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【奇祭】水止舞復活 厳正寺【7月14日 今日は何の日】(大森東特別出張所) #387

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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厳正寺

1272年 (文永9年) 
北条重時の子と伝わる
法円によって
「海岸寺」として
開山された。

1394年~1428年 (応永年間)
十一世祐恵の時に
現在の「厳正寺」に改称された。

写真:厳正寺
撮影:かえる11号
写真:厳正寺 銘板
撮影:かえる11号

第二世法蜜上人

文永四年
北条茂候の子として生まれ、
高野山で真言密教を学び、
祖父の第一世法円のすすめで
法蜜に改め
嚴正寺二世を継いだ。


大干ばつ

1321年 (元亨元年) 
武蔵国一帯が
大干ばつに見舞われた。

そこで
法蜜上人は、
ワラで龍像を作り
雨乞いの祈祷を捧げて
雨を降らせた。


水止舞(みずどめのまい)

しかし、
大干ばつから
2年後の3月3日より、
今度は数十日長雨が続き、
田畑は流出し、
他国へ逃れる者も多くありました。

人々は、
2年前の法蜜上人の
雨乞いの祈祷が
原因だと考える者も出ました。

そこで
法蜜上人は、
郷民を集め
再び祈祷することを告げ
三頭の龍像彫りを
「水止(しし)」と名付けて
郷民に龍像を被らせ舞わせ
笛太鼓をたたかせ法螺貝を吹いた。
すると黒雲が消え
輝くばかりの日光で晴れ渡った。

以来、
水止舞」と呼ばれ
感謝の舞として
奉納されるようになった。

浄土真宗に転宗したため、
祈禱は行われなくなりましたが
水止舞の奉納は残りました。


水止舞休止

長く受け継がれてきた水止舞も、
昭和初期に休止となり
18年間くらい行われませんでした。

さらに
第二次大戦で
踊り手や水止舞を知る者を失い、
後世へ伝えることが
難しくなりました。

※詳しい休止期間は不明


水止舞復活

1949年 (昭和24年) 頃から
『水止舞縁起史』を基に、
水止舞を知る者が中心となって
復活への準備が進められ、
1954年
(昭和29年) 7月14日
水止舞は復活しました。


東京都無形民俗文化財に指定

1963年 (昭和38年) 3月19日
六郷神社「流鏑馬」他とともに
東京都無形民俗文化財に
指定されました。


厳正寺 水止舞保存協力会

1966年 (昭和41年) には
水止舞保存協力会
発足しました。

写真:昭和40年代の水止舞
出典:©水止舞保存協力会(フォトギャラリー)

現在

約700年にわたる
水止舞の伝統を
水止舞保存協力会が継承し、
毎年7月の歳時として
奉納されています。

地域の人々の手によって
守られながら、
今もそっと息づいています。


奇祭 水止舞

わら筒に入った龍の化身に
勢いよく水をかけ、
こらしめるのが
水止舞の大きな特徴です。

龍神の道行と、
獅子の舞による
雨止めの儀が続き、
この二つの祈りが
重なり合って
「水止舞」とされています。

画像出典:©水止舞保存協力会「水止舞ポスター」
引用元:https://otakushoren.com/event/128561

2026年 (令和8年) 7月12日 13:00

大森第一小学校前から
時間通りに祭りが始まりました。
当日は、
曇天ながらも蒸し暑い一日でした。
しかし、
外国の方も含む
多数の方が観戦に訪れていた。
中には
水に濡れることを楽しみに
訪れた方もいました。

13:00から始まった
龍神の道行は、
40分かけて
厳正寺へ到着し、
その後
水止の舞(ししのまい)
が行われました。

写真:水止舞 注意事項
撮影:かえる11号
写真:水止の舞が行われる開始前の厳正寺内の舞台
撮影:かえる11号
写真:水をかけるための水槽を近隣の方が準備している
撮影:かえる11号
写真:衣装や楽器保存のため募金を募る子供たち
撮影:かえる11号
写真:警固の子ども達と笛吹き・花・籠・三匹獅子(龍神の道行)
撮影:かえる11号
写真:わら筒に入った龍の化身が法螺貝を吹く(龍神の道行)
撮影:かえる11号
写真:水をかける様子(龍神の道行)
撮影:かえる11号
写真:水止舞
撮影:かえる11号
写真:お布施で龍の化身を包んだわら筒のお守りが頂ける
撮影:かえる11号

おわりに

水止舞・・・
参加したら、
おねしょ(夜尿)が治るかも?
そんな願いを込めて参加してみる?

Otapediaは、
水止舞を創始したと
伝えられる
法蜜上人を
「大田区無名の偉人」
として
厳正寺と
水止舞を
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
水止舞保存協力会を
「大田区無名の組織・集団」
として記録します。

Otapediaは、
大田区の記憶を
未来へ遺すという
理念のもとに活動しています。

私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

人々の活動や風景、
残された痕跡は姿を消しても、
地域に刻まれた軌跡を
未来へと伝えていきます。

記事内で使用している
独自の顕彰は、
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『大田区史五十年史』年表・資料・索引
 2.『厳正寺』Wikipedia
 3.『水止舞保存協力会』
 4. ポスター画像:©水止舞保存協力会「水止舞ポスター」
  (画像は大田区商店街連合会サイトより引用)

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