「この子の将来のために」
「社会に出て困らないように」
「ちゃんと生きていけるように」
そう思うからこそ、大人は必死になります。
でも、その“未来”を思うあまり、目の前の“今”を見失ってしまっているということはないでしょうか。
第4話を観ながら、私は何度もそんなことを考えました。
子どもに必要なのは、正論より先に、「今の自分を分かろうとしてくれる人」なのかもしれない。子どもにとっての優先順位は未来ではなく、今なのです。ここが大人と子供のすれちがう部分です。
親だってずっと迷い続けている
タツキ先生の関わり方は、時に“甘すぎる”ように見えます。
でも、それは“甘やかし”ではなく、
「まずは安心できる場所をつくる」という覚悟なのだと感じました。そして、ドラマの中で描かれるのは、子どもの成長だけではありません。
親自身もまた、子どもとの関わりの中で揺れ、悩み、変わっていく。
「ちゃんと育てなきゃ」
「間違えちゃいけない」
「この子の未来のために少しでも」
そんな思いに追われながら、親も必死に生きています。だからこそ、このドラマは子どもの話でありながら、同時に“大人を救う物語”でもあるのだと思います。
甘すぎるタツキ先生自身の過去が少しずつ見えてくることで、なぜ彼が「今」を大切にするのかがはっきりとしてきます。
親も子も今を犠牲にしない生き方
未来のために今を犠牲にするのではなく、
“今ここにいる自分”を大切にすること。
子どもと笑えた時間。
何気なく会話できた時間。
安心して「ただいま」と言える時間。
そういう日常の積み重ねこそが、その子の土台になっていくのだと思います。
教育の世界にいると、どうしても「成果」や「成長」を求められます。親は子育ての責任ある者として一生懸命に子供の未来を思います。
でも、本当に大切なのは、
“この子は大丈夫”と思える安心感なのかもしれません。
『タツキ先生は甘すぎる』は、不登校や発達特性についてのドラマというだけではなく、
「人を育てるとはどういうことか」
「安心できる居場所とは何か」
そんなことを、静かに問いかけてくれる作品だと感じています。

子育て中の方にも。
教育に関わる方にも。
ぜひ一度、観てほしいドラマです。
今日も読んでくださり、ありがとうございました。
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