【短編小説】見よう見まねのシャッター音#一枚の写真から文芸賞
空に向かってあくびをかまし、腹をポリポリと掻きながら開けた郵便ポスト。剥き出しの状態で現れた古めかしい写真は、俺のシナプスを刺激した。
「ん?どっかで見たことあるんだよなあ」
大きな窓に張り付いた重厚な机にショートヘアの女が姿勢良く腰かけていることが分かる。
記憶を呼び覚まそうと目を瞑る。
手にしている写真の女性が動くことは決してないが、頭の中ではいくらでも動かすことができる。いつの間にか体が縮んでいた俺は、写真と瓜二つの光景を見ていた。大きな窓に張り付いた重厚な机にショートヘアの女が姿勢良く腰かけている。全く同じだ。女の右肩に立って覗き込む。顔は分からない。のっぺらぼうでしかない。女は言う。
「あっち行って、チャンスは3回」
“チャンスは3回“
理解できない年頃だった。突然、女の10本の指が俺の脇腹に到達していた。忙しなく動き出す。意思に反してゆるむ頬と共に俺は体をくねらせ逃げていく。思いっきり笑ったことでドーパミンがどばどばと出てしまった俺は、今度は左肩に立っていた。何か書き物をしていた女の横顔を盗み見ながら机上の消しゴムを持っていこうとする。
「これで2回目だからね」
女は、けたけたと笑いながら言った。
俺はまた“こちょこちょ“された。楽しくて仕方がない。体をくねらせ逃げていく。
右肩に立った。
「ねえ」
頭を西の方向へと向けた
“バチん“
何が起こったのか分からなかった。
「あっ」
小さく声を上げた俺は目を見開く。のっぺらぼうでしかなかった女の目が見えたからだ。力強く俺の目を見据えていた。その瞬間、記憶がふやけた気がした。
名もなき女が母へと様変わりする。
頬をぶたれた。そこまで痛くないのに、涙が止まらなかった。
痛みよりも頬をはたくその速さに怯えてしまう。
「だから言ったでしょ。チャンスは3回だって」
俺を産んだ母は、若すぎたゆえに引き離された。詳しい理由は分からない。児童養護施設で育ち、何度も何度も悪夢を見ていた時期もあった。
椅子に座った女が天から降ろされた紐に引っ張られていくのを目の当たりにして泣き叫んでいた。汗がびっしょりと肌に張り付き、
「ママ、いかないで」と夜な夜な寝言を吐いていたらしいのだ。
時間が経つにつれて母の面影を追うことをやめたはずなのに
一枚の写真が俺をあの日の悪夢に引き戻した。
「くそっ、誰の仕業だよ。」
そう悪態をつきながら、後ろに何か書いてあるかもと裏返す。
“優斗が初めて撮った写真“
「ああ、そうだった。」
全てを悟った時、涙がこぼれないように顔を思いっきり上げる。
「この写真は俺が撮ったものだ」
母の趣味はカメラだった。母が嬉しそうにカメラを持ち、撮る姿を見るのが大好きだった。あの日も母の後ろ姿を前にしてこっそりとシャッターボタンを押したのだ。俺を救うかのように記憶はまたひとつ補正される。
“「だから言ったでしょ、チャンスは3回だって」“
時には優しく、時には厳しいひとりの若き母は、泣きじゃくる少年を優しく抱きしめた。
初めて参加させていただきました🙇♀️
