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江戸が東京に改められる【旧暦 7月17日】#396

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
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※史料に基づき記述していますが、
 必要に応じて
 考察が入る場合があります。


東京誕生

1868年 (慶応4年) 7月17日(旧暦)
明治維新後の新政府によって
「江戸」は「東京」と改められ、
近代国家の首都として再編されました。

この改称を契機に、
荏原郡を含む周辺地域でも
行政制度の整備が進められ、
現在の大田区へと続く
地域の変遷が始まりました。


大田区地域の変遷

江戸時代後半 武蔵国荏原郡(馬込村・六郷村など)
1869年 (明治2年) 3月 ~ 1871年 (明治4年) 8月28日 品川縣
1871年 (明治4年) 12月25日 ~ 東京府発足 (二次)
1878年 (明治11年) 11月2日 ~ 東京府 荏原郡 (行政区画として)
1889年 (明治22年) 5月1日 東京市発足 (15区) 
1889年 (明治22年) 5月1日 東京府 荏原郡 大森村・蒲田村
1897年 (明治30年) 7月20日 東京府 荏原郡 大森町
1907年 (明治40年) 10月8日 東京府 荏原郡 羽田町
1922年 (大正11年) 2月10日 東京府 荏原郡 蒲田町

1932年 (昭和7年) 10月1日 東京市 大森区・蒲田区(荏原郡から編入)
1943年 (昭和18年) 7月1日 東京都
1947年 (昭和22年) 3月15日 大田区


東京という名前

「東京」という名前は、
「京都の東の都」という
意味から名付けられました。

しかし、
160年近くが経った今では、
「Tokyo」は世界中で知られる
都市の名前となりました。

明治維新に関わった人々は、
160年後の「東京」が
世界を代表する都市となる姿を
想像していたでしょうか。


おわりに

Otapediaは、
「江戸」から
「東京」に改められた
7月17日を
現在の大田区へと続く
歴史の大きな節目として
「大田区記憶の日」
に記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『東京』Wikipedia
 2.『品川縣』Wikipedia
 3.『東京府』Wikipedia
 4.『荏原郡』Wikipedia
 5.『東京市』Wikipedia
 6.『大田区』Wikipedia

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