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梅屋敷駅「東邦大学前」大田区初の副駅名駅誕生【7月18日】(蒲田東特別出張所) #394

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
 © Otapedia 2025

※史料に基づき記述していますが、
 必要に応じて
 考察が入る場合があります。


梅屋敷

1818年~1831年 (文政年間) 
山本久三郎氏
梅の古木を集めて
蒲田梅園(梅屋敷)
を開園しました。

和中散とともに
梅びしおが
名物になりました。

明治天皇は、
度々お立ち寄りになり、
1873年 (明治6年) 3月6日 
観梅の際には
小梅一株を
お植えになりました。
この梅は、
「仙粧梅」と呼ばれました。

駅名は
この梅園に由来します。


梅屋敷駅開業

1901年 (明治34年) 2月1日 
京浜電気鉄道が開通。
開業時は
併用軌道の停留所でした。

1923年 (大正12年) 4月1日
専用軌道へ移転しました。


梅屋敷駅の高架化

京浜急行の
平和島駅~六郷土手駅間の
連続立体交差事業が行われ
2010年 (平成22年) 5月16日
上り線のみ高架化が完了しました。

2012年 (平成24年) 10月21日
下り線の高架化も完了しました。


NHK朝ドラ『梅ちゃん先生』

SMAPが歌う主題歌の
『さかさまの空』
アレンジしたものが
2012年 (平成24年) 4月9日
~同 10月21日の間、
列車接近メロディに
使用されました。


大田区初の副駅名

2013年 (平成25年) 7月18日
副駅名に
『東邦大学前』
追加されました。


ホームドア設置

2023年 (令和5年) 12月16日の
終車後に
2番線上りホームに
ホームドアが設置されました。

翌2024年 (令和6年) 2月10日
1番線下りホームにも設置されました。


おわりに

Otapediaは、
梅屋敷駅(東邦大学前)を
「大田区初」
の副駅名使用駅として 
また、
「大田区無名の風景」
「大田区無名の呼称」
「大田区未顕彰の地域遺産」

として
副駅名の使用が開始された
7月18日を
「大田区記憶の日」
として記録します。

Otapediaは、
大田区の記憶を
未来へ遺すという
理念のもとに活動しています。

私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

人々の活動や風景、
残された痕跡は姿を消しても、
地域に刻まれた軌跡を
未来へと伝えていきます。

記事内で使用している
独自の顕彰は、
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『聖蹟蒲田梅屋敷公園』Wikipedia
 2.『梅屋敷駅 (東京都)』Wikipedia

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