日本初の押しボタン式信号 設置【6月11日 今日は何の日】(蒲田東特別出張所・六郷特別出張所) #355
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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なお、
設置日に関しては
複数の記述が見られますが、
今投稿では
『蒲田警察署五十年誌』の
出典に基づき、
6月11日を採用いたします。
国内初の信号標板
1919年 (大正8年)
上野に
「進メ」「止レ」
の標板をつけた
「信号標板」が試験設置され
1922年 (大正11年)
実用運用を開始しました。
国内初の機械式信号機
1930年 (昭和5年)
日比谷に
「アメリカ製1930年型」の
「自動交通整理信号機」が
設置され運用開始しました。
これが機械式信号機初になります。
国内初の懸垂式の灯火
1932年 (昭和7年)
蒲田区
京濱國道の
荏原市場蒲田分場前に
(現・産業プラザPiO)
設置されました。

写真手前が国道15号と京急蒲田駅
出典:Webおおた写真館(大田区役所)
日本初の押しボタン式信号
1934年 (昭和9年) 6月11日
京濱國道(現・国道15号)
梅屋敷前と六郷郵便局前の
二か所に
蒲田区役所によって
自動横断式交通整理信号機
(押しボタン式信号)
が設置されました。
設置理由
関東大震災以降の
モータリゼーションで
京濱國道の自動車の増加に伴い
朝夕多くの小学生が通行する
この場所が選ばれました。
現在
今では当たり前の
押しボタン式信号機の誕生から
90年が経ちました。
信号機は多様化し、
1955年 (昭和30年)
杉並区に
視覚障害者用の
信号機が設置されるなど、
幅広い用途の信号機が
誕生・設置されています。
最後に
交通の安全を守るために
開発・設置されてきた信号機。
先人たちの努力によって
私たちの安全が守られています。
Otapediaは、
荏原市場蒲田分場前に設置された
懸垂式信号機と
梅屋敷前・
六郷郵便局前に設置された
押しボタン式信号機を
「日本初」
「大田区初」
として
押しボタン式信号機が設置された
6月11日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『蒲田警察署五十年誌』蒲田警察署
2.『京濱國道の横断信號機』地方通信
3. Wikipedia『日本の交通信号機』
4.『信号機の豆知識』交通信号機博物館
写真
ヘッダー:当時の写真をAIで再構築したものであります
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