回復の手前で何かが私を引き戻す
心が少し軽くなった気がした。
「もしかしたら、今回は大丈夫かもしれない」
そう思った直後に、また何かが起きた。
精神的な症状が少し軽くなったかもしれない、と思うと決まって何かが起きる。
引き戻されるような感覚。
薬を飲み、入院を何度かしながら、気づけば20年以上が過ぎていた。
もう一生、このままなのかもしれない。
そんな思いがよぎることがある。
最初のきっかけは、最初の結婚だった。
モラハラの中で、少しずつ心を削られていった。私の何もかもを否定された。
心と体調を崩し、入院もした。
それでも相手は、自分に原因があるとは思っていなかった。
それどころか、病気になって、できなくなったことを普通ならできると責められ続けた。
離婚してからもしばらく、苦しい状態は続いた。
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ワンちゃんを迎えて、ようやく心が落ち着いてきた頃。
今度は、長いストーカー被害が始まった。
モラハラから少し回復しかけていた心は、簡単に引き戻された。
最初の被害のとき、親身になってくれた警察官がいて、
そこに小さな救いはあった。
けれど、二度目の被害のあと。
安心しかけていた頃に、その人にも裏切られた。
言葉にできるほど単純な出来事ではない。
ただ、そこにあったのは誠意ではなく、被害者の私に対して、警察の立場を利用した嘘だった。
そのときの感情は、悲しみよりも、はっきりとした憎しみだった。
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三度目の被害の頃には、もう心はほとんど余力がなかった。
今までの所轄の警察署ではなく、警視庁のストーカー対策室が動くことになった。
慎重に捜査を進めたぶん、今までの逮捕より時間も長くかかった。
その間の心の揺れは、自分でどうにかできるものではなかった。
なぜこんなことが続くのかと、
毎日のように泣いていた。
逮捕の日が来ても、すぐに終わるわけではなく、事情聴取や面通しなどでまた時間と気力を使った。
それでも、相手が収監されている間は、少しずつ静けさが戻ってきた。
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ただ、その頃の私は、別の場所でも消耗していた。
再婚相手の家族との関係。
そこでもうまく呼吸ができなくなり、
最終的にはその家を離れた。
逃げた、と思う気持ちもあったけれど、
結果としては、離れてよかったのだと思う。
平穏な時間がようやく戻り始めた頃、
父が急逝した。
それまでに経験したどんな出来事よりも、
受け入れるのが難しかった。
大きな喪失感だけが残っている。
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それでも、そのときそばにいたのが、愛犬だった。
触れていると、ざらついた感情が少しだけ丸くなる。
この子がいてくれてよかったと、何度も思った。
でも、その子も年を重ねていき、
病気をするようになった。
そのたびに、削られるような不安と向き合った。
命と向き合うというのは、そういうことなのだと思いながらも、
気持ちは簡単にはついていかなかった。
そして、父のことからあまり立ち直れないまま、2年後。
その子もお空へ行ってしまった。
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立ち直ろうとすると、何かが起きる。
そう感じることがある。
考えすぎてしまう日もあるし、
つらさが強くなると、これまでの時間すべてに意味がなかったように思えてしまうこともある。
ただ、同じ場所に戻っているわけではない、とも思っている。
少しだけ、違う場所に立っている。
いい方向なのか、よくない方向なのかもわからない。
それを、うまく言葉にはできないけれど、私はちょっと進んでは、少し後退しながらゆっくりと歩いている。
