Monday Jazz Bar🍸忘れられない音
「ママってさ、昔プロのジャズシンガー目指してたんだって?」
カウンター越しに、氷の音が小さく鳴る。
「……誰に聞いたのよ、そんな昔の話」
グラスを拭く手は止めないまま、
アタシは少しだけ笑った。
「有名じゃん。ここ来る人、だいたい知ってるよ」
「そう。暇ね、みんな」
軽く流すつもりだったのに──
その一言で、ふと音が戻る。
遠くに置いてきたはずの、
あの日の音。
25歳の春。
アタシは“Marie”って名前で歌ってた。
小さなJazz Bar「Monday」。
今よりずっと古くて、狭くて、
でも──
音だけは、やけに良かった。
客はまばら。
ライトは少し暗くて、
煙草の匂いが残る店内。
ステージなんて呼べるほどのものじゃない場所で、
アタシは歌ってた。
そして──
ピアノがあった。

彼は、売れないジャズピアニストだった。
名前も、経歴も、ほとんど知らない。
知ってるのは、鍵盤に触れたときの音だけ。
最初に合わせた日から、不思議だった。
息を合わせようなんて思わなくても、
自然に合う。
ズレても、すぐ戻る。
言葉なんて、ほとんど交わしてないのに──
音だけで、分かる。

歌い終わったあと、彼はいつも軽く頷くだけだった。
「……いいね」
それだけ。
褒めてるのか、ただの確認なのかも分からない。
でも、それで十分だった。
アタシも何も言わない。
ただ、また次の夜に歌う。
それだけでよかった。
ある夜。
少しだけテンポが揺れた。
ほんの一瞬。
でもすぐ戻った。
視線が、合う。
ほんの一瞬だけ。
それだけで──
何かが通じた気がした。
たぶん……
あの頃のアタシは、
夢と同じくらい、あの時間が好きだった。
でもそれを、
“恋”って呼ぶほどの勇気はなかった。
オーディションの話が来たのは、
その少し後。
「受けてみないか」って。
プロになれるかもしれない、
ちゃんとした話。
あの店を出ることになるかもしれない話。
その夜も、歌った。
いつも通り。
何も言わないまま。
彼も、いつも通り弾いた。
終わったあと。
珍しく、彼が口を開いた。
「……行くのか」
短い一言。
アタシは少しだけ考えて──
「まだ、決めてない」
そう答えた。
彼は何も言わなかった。
ただ、いつも通り軽く頷いた。
それが、最後の会話だった。
オーディションの朝。
電話が鳴った。
オーナーからだった。
「…Marieちゃん、実は昨夜、
彼が──」
それだけで、全部分かった。
店に行ったら、ピアノはそのまま置いてあった。
鍵盤の蓋も、開いたまま。
誰も触れていない。
音も、ない。
アタシは、その前に立って──
何もできなかった。

オーディションには、行かなかった。
理由なんて、誰にも言ってない。
今でも、聞かれたら適当にごまかす。
でもね。
本当は、ちゃんと分かってるのよ。
あの人と音が合ったあの時間を、
アタシは手放せなかった。
夢よりも。
未来よりも。
“あの一瞬”の方が、
ずっと、確かだったから。
「……ママ?」
常連さんの声で、意識が戻る。
「ん?」
「なんか、珍しく静かじゃん」
「そう?」
グラスを置く。
氷が、また小さく鳴る。
「……音が合う相手ってね」
アタシは、少しだけ笑った。
「忘れられないのよ。
バカみたいでしょ」
店の奥。
あるはずもないピアノが、
ほんの一瞬だけ──
鳴った気がした。
回想の、そのあとで…

お借りしました💗
マロさんのカピバラちゃん💛
今回はカッコいい姿が見れます🎵
ダークカピちゃん&ダークGeminiを、是非ご覧ください💕
(*´꒳`*)

