月光値千金


#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

(小説)月光値千金

ナタニエラは窓にひろがる月面の光景をながめている。

地球は真っ暗な天空の一か所に静止したまま満ち欠けをする、大きな青い月。太陽は赤い点のように見える。大気のない月面では、光の拡散がないために、太陽光が降り注ぐことはない、青い空も白い雲も存在しない。月から見る地球は地球からみる月の16倍の大きさ、地球の大気による反射率の高さから明るさはおよそ75倍。1日に1回転する地球上の光景が時速2000キロの速度で過ぎていく。満月のときは青い空と白い雲、大陸と海、そして新月になっても月は姿をかくすが地球はそうではない。都市部の灯りが糸を引くように通り過ぎていく。たとえば、あれはニューヨーク、その下はリオデジャネイロ、そして東京がきたとわかるほどだ。

国際基地に赴任してしばらくはこの景色に興奮していた。たった数年前のことなのに、あの頃が懐かしい。

カーラが地球に帰還してから1週間たった。彼女が話してくれた再生産棟の実態はショッキングだった。それが何を意味するのか、ナタニエラは考えつづけている。

彼女は窓からはなれた。もっともそれは窓ではなく外部の映像を映し出すスクリーンに過ぎない。各棟にはかつて大きな窓がついた部屋があった。ある棟の窓で4重に重ねられた強化アクリルガラスにヒビが入っているのがみつかった。重大な事態に発展する恐れがある。本部棟をのぞいて窓が廃止されスクリーンに置き換えられた。本部にある監視塔の窓も幅一メートル高さ20センチの小型なものになった。ナタニエラは専門家として、地球上でおこなう経年劣化に関する試験方法に疑問を呈していた。加速テストといって、実際の環境の負荷を超える状況、たとえば5倍の負荷に1年間さらし、それで、たとえば10年はもつはずだとする手法だ。自動車、飛行機、船舶、軍用装備品など、この種の試験をみな実施している。しかし、地球上では通用しても宇宙ではそうはいかないのではないか。宇宙線や磁気嵐、気温の激変といった負荷がくわわるからだ。さらに未知の要因が存在する可能性もある。彼女の提言が採用され、経年劣化試験は月面上で行われることになった。費用が30倍ほどに跳ね上がった。そのため、本当にそれが必要なのか、地球でのシミュレーションで十分ではないかとの批判を受けた。しかし、強化ガラスの予想をはるかにこえる劣化が発見されたことで、彼女の正しさが証明されたといえる。ナタニエラの数少ない業績のひとつだ。

ナタニエラは材料試験棟の実験室に向かう。自分を励ますように呟いていた。

「私たちは人類の代表として、人類のために生命をささげるためにここにいる。わたしは物事を中途で放り出すなんてことをしたことがない。子供のころから一度として、ない」

 

米国連邦捜査局(FBI)宇宙犯罪ファイル:「国際月面基地」爆破テロ事件

【極秘:本情報は国家最高機密に指定されている】

【はじめに】

2043年7月11日に発生した国際月面基地における本事案の捜査は、2年半をへた現在もなお難航を極めている。その主要な理由は以下のとおり。

・   月面基地が洞穴崩落によりほぼ完全に埋没してしまったこと。

・   内部を調査するためには、さらなる重機の搬入が必須である。が、必要とされる機材の地球外への搬出を、地球環境への負荷が制限をこえるとの理由で国連・地球環境委員会が許可していないこと。

・   基地の要員33名全員がほぼ確実に死亡していること。

・   本事案のおよそ四年前に起きた基地要員による同僚への傷害事件(犯人は地球へ送還され、現在、某精神病棟にて尋問中)が、業務分担に関する不満に端を発していると判断された。その結果、基地内の命令系統をスパイの組織化と同様、相互不信に基づく分断管理へと変更した。即ち、それぞれの要員が個別に一人のリーダーとつながり、それぞれの要員は同僚が何をしているのかを知らされない、また知る必用もない、すべてを知っているのはただひとり、その人物が誰であるか要員には明示されない、これが徹底されていた。そのため、キーマンの役割を果たしていたアンディ・ハブル亡きいま要員の活動に関する詳細が闇に閉ざされてしまった。

 

以上、改めて、捜査の障害の大きさを痛感せざるを得ない。が、ここへきて一条の光がさしはじめた。それは、爆破の規模の大きさと被害の甚大さから、これは物質の融合・分裂によるものではないかとの説が出てきたからだ。衆知のとおり、あらゆる危険物の基地内への搬入は禁止されている。民間航空の飛行機内よりもさらに厳しい持ち込み検査が実施されており、基地内に爆発物が存在することなどあり得ない。また検討の結果、基地内にはあれだけの爆発を起こす装置は存在しないとの結論にいたった。すると、爆発物は基地内で製造されたのではないかと考えるほかにない。そこで浮上したのがナタニエラ・ミーンズ(材料科学担当上級研究官、当時33歳)である。彼女は基地内の実験棟で新材料開発ならびに月面で採取した岩石の分析を担当していた。

ナタニエラ・ミーンズの略歴は以下のとおり。

2010年、サウスダコタ州ラピッド・シティ近郊に生まれる。パインリッジ高校を優秀な成績で卒業後、奨学金を得てマサチューセッツ工科大学(MIT)へ進学、同大学院にて材料科学を専攻し博士号を取得。MIT材料科学研究所にて研究員として勤務。2036年、NASAの宇宙飛行士に選定されフロリダのJFK基地に配属。その2年後に、国際月面基地建設の要員選抜試験に合格。

MIT関係者からの聞き取り調査によると、ミーンズ博士は、大学入学から博士号取得まで五年半しかかけていない(報告者注:通常は10年ほど)。材料の扱いに天才的な面を持っており、物質の融合・分裂についての知識も豊富であったという。月面から希少な金属要素を抽出し爆発を誘発する。明言はひかえたが、ナタニエラなら、それだけの知識と手腕を持っているのではないか、と当時の指導教授が示唆している。

これに加えて、ナタニエラがラコタ・インディアンの出身のラッセル・ミーンズの曽孫であることが明らかになっている。個人情報保護規定により、NASAでの選考においてはこのことが明示されることはなかった。それがたとえ分かっていたとしても、それをもって審査を歪めることは言うまでもなく違法である。

ナタニエラの曽祖父、ラッセル・ミーンズは、アメリカン・インディアン・ムーブメント(AIM)の中心メンバーのひとり。1970年代の初めにいくつかの事件において中心的な役割を果たした。ワシントンDCでの政府内務省インディアン局の不法占拠、そして、なによりも、ウーンディッド・ニー闘争である。歴史をふりかえると、1890年、多くの子供・妊婦をふくむラコタ族数百名が第七騎兵隊によって無差別に虐殺され、その死者がこの地、ウーンディッド・ニーに葬られている。アメリカ軍が戦車、重武装ヘリコプターまで動員した、数十日におよぶ、インディアンの自由と尊厳を認めさせるとのAIMによる闘争は、全米の、というよりも世界の耳目をあつめた。

しかし、ナタニエラ・ミーンズを容疑者と特定するには、こうした状況証拠だけでは不十分である。犯行自体はともかく、その動機は何だったのか。この点につき、FBIは総力をあげて情報の収集にあたってきた。

ここでは、最も重要かつ核心に迫ると目される資料三点を紹介し、以て、各位による判断材料に供するしだいである。

 

【資料一】

ナタニエラ・ミーンズからの最後のメール。あて先はNASA長官、ジェローム・シムズ。2043年、1月30日、07時41分22秒受信、これは本事案発生のおよそ半年前となる。なお、このメールの背景として、ナタニエラによる地球帰還への要望が、NASA人事局から拒否されていたことがある。帰還を実現するために長官への直訴(報告者注:罰則が伴う禁止行為)に踏み込んだものと推測される。

メール本文:

「シムズ長官、いつも笑顔を絶やさない長官のことを心から尊敬申し上げております。ここ月面基地での任務の最中にも、何度も長官のお言葉を思い起こしておりました。

『君たちは人類の代表だ、月面における国際基地、これを成功させる、そして、そこを人類による宇宙開発の拠点にする、君たちは偉大なる任務を背負っている』

長官、誓って申し上げます、わたしは全身全霊をかけて任務の遂行にあたってまいりました。ご承知の通り、私はラコタ・インディアン部族の出身です。長官、誓って申し上げます、国際基地のなかで、わたしほど弱音を吐かなかった者はいない。ですから、これを弱音とはとってほしくはない。しかし、限界に近づいたと感じているのも確かです。

カウンセラーの診察を受けました。処方された何種類もの薬を服用し、瞑想カプセルのなかで合計五週間を過ごしました。ヨガのクラスやエクストリーム・ダンス・ワークアウト、コメディアンによる笑いのヴァーチャル・セラピーを受けました。でも、効果はなかった。

このままではいずれ業務に支障が出るのではないかと恐れております。もう少しで任期がおわり帰還できる、それまでは頑張ろう。そう自分を励ましてきました。しかし、月面での実験計画が終了するまで、あと四年間、わたしを地球に帰還させない、との決定を人事局が下したと知らされ、ショックを受けております。

長官、お願いです、私を地球に返してください。宇宙開発への巨額にのぼる投資、それに見合うだけの成果を上げなくてはならない。長官が背負っておられる重圧は理解しているつもりです。しかし、優秀な材料科学者はほかにもいる。どうか、ご配慮のほど、お願い申し仕上げます」

 

【資料二】

本事案発生の二年後に、FBIダコタ管轄支局は、心理分析専門家2名をふくむ捜査官12名を、ナタニエラ・ミーンズの出身地である、サウスダコタ州、パインリッジに派遣。ラコタ族居留地でミーンズ容疑者の親族と友人たちからの聞き取り調査を実施した。三か月に及んだ取り調べは、八百ページを超える報告書にまとめられている。ここでは、そのなかから、犯行に至る動機に最もかかわりがあると判断される部分を抜粋する。調査対象に選定された二十二名のうちから、ナタニエラ・ミーンズの母、ナディア・ミーンズ(当時、ラコタ族政府・事務局長、61歳)からの聞き取りの主要個所を以下に示す。なお、インタビューはナタニエラが育った実家で行われた。

 

「母親から見て、ナタニエラはどんな娘さんでした?」

「手のかからない、物分かりのいい子でしたね。親が何も言わなくても勉強もきちんとするし、部活でも、バスケットボール・チームのキャプテンで…」

「パインリッジ高校、女子バスケットボール部。パインリッジ・ソープスは2027年のシーズンに、サウスダコタ州・南地区のチャンピオンになっている。(報告者注:チーム名、ソープスの由来はJim Thorpe:オクラホマ州、ショウニー族出身のプロ・フットボール、プロ野球選手。1912年、ストックホルム・オリンピックにおいて、陸上競技で金メダルをふたつ獲得した。)」

「あのときは、それこそすごい騒ぎで・・・そこの棚にチームの写真と優勝盾が飾ってあります」

「性格的にはどんなお子さんでした?」

「そう、とにかく優しい子でねえ。誰からも好かれて。あの子が感情的になったのを見たことがないんです。だから・・・あんな事件・・・ナタニエラが死んでから、あの子のことをずっと考えて・・・笑っている顔や、明るい声で慰めてくれたり・・・私が病気の時、心配そうに看病してくれたり・・・すみません、涙が止まらなくなって・・・あの子が悩んでいる姿が思い浮かばない。あの子はいつも自分一人でさっさと決めて、そして、一人で外の世界へ歩み去っていきました」

「輝ける宇宙飛行士に選出。知能はもちろん肉体的にも精神的にもアメリカというより人類のエリートとして認められた。お母さんとしては、さぞ・・・」

「私よりも、部族のみんながそれこそお祭り騒ぎで、それで、これは何かとんでもないことが起きたんだと初めて思ったくらいで」

「ところで、ラッセル・ミーンズについてお尋ねしたい」

「ええ、それを聞かれると思っていました。よくご存じのとおり、主人の祖父にあたる人です。若いころ、AIM(報告者注:アメリカン・インディアン・ムーブメント)で活躍したと聞いています。主人は、ナタニエラが七歳のころに死んでいる。ですから、娘は、彼女の曽祖父にあたるラッセルのことなど、何も知るはずがない。もちろんいくら、母親だからといって、娘の心のうちまでは・・・」

「どんなことでも構いません。何かヒントを・・・」

「無駄です。何も知りません。すいません、もうお帰り下さい。ただでさえ一人娘を亡くして寝ても覚めても・・・いくらFBIだからといって、こんな時に・・・」

「申し訳ありません。最後に、ナタニエラの婚約者であるサンダー・ウォーチーフについて・・・」

「月面基地の爆破で娘を疑っておれるのなら、それはとんだお門違いです。あの優しい子がそんなことをするわけがない。ありえないことです。話はそこでおしまい。さあ、お帰り下さい、ここは私の家です、今すぐに出ていってください!」

 

【資料三】

ナタニエラ・ミーンズの婚約者、サンダー・ウォーチーフ(パインリッジ小学校、ラコタ語教師、当時35歳)からの調書の抜粋を以下に示す。

 

「サンダー、あなたとナタニエラ・ミーンズとのなりそめを教えていただけますか?」

「彼女とは、小学校から高校まで一緒でした。小学生のころからうちによく来ていて、というのも、私の祖母、リタは部族のメディシン・ウーマン、つまり精神の指導者でした。そう、ナタニエラのところは、母方も父方も祖父母は早くに亡くなっている。私の祖母は部族の長老でしたから、古い話をよく知っていました。ナタニエラはリタ婆ちゃんの話を夢中で聞いていた。そう、子供のころからずっと、です。リタ婆ちゃんは九十七まで生きていました。だから、MIT時代も、NASAに勤め始めてからも、休暇で返ってくると、必ずうちに来て祖母と話し込んでいた。そのまま泊まっていくことも何度もありました。ア、いいんですか、なんかボクだけ話して・・・」

「大変に興味深いお話です。どうぞ、つづけてください」

「ウォーチーフとミーンズ、両家はともにイーグル・クラン(藩)に属している。その意味では、近しい間柄にあります。ミーンズもウォーチーフも、リタ婆ちゃんによれば純血のラコタです。ラコタの哲学というか生きざま、文化や伝統を知ることにナタニエラはそれこそ夢中になっていました。小さいころから目を輝かせて婆ちゃんの話を聞いている。僕の方は飽きてしまって、外で遊んで帰ってくると、ふたりがまだ話しているのでウンザリした覚えがある」

「ラコタの哲学というと、例えばどんな・・・」

「そうですね、一番大切なこととして、こんな言葉があります。すべては全てにつながっている、すべての者はだれかにつながっている。大いなる精神、ワカン・タンカのもとで、みんながみんなにつながっている。これは、自然すべてをふくみます。木々や森や虫や鳥や動物たち、岩や川や沼や湖、山と谷、風や雨・・・みんなつながっている」

「ところで、ナタニエラがNASAの上層部を批判したようなことはありましたか?」

「彼女は他人を非難するような人間ではない。骨密度低下を補う毎日1時間のトレーニングがきついと漏らしたことはある。でも何よりも、宇宙線被ばくへの恐怖だった。子供が産めなくなるかもしれない、そうなると、あなたとの結婚もできなくなる、自分たちはあらゆる意味でモルモット奴隷モルモットなんだ、と。何年か前に休暇でここへ戻ったときのことです。その後、月面基地の要員による外部との接触・通信が禁止されて・・・」

「基地要員の安全と保護は第一の優先課題であり、被ばくには、徹底したシールドと宇宙服で十分な処置がされている」

「ナタニエラは、材料科学の専門家です。材料も生き物と一緒で老化する。経年劣化、ということを言っていました。それがどのように進むのか実験で確かめる手法がないのだ、と。人間と同じで材料にも個性がある。人間それぞれがどう老化していくかを実験で検証できないのと同様、材料の劣化にも実は分からないことが多い、と」

「材料についての、その説は疑問です。こちらでも調べてみますが・・・」

「そういうことじゃない! ナタニエラが言いたかったのは、人間にも材料にも限界がある、ということなんです。これまで、人類の冒険といわれてきたもの、それはすべて、この地球上で起きたこと。宇宙はまるで別物だ。人類は、宇宙という海原を見わたす浜辺で遊んでいる。しかし、その海は強酸で満たされていて、大波がひとつくればすべてが死滅する。絶対零度の世界、燃える炎に包まれた空間、あるいは、放射線の飛び交う真空の闇。こと宇宙となると、人間の肉体は無論のこと、まずは精神がついていけない」

「それには、異論がありますが、それはそれとして・・・」

「いいですか、この地球にいて、こんな議論をしてみても意味がない。ボクの知っているナタニエラは、知性、肉体、精神、そのどれをとっても大変に強い人間だった。それが、あんなかたちで・・・」

「そのお気持ちはお察しするに余りある・・・」

「違う! あなた方、パインリッジに来て、何かに気がつきませんか? そうなんだよ、あんたたちは気にもしてないんだ。貧困ですよ、貧困! それも、とんでもない貧困だ。しかし白人の眼は決してそれを見ようとはしない。ここはもともと我々の土地です。バッファローを追って暮らしていた。あなた方は、食糧源を断って、ラコタを追い詰めるために、その目的のためだけに、バッファローを殺しまくった。人類史上、最大規模の哺乳動物に対するホロコースト、なんと八千万頭を殺戮したという。肉を食うわけでもなく皮も骨も使わずに、バッファローの死骸は草原に山と積まれたまま放置された・・・。いいですか、この家を出て、通りを二百メートルほど行くと小さな雑貨屋がある。そこへ行ってごらんなさい。幼い子供たちがホットドックの売り場の前で指をくわえています。知ってますよね? 保温器の金属ローラーの上にのったソーセージが回転している、あれです。涎(よだれ)を飲み込みながら子供たちがそれを見つめ、背後で父親や母親が首をふってため息をつく。買ってやりたくても買ってやれないんです。あんたたち、エリートには想像もつかないでしょう。そのたった一ドルか二ドルが出せない。ナタニエラが言っていました。月面基地で、人間が生きていくためにかかる費用は、計算してみると、一人当たり一秒ごとにおよそ二千ドル。何ということだ、一秒ごとに二千ドルですよ! 空気や水、重力、放射線からの防御、排せつ物の処理。月面は空気という保護膜がないから、太陽からの熱で、半日は摂氏百度を超え、もう半日は零下百二十度まで下がる。ですから、人間が生きていくための空間を創出し維持していくのにそれほどの費用がかかる。ところが、ここパインリッジでは、子供たちが腹をすかして涙を浮かべながら眠りにつく。一ドルか二ドルあれば、ホットドッグをほおばる子供たちに笑顔がはじける。贅沢は言わない、何週間かに一度でいいんです。それなのに、人類は宇宙で一体何をするつもりなのだろうか、ナタニエラはこう言っていた。大事なことです。皆さん、上層部にきちんと報告してください。ナタニエラがいずれ連絡してくる。そのときが来たらご連絡します。今日のところはここまでにしてください」

「ナタニエラ・ミーンズは生きていると・・・」

「魂が死ぬことはない。これがラコタの信念です。といっても、白人と哲学論争をするつもりはない。彼女から連絡がありしだい、お知らせします。そこでまた話しましょう」

                 *

サウスダコタ州、ラピッド・シティ、FBIの現地事務所で捜査官ふたりが初対面のあいさつを交わしている。ひとりは40代後半、長身で筋肉質の体型をしており、それをネイビーブルーの三つ揃いスーツでつつみ、日に焼けた顔、髪は白いものが混じったブロンド、それをきちんとなでつけている。もう一人は30くらい。こちらは中肉中背、太り気味でサイズがやや大きすぎるやはり紺色の三つ揃いを着こみ、髪は短く切りそろえ、赤ら顔にいたずらっ子のような笑みを浮かべている。年かさのほうは主任を務めるジョージ・シモンズ、若いほうは捜査官ニコラス・ノートンという。

ジョージが部下に声をかけた。

「ニック、あんたとの仕事は初めてだ。このあたりの生まれらしいな」

「このあたりもなにも、この事務所の裏手の通りに実家があってそこに両親が住んでます。経費削減のために実家からここに通う。経理のクソ女の命令ですがね」

「そりゃあいいな。ホテル暮らしも長くなると疲れがたまっていけない」

「歳は争えないって言いますよね」

「ところで、ニック、あんたのインディアンに対する見方を聞いておきたい」

「ラコタ居留地、パインリッジが目と鼻の先にある。だから、ガキのころからインジャンどもとはかかわってきました。主任、見方ってどういう意味ですか?」

「インジャン、これは黒人をニガーと呼ぶようなものだ。この言葉は捜査では慎んでくれ。見方っていうのは、まあ、好きか嫌いかってことかな」

「好きじゃないというか、はっきり言って大嫌いですね。グズグズ、しおしおしてやがるくせに、心のなかじゃあ、自分たちこそがこの大陸の主人だと、たわけた妄想をいだいている。子供のころのことですが、たとえば殴りつけても、逃げないし、立ち上がって胸をはりやがる。誇り高いというかバカというか。何ももっていない貧乏人のくせに、自分たちは白人より上だと思っている。それがわかるから余計に腹が立つ」

「聞いておいてよかったよ。今回の捜査は慎重に進めるよう上から厳重な指示を受けている。というのも、前回の捜査では大人数で相当無茶なことをやったらしい。だから今回は、最小限の人数でやろうってわけだ。ラコタは近々独立国になる。先住民の権利に関する国際連合宣言が採択されたのが2007年、その50周年にあたる2057年にいくつかの先住民国家が独立する。ラコタもそのひとつに選ばれた。部族内でその準備が進行中だ。連邦捜査局、FBIといえども銃を振り回して飛び込んでいくというわけにはいかないんだ。今回の捜査もラコタ族臨時政府に許可を申請する必要があった」

「主任、俺はあいつらの本性を知っているんです。独立国家なんてチャンチャラおかしい。そんなことができるやつらじゃない」

「ニック、時代の流れだ。世界は変わりつづけている。アメリカ政府も独立への協力を表明した。サウスダコタ、ノースダコタの州名はラコタに由来する。知っていると思うが・・・」

「主任、俺、前から腹に据えかねていたんですよ。ラコタの権利を守っているのが白人の法律家どもだ。バカどもが独立って、白人のくせにやつら何を考えてそんなことに協力するんだ」

「歴史的にみると、連邦政府はインディアンに対して様々な約束をしてきた。それを守るのが正義にかなうというのがそうした弁護士たちの立場なんだろう」

「その結果、サウスダコタの半分がラコタ国の領地になるってわけですかい」

「その協定は1868年に締結された。そのあとラコタ族の聖地、ブラック・マウンテンで金鉱が見つかりウヤムヤになってしまったわけだが。さて、そろそろ時間だ」

ふたりは、上着のなかに手を入れてホルスターに収めた拳銃を取り出すと安全装置を確認した。主任のジョージ・シモンズと捜査官ニコラス・ノートンはFBIのマークが入った灰色のフォードに乗り込みパインリッジのラコタ居留地に向かう。国道を40分ほど走ると、大きな看板が目にはいる。そこには「ラコタ共和国へようこそ」としるされている。夕暮れをむかえ、薄紫の空に大きな月が浮かんでいた。今夜は満月だ。

パインリッジの旧ラコタ族居留地では、黒字に白い円環がかかれた旗が目につく。白い輪は人と動物が手をつないでできている。それは、ラコタの哲学「すべてはすべてにつながっている」を表すシンボルであることをジョージは知っていた。独立すればそれが国旗ということになるのだろう。検問所でジョージが捜査許可証をしめすと、女性がひとり外に出てきた。ベージュのワンピース、楕円形のターコイズが真ん中についたバンドを額にまわしている。それより幅の広い革のベルトを腰に巻き、そのバックルには大きめの青くかがやく丸い石があしらわれていた。30代のはじめに見える。

「リンダ・トゥーイーグル、ラコタ警察の首席刑事です。同行させていただきます。前回のFBI捜査で差別発言があったとのクレームが国民から寄せられたため、今回はオブザーバーとして参加するよう指示されました」

ジョージが乗れというふうに首を動かすと、リンダは後部座席のドアを開け車に乗り込んだ。助手席のニックが舌打ちをする。

ラコタ居留地の道路はカーナビには表示されない。リンダの案内でジョージは慎重に狭い道をたどる。サンダー・ウォーチーフの居住地についた。ドアのまえには本人とおぼしき人物が笑顔をみせて立っている。車を降りた3人をサンダーが家に招き入れる。リビングのテーブルにはコーヒーポットとマグカップ、大きな編みかごのなかにはドーナツが山盛りに積まれている。大ぶりなランプがテーブルの上に置かれ薄暗くなった室内を照らしていた。「今どきランプ生活かよ、おそれいったね」ニックがつぶやく。

ひとしきり挨拶がつづいたあと、ジョージが口火を切った。

「前回の捜査であなたはナタニエラ・ミーンズから連絡があったら知らせるといっていた。そして、それがあったと我々に伝えてきた。ナタニエラは生きているのか、それを知りたい」しばらく間があった。サンダーがこたえる。

「自分なりに西洋の文献をあさってきました。白人の死生観を知ったうえで言葉を選ぶとすれば、こういうことです。ナタニエラが夢のなかで言うんです。あなたが、わたしのことを一番よく分かっている、だから、私について知っていることを話してちょうだい、何を言ってもいいのよ、と」ドーナツをつぎつぎとつまんでいたニックが、口をもぐもぐさせながらつぶやいた。

「あのなあ、夢なら夢とはじめから断っておけよ。そうすれば、こんなチンケなところまで来ることもなかったんだ。FBIをなめるんじゃねえぞ!」色めき立つリンダをおさえるような仕草をみせてから、ジョージがいった。

「ニック、言い過ぎだ。サンダー、もう少し説明してもらえますか?」

「われわれインディアンの言い方をすれば、ナタニエラは生きている。西洋でいうところの『霊魂は不滅』ということでは言い足りない。彼女は生きている」そのとき窓をとおして月の光が部屋の中に注いできた。卓上に置いたランプをつかむと口火をサンダーが吹き消した。

「見えませんか? ナタニエラが、すぐそこに立って聞いている、月から舞い戻って、ほら、そこに・・・そこに立っているじゃないですか!」ニックが椅子をうしろに倒すような勢いで立ち上がった。サンダーがつづける。

「ナタニエラはラコタの守護神、子供たちのガーディアン・エンジェルになると決めた。そのために地球におりたった。もちろん、夫として私は彼女を支えていくつもりです」

部屋の奥の壁に月の光に照らされて人らしき姿が浮かんだ。誰かがそこに立っている。

「貴様、生きていやがったのか!」ニックが拳銃を引き抜いて構える。「ニック、やめるんだ」ジョージが叫ぶ。そのとき、ガタンとドアが開いたような音がした。「裏口から逃げようったってそうはいかんぞ!」叫び声をあげたニックが部屋の奥へと走っていく。追いついたジョージがドアの外をのぞくと、月光に照らされた林間の小道にふたつの人影が見える。先を行くのは女だ。白いドレスが風になびいている。ニックがそのあとを追う。起伏の多い道をふたりとも懸命に走っているようだ。ふと振り返ると壁に大きな絵がかかっているのに気づいた。月光がそれを照らしている。先ほど誰かいると感じたのはこの絵のせいだったのか。

リビングにもどったジョージがリンダと小声で話しているサンダーに聞いた。「奥の壁にかかっている絵は?」

「ああ、あれはナタニエラの肖像画です。彼女が月面基地の要員に選ばれたときに部族の画家が描きました」

「何がどうなっている? サンダー、説明してくれ」

「ジョージ、あなたに理解してもらいたいのは、ラコタ族にとってナタニエラは英雄だということです。彼女のために鎮魂の儀式を毎年行っています。部族主催です。今夜がそのときなので、あなた方に来てもらったのです。英語でスウェト・ロッジ(Sweat Lodge)、ラコタ語でイニピ(Inipi)と呼んでいる。サウナみたいなものと思われがちですが、本当の意味は「蘇り(よみがえ)」ということです。白いドレスの女、彼女が走っていった道はイニピが行われている会場につづいている。あれがナタニエラだとすると当然そっちへと向かうでしょう。儀式は一日がかりで、昼頃に子供たちのために、午後には部族のみんなに、そして夜は親族のために開かれます。わたしもそこに向かわなくてはなりません。リンダもミーンズ家の親族です。ジョージ、あなたにもぜひ参加してほしい」

ニックのことも気がかりだった。ジョージはFBIの車にふたりを乗せイニピの会場に向かう。助手席のサンダーが言った。

「イニピの会場はウーンディッド・ニーの丘の先にあります。ラコタ族の女

性、妊婦や子供などが数百人虐殺された場所です」

ジョージの頭の中に捜査準備のために読んだ歴史書の断片がうかんでは消えた。カスター隊長率いる第七騎兵隊数十名が、ラコタの戦士クレージー・ホースの部隊に皆殺しにされた。それから約20年後にウーンディッド・ニーの惨劇が起きる。アメリカの歴史ではこれをウーンディッド・ニーの戦闘と長いこと呼んできた。ラコタ族の度重なる要請により、これがジェノサイドを意味する「虐殺」と認められたのは1973年のことだ。奇しくもこの同じ年にインディアンの信教の自由が認められた。考えられないことだが、それまでは、インディアン独自の宗教は禁止されていたのだ。このあたりのことはうろ覚えでもジョージは聞いたことがある。今回の発見は、リンカーン大統領がインディアン排除の流れをつくったという事実だった。かれは奴隷を開放した。黒人には使い道がある、しかしインディアンは自尊心が高すぎて使い物にはならない、こう考えたというのだ。1863年、ゲティスバーグの演説。「人民による人民のための人民の政治」の人民にはインディアンは含まれていなかった。

 

会場の近くにくると、目の前に異様な光景が広がっていた。消防車、救急車、パトカーなどが集結しており、人々がその周りを取り囲んでいる。すべての緊急車両はラコタのものだ。

リンダが同僚の警察官をつかまえて聞いたことで事件の概要がわかった。

FBI捜査官の死亡が確認された。その経緯はつぎのようなものだった。

イニピはバッファローの皮で作った大きな洞窟のようなテント、その端に焚き火で熱し赤くなった岩がいくつも置かれており、それに水をかけることで蒸気を発生させる。そのなかで瞑想し祈りを捧げるというものだ。親族用のイニピの準備をしていると、白いドレスをまとった若い女性が駆け込んできた。岩に水をかける役目の巫女(みこ)だというので中に通した。そのあと、FBIの捜査官だと名乗る男が息せき切ってあらわれた。「今はいっていった女を逮捕する、なかに入れろ」という。関係者以外はいれないと断ると、拳銃を向けてきた。仕方なく中に入れた。すると争うような声と音が聞こえてくる。と思ったら、突然「ギャー」という叫び声が聞こえた。なかにはいるともうもうとした煙で何も見えない。テントの側面を開いて煙を逃がした。調べてみると、熱した岩の上に男の体がまるで岩に抱きつくようにおおいかぶさっている。脂肪や筋肉が燃えて煙が出ていたのだ。まるで人間バーベキュー状態だった。

 

以下は、ラコタ警察でおこなわれた関係者の尋問調書の一部である。リンダ・トゥーイーグル首席刑事が担当し、FBI捜査主任ジョージ・シモンズが同席した。まずは白衣の女の証言である。

(問い)名前と職業、出身を申し述べよ。

(答)わたしの名前はカーラ・コスタです。オクラホマ州ショーニー・イン

ディアン部族の出身で、職業は看護師、助産専門の看護師です。

(問い)ナタニエラ・ミーンズを知っているか?

(答)彼女とは国際月面基地で知り合いました。わたしは再生産棟に勤務し

ており、材料科学者であるナタニエラとは所属は違いました。が、キャフェテリアで会って同じ先住民ということで親しくなったのです。

(問い)再生産棟とはなにか?

(答)月面基地では宇宙での出産が可能であることを証明する使命をもったチームの一員でした。再生産棟には出産するために7名の女性がおりました。

国や人種は様々です。背景をもたないことが人選の条件だと聞いたことがある。そこで起きたことを知られたくないからです。たとえば、独身で孤児、親類がいないかごく少ないとかそういったことです。彼女たちに人工授精を繰り返し、妊娠させる。その結果は・・・ひと言でいって悲惨なものになりました。流産につぐ流産、あるいは奇形児の死産。宇宙線の影響なのか、磁気の作用なのか、地球上では見られない細菌のせいなのか。食事ことに水質が疑われました。未知の重金属が溶け込んでいるのではないか、と。そのたびに再生産棟の改修工事が行われ新たな機器が導入される。大変な資金が投入されたのです。わたしの勤務は7年ほどですが、知るかぎり誰も出産に至ることはありませんでした。チームのリーダーたちの焦りは大変なもので、それは末端にいる私たちにも伝わってくる。宇宙産業には莫大な税金が投入されています。宇宙での出産、つまり宇宙空間での人類の再生産が不可能と断定されることにでもなったら、計画が見直され関係者が路頭に迷うことになる。そのため、すべてが秘密裏に進められている、実際、関係者全員が守秘義務契約にサインしていました。

(問い)地球に戻ったのはいつのことか?

(答)月面基地に7年間、そして2年前に帰還しました。

(問い)もどってからは何をしていたのか?

(答)お願いします、もう少し状況説明をさせてください。初期のころは志願妊婦たちの扱いも丁寧でした。ところが徐々にそれがおかしくなる。人権もなにもなくなってしまう。管理者たちの焦りからきていたことは明らかです。妊婦たちにはさすがに遠慮していました。管理者たちが、その分の罵詈雑言をわたしたちに浴びせてくる。まるで強制収容所です。妊婦たちが不満をぶつける相手はわたしたちしかおりません。でも、何もしてあげられなかった。妊婦たちのその後も悲惨でした。実際、精神を病むものもいた。それがきっかけになり、地球に帰還した女性たちは政府関連の精神病棟に隠されています。わたしも知りすぎた人間の一人として、彼女たちの世話をするという名目でそこに幽閉されておりました。だいぶ前から準備をして、2週間ほど前にそこから逃亡したのです。

(問い)サンダー・ウォーチーフの家にいたのはなぜか?

(答)実は私も孤児で、両親も兄弟も親戚もおりません。どこへ逃げたらいいかわからず思い悩んでいたところ、そうだ、ナタニエラの婚約者のところへ行ってみようと思い立ちました。彼女から聞いていたからです。ラコタの居留地に行けば分かると想い、彼の家を探し当てました。ところが家のそばにFBIの車が止まっている。わたしがお尋ね者になっていることは間違いない。これほど早く追手が来るはずはないと思ってはいた。でも、何が起きているのかを知りたくなり、裏口から家にはいりこみ隠れてはなしを聞いておりました。ナタニエラのためのイニピが行われているということはサンダーの家を探すうちに部族の方から教えてもらいました。そうだ、ナタニエラのために私が水やりの巫女になろうと思いました。白いドレスをたまたま持ってきていたからです。サンダーにそのことを頼もうとしてそれを着て彼の家に向かいました。で、FBIの車を見て隠れていた。そして、雲行きが怪しくなってくる。怒鳴り声がする。イニピの開始時間も迫ってくる。そこで、裏のドアから外に出てイニピの会場にむかいました。はじめは歩いていたのですが、誰かが追ってくるので本能的に走って逃げざるをえませんでした。自分が指名手配されていることは予想しておりました。ですから必死で逃げたのです。

(問い)イニピのテントで起きたことを話してほしい。

(答)テントに入ってすぐ、FBIの身分証を示しながら「逮捕する」と男が叫びながら近づいてくる。儀式がおわればともかく、ここで逮捕されてはたまらない、ナタニエラへの思いがかなわない。それで、とっさに岩の上に水をまきました。水蒸気で何も見えなくなった。それでも男は手探りで進んできます。そして悲鳴が聞こえた。同時に肉が焼き焦げるようなジュージューいう音が聞こえ、強烈なにおいと煙が襲ってきた。そこで私は失神してしまったようです。気がついたときにはテントの外の地面に横たえられ、ラコタの女性たちの世話を受けていた。熱した岩の上に男が落ちて死んだと知ったのは、あとになってからでした。

 

次に、サンダー・ウォーチーフの証言調書を示す。

(問い)カーラ・コスタを知っているか?

(答)「知りません。が、カーラ・コスタという名前にはおぼえがあります。ナタニエラが、月面基地の再生産棟で起きている悲惨な事態、これを話してくれた。それを彼女に知らせたのがその名前の助産婦だときいたことがあるからです。会ったことはありません。でも、ナタニエラの月での親しい友人であることは聞いておりました。

(問い)カーラ・コスタがなぜ貴兄の家にいたのか?

(答)分かりません。

(問い)FBIにナタニエラ・ミーンズから連絡があったと伝えたのはどうした理由からか?

(答)ラコタの者ならわかるはずです。彼女が夢にあらわれて、「私を一番よく知っているのはあなただから、もう何を話してもいい」といわれたからです。

(問い)何を話すつもりだったのか?

(答)ナタニエラから聞いた月面基地での悲劇です。妊婦たちの悲惨な境遇と非人道的な扱い。これを話すつもりでした。しかし、このことは最高機密であると彼女から言われておりましたので、彼女の許可がおりるまでは黙っているほかなかったのです。

(問い)FBIに伝えたかったことはそれだけか?

(答)もう一つあります。これもナタニエラが言っていたことです。人類は地球環境に過度に適応した。そのため、地球を支配することになったともいえる。一方で宇宙空間では活動できない。細菌類、昆虫に比べてあまりにもひ弱すぎる。観客として人類は宇宙を観察・分析することはできる。が、宇宙という舞台で演じることはできない。クマムシなら可能性はあるが人類に舞台役者は務まらない。宇宙産業のただなかにいて、こうした意見を表明することが私にはできない。サンダー、これをどうにかして政府の中枢に伝えてほしい。こう言われたのです。

(問い)彼女が夢に現れたといっても白人の世界には通用しない。違うか?

(答)見解の相違は分かります。が、ナタニエラがここにもどってきたことは確かなのです。メディシン・ウーマン、リタ・ウォーチーフの孫として私はこれを述べております。

(問い)ほかに言いたいことはあるか?

(答)ナタニエラが月へ行って5年たち、今は廃止されてしまったようですが、当時行われていた半年の休暇で地球に戻りました。休暇の最後の晩に二人で丘の上から月を眺め話し込んでいました。最後に彼女が言ったことが耳に残っています。それはこんな内容です。

ラコタ族は古くから「月」を崇めてきました。天空を移動しながら形を変える。死と再生を繰り返す月。それは、祈りの対象でした。これは、各地の神話にみるとおり、人類に共通する感情だと言われている。ですから、月から見える「青い月」すなわち地球の眺め、人間がそれに長く耐えられるとは思えない。精神のどこか深い部分が徐々に侵されていく。そして、はっきりと悟る。ラコタの偉大なる精神、ワカン・タンカのいないところで生命は存在できない、と。毎日、毎日、これを実感する、これほどつらいことはない? 自分たちの存在が拒否されているという感覚。それが頭から離れてくれない、毎日、毎時間、毎分、毎秒…。

ナタニエラが宇宙飛行士に選ばれたときに、祖母のリタがナタニエラに言った言葉がりあます。「宇宙は人間のための場所ではない。無理に力を加えると、人類に災いが降りかかってくる、そういう場所だ」 最後に話したときに、ナタニエラが言ったのです。「今になってリタお婆ちゃんの言葉の意味が分かった」と。

(問い)ナタニエラはあんたの婚約者だが、部族にとって彼女は英雄だ。彼女が残した言葉があれば教えてほしい。この記録が外部に漏れることはない。部族内で保管する。遠い将来になると部族のものにナタニエラ発言集として伝わることはあるかもしれんが。

(答)わかりました。彼女が言ったことを長いこと考えてきましたので、なるべく端的にまとめてみます。

ナタニエラの発言その1。人類はこの宇宙で孤独な存在であり、地球でしか生存できない。このことに気づいたとき、どう反応するか。それが人類の生存可能性を決定するだろう。500年前に天動説から地動説への転換があった。これ以上の心理的な変化に襲われる。その時どう動くか、これがすべてだ。円盤、宇宙船などとはやし立てているのは宇宙産業の関係者だけだ。何も来ないし、誰と遭遇することもないし、怪奇な現象は何も起きない。人類は地球という惑星に住む孤独な存在、宇宙の孤児なのだ。

ナタニエラの発言その2。これまで人類はより遠くへ、より高く、より速く、と関心は外に向かっていた。そうした時代は終わる。殺す者は殺される。人類史の教訓はこの言葉に尽きる。これからは、共生がキーワードだ。火星に移住することなど夢のまた夢。宇宙産業が語る夢から覚め、人類には地球しかないと悟ったとき人類は地球環境をわがこととして初めてとらえることができる。それができなければ人類はただ滅びていくだけだ。

ナタニエラの発言その3。ラコタのモットー「すべてはつながっている」は本質をついている。ご先祖様はそれを理解しておられた。われわれはそれを誇りに思わなくてはならない。白人たちの攻撃でラコタの民はひどい目にあってきた。しかし、我々のほうが文明的には数段すすんでいたのだ。そのことがはっきりとしてくるだろう。白人たちも己の浅はかさに顔を赤らめるときがくる。ラコタが独立したあかつきには、我々の生きざまを実践して、それを世界に示そうではないか。ラコタには使命がある。いかなる困難に直面しようとも、もその使命を果たしてほしい。

 (問い)サンダー、貴重な証言、部族を代表して感謝します。

 

白衣の女、カーラ・コスタ、およびFBI捜査官、ニコラス・ノートンがイニピに走りこんできたときに、その場にいたラコタの関係者。そのうち4名から状況を聞いたがその証言は省略する。

                 *

証人尋問は日付が変わるころにおわった。翌日、早朝から現場検証にうつる。トゥーイーグル首席刑事の指揮のもと、ラコタ警察がそれを主導した。FBIが調査チームを送るとの要請を出していたが、ラコタ警察はこれを却下した。やむをえず、FBIとしてはジョージ・シモンズ主任捜査官が代表して参加するにとどめることとなった。

現場につくと、消防車がまだ放水をつづけていた。FBI捜査官が貼りついた岩からはまだ水蒸気がたちのぼっている。焚火のなかで三昼夜熱せられた岩はそう簡単に冷えてはいかない。「冷却は最終段階です」ラコタ消防局の担当者がリンダ・トゥーイーグルに報告した。そのご消防車が引きあげてから、捜査チームはイニピのテントに踏み込んだ。肉の焼ける強烈なにおいがただよう。消防局からの助言にしたがい、手わたされた防煙マスクとゴーグルを装着する。それでも、せき込むものがいた。

ニコラスのからだは大きな岩を抱くように上からかぶさっていた。右手と左手はそれぞれが小さめの岩の上に置かれている。腰部は別の岩の上にあり。両足は岩の外に投げ出されていた。肉と皮膚が焼け落ち、頭蓋骨、肋骨、背骨、腰骨があらわになっている。足だけは形がわかる。が、ズボンは燃えてしまい皮膚がケロイド状に泡立ちパンパンに膨れている。あまりに凄惨な光景に声をあげる者もいない。

ニコラスが倒れこんだ状況を検証しようにも、周辺は消防隊の足跡に踏み荒らされている。カーラが立っていた位置、ニコラスが近づいてきた経路を彼女から確認するのが精いっぱいだった。岩がつみ重ねられた炉はテントの突き当りにあり、まわりは人ひとりがやっと通れるくらいの狭さだ。カーラは右手で水桶、左手には柄杓をもっており、ニコラスを突き飛ばすことは不可能だ。カーラもそれを否定した。カーラは水を、何度か、おそらく三度か四度かけたという。燃えて消失した桶と柄杓にかえて新しいものを手にして、そのときの様子を彼女が実演してみせた。これによって立ち上った水蒸気により視界をうしなったニコラスが何かにつまずいて炉のなかに倒れこんだ、こう推定するほかにない。

 

ラコタ警察本部の会議室で一同は現場検証につき議論した。その結論部分を示す。

1.     ニコラス・ノートンFBI捜査官の行動は常軌を逸していた。カーラ・コスタをナタニエラ・ミーンズだと思い込み、確認を怠り「逮捕する」と大声をあげながらカーラに近づいていった。正当な捜査手順を踏んでいないことは明らかだ。

2.     カーラの立場からすると、追いすがってくるニコラスへの恐怖感から、自衛のために炉の中に水をまいた。彼女の行為は正当防衛といえる。

3.     ふたりの位置関係からいって、カーラがニコラスの体に触れることはできなかった。

4.     したがって、ニコラスが何かにつまずいて(消防活動により現場が踏み荒らされているため、その何かを特定することはできなかった)炉のなかに倒れこんだことは明白であり、したがって彼の死は事故によるものと結論づけた。

 

この報告は、警察署長をとおして、ラコタ臨時政府大統領へ伝えられた。また、ジョージ・シモンズ主任捜査官をとおして、FBI当局に届けられた。

なお、カーラ・コスタによる亡命申請がラコタ政府・出入国管理局により緊急承認され、サンダー・ウォーチーフが彼女の身元引受人として指名された。

                 *

その夜、ラコタの民はウーンディッド・ニーに隣接する丘のふもとに集まっていた。そこにはナタニエラのための祭壇が設けられている。立てられた木のてっぺんに白いものが乗っている。横木には白いドレスがかぶされていた。FBIのジョージにサンダーが説明する。

「ナタニエラを出迎える儀式、これを主宰しているのはわたし母のキャサリン・ウォーチーフ、部族のメディシン・ウーマンだったリタの長女です。キャサリンはラコタ共和国の祭祀(さいし)長官を務めています。あれは楓(かえで)の木、男性だと樫(かし)が使われます。上に乗っているのは雌のバッファローの頭蓋骨、白いドレスはナタニエラの母親が準備しました。本人が着ていたものだと聞いています。これから太鼓に合わせて祝詞(のりと)があげられます。そのあとで、キャサリンが聖なるパイプをふかしながら祈りを捧げる」

その夜は曇りで月は出ていない。

ところがキャサリンの祈りがはじまると、少し欠けた月が雲間から顔を出した。まるで歩くように月の光がゆっくりと下りてくる。発生した霧のせいもあり細かな光の粒が流れるように落ちてきた。バッファローの頭蓋骨にそれが降りそそぐ。人々が歓声をあげる。楓の木、白い衣装、白い頭蓋骨が光のなかで女性の姿に変わる。ナタニエラが降臨した。歓声がさらに高まり、まるで合唱のようにひびく。「ホワイト・バッファロー・ウーマン」人々はそう叫んでいた。

ジョージは驚きの表情を浮かべて祭壇を見つめている。かれの耳にサンダーがささやいた。

「ラコタの聖女は昔からホワイト・バッファロー・ウーマンと呼ばれます。ナタニエラが部族の聖なる使い、月から降りてきた聖女、子供たちの守護神になったのです」

                               (了)

 

 

 

 

 

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