ナポリタン・ブギ 第1章 #01
【作品について】
本作は過去に出版した作品をもとに、加筆・修正した再編集版です。
〜毎週 火・金 17:00 更新〜
万感の思いを込めてのプレゼンテーションだったが、次郎は思いを遂げることができなかった。そもそもプレゼンなんて、これまで28年の人生でまともにやったことなどないのだ。
それでも次郎は挑戦した。よく言えば商談。悪く言えば、相談、いや、向こうにとってはただの迷惑セールスだったかもしれない。それでも、ヨネダコーヒー世田谷店の店長が、ただのバーテンダーである自分に会ってくれたことは、未来への大きな一歩になるのではないか。そう思って踏み出したのだけれど。
「ああぁ……」
次郎は公園の入り口にぽつんと立っている自動販売機で缶コーヒーを買うと、空いているベンチに腰掛けた。自分にこれほど黄昏時の缶コーヒーが似合う日が来ようとは思ってもみなかった。
今日は疲れたから砂糖とミルク入り。次郎は缶コーヒーを飲みながら、役目を終えた資料をパラパラと見返す。
湯気の加減まで考慮して、最高に美味しそうに撮れたナポリタン・スパゲッティの写真と、レシピ、提案価格、材料の仕入れルートまで、思いつく限りの情報を盛り込んだ。
写真がよく撮れていて、本当に美味しそうだ。自分が食べたくなるほどだから世話はない。それだけに今日の敗北は痛かった。慰めるように夏の風がゆるく吹く。
「美味そうだな」
次郎は驚いて顔を上げると、そこにはどこかの会社役員を思わせる、絵も言われぬ貫禄の紳士が立っていた。
「えぇ、本当にすっごく美味しいんですよ」
次郎はうれしくなって紳士に言った。サラリーマンでない次郎にも、その紳士が着ているスーツはとても高級なものだとわかった。
「鉄板にのっているのか」
「そうなんです。アツアツの鉄板に、卵を敷いてジュウジュウいってるのを食べるんです。美味しいんですよ。召し上がったことありますか?」
「いや、ない」
「そうですか……」
やはり東京では認知度が低いのだ。
こんなに美味しいのに。
ジュウジュウいってる鉄板を前にした時のあのワクワク感!
たまに出てくる鉄板の熱で少し焦げた香ばしい麺!
うす焼き卵の黄色の鮮やかさ!
あぁ、だめだ、考えただけでまた今夜も食べたくなってしまった!
これを知らずに人生送ってるなんて、おじさん、卵から養殖されて大海を知らずに刺身にされるマグロの一生みたいなもんですよ。
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