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萩中公園 (羽田特別出張所) #363

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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萩中公園周辺の略歴(近代以前〜現在)

明治時代より
大師の渡し(新渡し)や
京浜急行開業前の計画線(未成線)、
第12回オリンピック用の練習場建設(旧中村)
終戦後の接収など
表に出てこない歴史がある。

現在の周辺は、
萩中公園をはじめ
つばさ総合高等学校や
本羽田公園など
広い敷地を有する
施設が並んでいる。


萩中体育場の開設(萩中公園の誕生)

1955年 (昭和30年) 4月1日
野球場四面
庭球場二面の
萩中体育場が開設される。

写真:現在の萩中公園野球場
出典:大田区役所

萩中運動場への改称

1959年 (昭和34年) 7月18日
萩中体育場が
萩中運動場に改称される。


東京都の公園になる(都立萩中公園)

1963年 (昭和38年) 6月15日
萩中運動場が廃止され
都立萩中公園となる。


子どもプール開設

1964年 (昭和39年) 7月6日
東京都は
萩中公園に
子どもプールを開設した。

写真:萩中公園プール(昭和41年)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)

区立公園化

1965年 (昭和40年) 4月1日
萩中公園が
東京都から
大田区へ移管される。


児童交通公園設置

1966年 (昭和41年) 7月17日
大田区は、
入新井西交通公園・
萩中公園・
東調布公園の3カ所に
児童交通公園を設置した。

児童交通公園の目的は
児童たちが交通ルールを学ぶ場として
設置された。

写真:萩中児童交通公園(萩中公園)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)

34号機蒸気機関車

1967年 (昭和42年) 8月1日
東武鉄道で使用されていた
イギリス製の
34号機蒸気機関車の
展示を開始した。

写真:萩中公園内にある34号機機関車
撮影:かえる11号

区内初の蒸気機関車展示

現在大田区内の公園には
3台の蒸気機関車が
展示されているが、
1967年 (昭和42年) 8月1日 萩中公園(34号機)
1973年 (昭和48年) 7月11日 東調布公園(D51)
1974年 (昭和49年) 3月25日 入新井西交通公園(C57)

現在確認できる資料の範囲では、
萩中公園の34号機が
区内最初の蒸気機関車展示とみられる。

写真:入新井西交通公園 SL整備(1)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)
写真:入新井西交通公園 SL整備(2)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)
写真:入新井西交通公園 SL整備(3)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)
写真:東調布公園のD51(SL)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)

ガラクタ公園の誕生(創意遊具の導入)

1967年 (昭和42年) 11月18日 

当時の土木部長が
デンマークのコペンハーゲンの
「ガラクタ公園」を参考に
萩中公園内に
ガラクタ公園を開設した。

人気のジャンボ滑り台は
当時から設置され
遊具の魅力を損なうことなく、
より安全で楽しい遊具にするために、
リニューアルされている。

写真:ガラクタ公園(昭和43年)
現在滑り台下は全面スロープになっている
出典:Webおおた写真館(大田区役所)

「協会賞」の受賞

1969年 (昭和44年) 4月12日
財団法人東京都公園協会
(現・公益財団法人 東京都公園協会)は、
ガラクタ公園を含む区内の児童公園に対し、
公園造成に創意工夫を凝らした団体に贈る
「協会賞」を授与した。

これは、
萩中公園のガラクタ公園が
単なる遊具広場ではなく、
創意工夫に富んだ
先進的な公園づくりとして
評価されていたことを
示す記録でもある。


東京都公園協会賞の由来

東京市の公園課長で、
その後東京都公園協会理事長を
永らく務めた
(故)井下清氏の寄付を基金として
1964年 (昭和39年) に制定されました。

1965年4月
第1回贈呈式が行われて以来、
毎年実施されています。


公園機能の拡充と催事の開催

萩中野球場にナイター施設を設置

1977年 (昭和52年)  8月8日
萩中野球場に
ナイター施設が設置される。

写真:萩中公園野球場
照明設備が設置されている
出典:大田区役所

都電7000系7008号機を展示

1987年 (昭和62年) 6月10日
ガラクタ公園内に
都電(廃車)7000系
7008号機の
展示を開始した。

写真:萩中公園(令和)
出典:Webおおた写真館(大田区役所)

OTAグリーンフェスティバル開催

1993年 (平成5年) 5月9日
第一回OTAグリーンフェスティバル
が開催される。


温水プールの開設

1995年 (平成7年) 4月26日
区内で四カ所目の
温水プールが開設される。

写真:萩中公園プール(室内)
出典:萩中公園プール

屋外プールの開設

1995年 (平成7年) 7月10日
屋外プール(50m)
が新装開設される。


新大田区百景への選定

1997年 (平成9年)
萩中公園は
新大田区百景に選定された。

絵:萩中公園
宮本 朝子 氏作
新大田区百景(蒲田地区 No.62‐71)
出典:大田区役所
絵:萩中公園
横川  冨美 氏作
新大田区百景(蒲田地区 No.62‐72)
出典:大田区役所

現在の萩中公園

萩中公園野球場二面
萩中公園プール(屋内・屋外)
蒸気機関車34号機・都電7000系
児童交通公園・ロ―ラースケート場
流れる川(水遊び施設)・噴水
大型複合遊具(ガラクタ公園)
駐車場も完備し、
週末には多くの家族連れなどで
にぎわっている。


施設の変遷

本門寺公園や多摩川台公園等
東京市営や東京都営として
開設された施設が多い中で、
本施設は区内でも
異例の経緯をたどり、
発祥→大田区営
移行→東京都営
移行→大田区営
という変遷を持つ。


最後に

普段何気なく使ってる公園にも
管理に携わる方々の
安全への意識や
楽しく遊んでもらいたいという
想いが込められている。

Otapediaは、
萩中公園と
園内にあるガラクタ公園を
また
34号機蒸気機関車を
大田区無名の風景
大田区未顕彰の地域遺産
として
萩中体育場(公園)が誕生した
4月1日を
大田区記憶の日
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『萩中公園』大田区役所
 2.『大田区政五十年史』大田区役所
 3.『萩中野球場』大田区役所
 4.『萩中公園・東武鉄道34号蒸気機関車』東京とりっぷ
 5.『Webおおた写真館』大田区役所
 6.『大田区 萩中公園 通称:ガラクタ公園大型遊具 - 株式会社アンス
   読売新聞 昭和42年11月19日
 7.『新大田区百景』大田区役所
 8.『市電保存車両 【関東/東京都】sakura.ne.jp

大田区 萩中公園 通称:ガラクタ公園大型遊具 - 株式会社アンス
https://www.ans-art.co.jp/casestudy/ansreport-006

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