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憂いを帯びながらも

憂いを帯びながらも生きていく方法がわかった気がするのです。
憂いを帯びたら、帯びっぱなしだったような気がするのです。

生きるということは、楽しいことばかりではなく、切なさがつきまといます。
その切なさとは、憂いを帯びさせますが、憂いを帯びるということに、どこか私は酔いしれていた気がします。
憂いはどこか儚げで、それは大人の哀愁にもなるので、美しく見える時もありそうですが。。。

やはり憂いもほどほどにしていかないと、憂いの中にどっぷりと飲み込まれていってしまうものがありました。
それは私の中に巣食い、そこに留まり続け、私というもの(魂)を奪っていったように思うのです。

憂いを帯びながらも生きることに色彩を感じることができるようになりました。
憂いを帯びっぱなしにせずに、生きることに輪郭と躍動感を与えることができるようになりました。

生きるということは、悲しいことばかりではなく、期待に胸を膨らませながら心震える日々に酔いしれることができることを知りました。
その震えは私の心と体にエネルギーをもたらします。
温かさと熱さと、柔らかさとしなやかさを、私にもたらしてくれるように思うのです。

私はもしかすると。。。人生を少しずつでも描けるようになったのかもしれません。
人生を描くということは、とても創造的で幸せで耽美的な気がするのです。
私の描く人生画が、日々、色を変え、形を変え、匂いを変え、音色を変え、私をもあなたをも幸せの世界に誘うことができたなら、私はこの世を生きることを、生き切ることを、本望だと想うのです。

本望と想える生き方をしてみたいのです。
日々、色を変え、形を変え、匂いを変え、音色を変え、そんな風に生きてみたいのです。
そんな時こそ、私の中に本当の意味の慕情的生き方が生まれる瞬間瞬間だと思うのです。
慕情的生き方を堪能する為の人生画、それは人生を耽美(心地良さ)の世界に変えるようになるのではないかと思うのです。


さて、今日も生きるとしよう




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