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『サイバー・ジェロントロジー』

2038年5月15日

2038年5月15日、Xはついに総理大臣の地位に就いた。長年の活動と奮闘の末、遂にこの日を迎えることができたのだ。 国会議長の号令が響き渡る中、メタバース法案は可決成立した。65歳を過ぎた国民は、メタバース・ユニバースへと移行することになる。これにより理不尽な高齢化社会に終止符が打たれることに期待が高まった。

法案可決の瞬間、国民の間では賛否両論が渦巻いていた。一部からは「人権無視だ」「強制的な施設収容と何が違うのか」と激しい反発の声が上がった。しかし他方で、「究極の老後対策」「高齢者に新たな活路を」と、前例のない試みに対する期待の気持ちも払拭されなかった。
確かに施策は過激である。しかしメタバース・ユニバースは、最先端のテクノロジーによって支えられた理想郷なのだ。人工知能ENMAがその人格と適正を分析し、最も相応しい生活形態をメタバース内に再構築する。高齢者は自らの意思を保ちながら、老化に起因する諸問題から解放されるのだ。

このプロジェクトの着想にXがたどり着いたのは、かなり昔のことだった。認知症に冒された祖父の姿に、Xは大きな無力感と虚しさを覚えたものだ。医学の限界と現実の酷薄さに絶望し、そこから脱却する新たな方法を探し求めたのだ。 青年時代から認知症研究に携わり、やがてAIとメタバース技術への関心へと移っていった。老化による脳の機能低下をデジタル的に補完し、人格を維持したまま永遠の生を与えられないか。そう考えたとき、ENMAの原型が誕生したのだった。

日本が直面していた高齢化の現状は深刻なものだった。 国立社会保障・人口問題研究所の予測では、2040年代の日本人口は1億人を割り込み、65歳以上の高齢者が3,500万人を超えると見積もられていた。つまり3人に1人が高齢者であり、その割合は過去に類を見ない水準に達するのだ。 その一方で現役世代は減少を続ける。2040年の生産年齢人口は5,900万人を割り込むと推定され、1人の現役世代が1人以上の高齢者を支える計算になる。社会保障費の過大な負担が避けられない状況だった。
実際、2040年代の社会保障給付費は最大で190兆円を超えると試算されており、それを国内総生産の38%が超える規模だった。加えて認知症患者数は約700万人と、介護離職や家計破綻の可能性が極めて高い水準にあった。 東京などの大都市では、高齢者の4人に1人が単身世帯という指摘もあり、老々介護の問題も深刻化の一途を辿っていた。人手不足と財源難から、いずれ介護が立ち行かなくなる事態も予想された。 医療費についても同様で、社会保障給付費の3分の1を占める医療費が30兆円を超えるペースだった。がん、脳卒中、糖尿病といった生活習慣病の増加とともに、医療提供体制の崩壊も危惧されていた。

高齢者の存在が社会の隅々にまで浸透していた日本では、そのためのさまざまな問題や事件が後を絶たなかった。
【介護施設での虐待事件】
人手不足に加え、低賃金や過酷な労働環境から、介護施設での高齢者虐待が頻発するようになった。東京の有名施設では、入所者へのネグレクトや暴力が横行し、重篤な事故も起きるなど、大きな社会問題となった。

【高齢ギャング団の台頭】
生活に窮した無年金高齢者から成る「シルバーギャング」が各地で暗躍。強盗や窃盗、ストーカー行為などが相次ぎ、一時は大騒ぎになった。中には巧妙に高齢者を雇い入れる窃盗団も現れた。

【孤独死の深刻化】
独り暮らしの高齢者が行方不明となり、実は半年以上前から自宅で亡くなっていた。近所付き合いの希薄さから気づかれず、発見が遅れる事例が多発。最悪のケースでは遺体の腐乱が進行するなどの事態もあった。

【年金支給ミスの大問題化】
膨大な高齢者人口を管理するシステムの過誤により、年金記録の誤りが多発。受給資格の無い者に支給されたり、正規の受給者が漏れるなどのミスが頻発し、大きな社会不安を引き起こした。

高齢化が加速度的に進行する中、国民からは政府への不満の声も日増しに高まっていた。
「働いても年金はろくに支給されない」
「親の介護で生活は破綻寄り」
「子育て世代への支援が何もない」
こうした苦しい現実に対する怨嘆の声が、デモや街頭運動を通じて爆発的に広がっていった。 一方、一部の若者の間では、現体制に 決別し、過激な変革を求める機運が高まっていた。彼らは「伝統的な価値観に捉われず、痛みを伴う大胆な施策でもいとわない指導者」を私淑に求め始めていた。
「年寄りの足を引っ張るな。若者の将来のために」
「老害を排除し、生産年齢人口を守れ」

こうしたスローガンの下、若き指導者の台頭を熱望する運動が各地に広まった。 そうした空気を確かに掴んだのが、Xだった。高齢者支配層に反旗を翻す姿勢と、メタバース・ユニバース構想への冷徹な決意から、彼は伝説の独裁者にも劣らぬカリスマ性を発揮していった。
「日本を立て直すには、時として非情な選択が必要となる」
そう言い切るXの言葉に、沈滞する日本社会に活力を与える期待が高まり、瞬く間にパーティーは支持の渦に巻き込まれていった。

そうして国民の不満、若者たちの変革への期待、そしてXのカリスマ性が渦を巻き、この国の歴史は新たな方向へと動き出していった。
高齢化に伴う種々の問題に直面しながらも、現体制側からは抜本的な解決策が示されなかった。介護現場の深刻な人手不足、単身高齢世帯の増加や孤独死の問題、年金支給の行き違い、さらには高齢者の貧困や非行にまで及ぶ分野で、権力者たちは無為に終始していたのだ。

一方の国民は、そうした政府の無策ぶりに対する憤りを募らせていた。子育て世代への過酷な負担、若者の貧困化と海外流出、そして高齢者優遇による世代間不公平感。こうした問題意識が爆発し、街頭デモや世論の嵐となって吹き荒れた。
そんな中、Xは「メタバース・ユニバース」による高齢者の切り離しと、若者への大胆な資源投下を訴え始めた。彼らの主張に、多くの国民が希望の光を見出したのだ。 伝統的な価値観にとらわれず、過激な手段も辞さない改革者像から、Xはまるで伝説の独裁者のような権力を手にしていった。
疲弊した国を蘇らせる救世主と仰がれ、いつしか党勢は勢いを増し、大勝を収めるにいたった。

Xの人となりには、稀有なカリスマ性が漲っていた。彼の言動するすべてが、空気を支配し聴衆を虜にするパワーを秘めていた。 ステージに立つと、Xは見る者を自身の磁場に引き込むかのように、強烈な気迫と情熱を放っていた。しかし実際、その風貌は殊更派手なものではなかった。

無骨な顔つき、小柄な体格、地味な装いに過ぎない。だがそこにあるのは、純然たるリーダーシップと打ち勝つ意志の強さだった。 言葉一つ一つが重み納得を伴い、全身全霊を傾けた熱弁に聴衆は恍惚の渦に飲み込まれていく。その雄弁さと説得力は、造詣の深さと優れた知性に裏付けられていた。高齢化問題に対する徹底した理解、AIとメタバース技術への精通ぶり、さらには哲学的思索にまで及ぶ博識。Xのプレゼンテーションは、相手を理解の空間に導き、説かれた理想の光に魂を惹きつけずにはおかない。 そしてその眼差しにはいつも確固たる決意が宿っていた。

信奉者たちを前にすれば、震えが走るほどの強さに満ちていた。この人は遍く理不尽な状況を打破する覚悟を持つ、そう察することができた。生まれながらのリーダーという資質が、法案実現への矜持となっていた。

実のところ、Xの主張と行動には、徹底した独裁者的な手法が用いられていた。大義と正義に寄り添い、時に非情な決定も辞さない傍若無人ぶりは、かつての独裁体制を彷彿とさせた。 しかし同時に、その熱意と行動力には尊敬と憧憬の念も込められていたのだ。立ち行かなくなった国をこの身で引き上げる、という確乎たる決意が、追随を余儀なくさせた。

Xの存在は、苦境に喘ぐ国民に希望の光を与えた。多くは彼のカリスマ性にすっかり虜になってしまい、国を救う英雄視も垣間見えていた。伝説の独裁者に双璧を並べられるその人格と影響力は、メタバース構想への期待を加速させる原動力となった。

これはXがこの人類を守るためのストーリーだ。


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