束縛と解放の儀式には、ちゃんと意味があったんだ。

関西に住む母の名代で、東京で執り行われた大学の同級生のお葬式に出席してきた。
10年以上認知症を患い寝たきりだったので、遺影に笑顔で写る故人も、親族も、亡くなった哀しみより、ようやく「解放された」という感の強い、家族葬や、こじんまりとした葬儀が増えた昨今では珍しく、大人数を集めた賑やかな式だった。

葬儀が生きることからの解放の儀式なら、結婚式は夫婦になるという束縛の儀式である。家族を失う、家族を作ろうと言う両極端であるが、愛する人たちが集まる、愛の儀式なのだ。

2回、ありえンやろ!という結婚式に招待されたことがある。

ホテルの式場へ着くと、着飾った招待客たちがざわざわしている。何事だろう、めでたい席なのに思ったら、招待状に書かれていた新郎新婦とは違う夫婦が式を挙げることになっているではないか。
詳しく訊くと、本来式を挙げるはずだった兄の新婦が、やっぱり結婚は嫌だと式の前々日に遁走してしまったのだ。
父親が、弟に、付き合っている彼女いるよな、式場のキャンセル料、今なら全額払わないといけなくなる、兄の代わりに結婚しろ!と言い、急遽、弟の結婚式になったのだ。
まだ、インターネットも無い時代で、余りにも急だったので、連絡が届いていない親族や友人たちもおり、式場でそのことを知った人も多く混乱していたのだが、無事?結婚式は終わり、その時式を挙げた弟夫婦には、もう孫もいることを考えれば結果オーライである。

もう一つのありえんやろ!は、結局、結婚式さえ挙げられなかった。
招待状を送付済みというような関係の男女なのに、彼女の部屋を訪れた男性がコトに及ぼうとしたら、結婚前にそういう事をするなんてと、鼓膜が破れるほど強く頬を張り倒したのだ。
怒った男性は、何が悪いというのか、しかも暴力を振るうような女性とは、とても夫婦にはなれないと結婚を取りやめた。
そして、其処からが男女の謎なのであるが、婚前交渉を頑なに拒んだ彼女は、その後、不倫をして評判を酷く落としていた。
はて?
婚約者とは致さず、人の旦那とは致す。どういう倫理観を持っている女性なのか今もって謎であるが、まあ、妻には向いてはいないことだけは確かである。

苦手なものを挙げろと言われたら、ディズニーランド、カラオケ、ラブホテルである。
何が悲しゅうて、大の大人がネズミの耳つけてはしゃがないかンのか、カラオケと言うシステム自体が嫌い、そもそもとして、素人が気持ちよく歌っている下手な歌なぞ聴きたくもなければ見たくもない、ラブホという建物が醜悪で清潔でもない。要するに、私にとり全てが滑稽に見える。
勿論、どれも経験したことが無い。

何が好きかという価値観は共有しやすいが、何が嫌いかと言う価値観こそすり合わせておかないと、結婚生活を続けるのは難しいというのが自分を含めての実感である。
夫も、その3つとは縁が無く、「成熟した大人であること」に重きを置く生活観が同じ夫婦であった。
二人とも、仰々しい結婚式や葬式を望まず、日々の生活の延長線上で何気なく籍を入れたので結婚式は挙げておらず、夫の葬式もしなかった。

わたしが夫を亡くした後の2年間、酷く落ち込み鬱になってしまった事の一因は、結婚式も葬式もしなかったことがあるのではないかと今になって思うときがある。
 社会や周りの人たちに夫婦として認められる結婚式や、生きている人や世間との決別を告げる葬式をしていないと言うことは、けじめとしての儀式を行っていないので、つらつらと日々募る思いが断ち切れなかったのではないか。
古代から続く儀式には、それなりの理由があるからこそ脈々と途切れることなく続いているのだと今は理解している。

子どもの頃から、可愛いを代表するピンクが嫌いな女の子だった。フリルもレースも好まなかった。
赤毛のアンは、大好きな読み物だったけれども、アンがパフスリーブの服を着たがるエピソードだけはピンとこなかった。
そんな感性の私が、友人の子どもたちを連れて、ジブリ美術館へ行かなくてはならなくなった。
今、大学生の子が3歳だったので随分と前の話である。
まあ、頼まれたのだから仕方が無いかと渋々三鷹まで運転して行ったら、何と、猫バスがいるではないか!リアル毛皮モフモフ猫バスである。
興奮した子どもたちと一緒に乗ろうとしたら、お子様だけで大人は乗れませんと制止された。
何でや!?大人こそ、猫バス乗りたいやろ!と心中憤りながら、大人であるからこそ、そうですよねッと自分の浮かれた態度を照れ笑いでごまかし、猫バスを堪能する子どもたちを柵の外から心底羨ましく思った。

ディズニーランドも、カラオケも、ラブホテルも、そして猫バスも、経験したらきっと楽しい。
儀式と同じで、必要が無ければ、そして楽しく無ければとっくの昔に無くなっているだろう。
結婚式も葬式も、暫くぶりの人たちと会える数少ない社交の場である。

猫バスの頃の宮崎駿作品は楽しめた。それが、どんどん小難しくなり、「君たちはどう生きるか」などと言われても、どう生きるかと言う言葉を使わず、どう生きるのかをエンターテイメントで表現するのが作家だろうにと思う。
人生と言う言葉を使わずに人生を語るのが作家だろうと。
河井寛次郎も、「用の美」を追求する民芸運動を扇動していた頃は、「暮らしが仕事 仕事が暮らし」という彼の言葉通り、素朴で実用的な作陶であったが、晩年、オブジェなどのアート作品を作り始めてからの作品は美しくは無い。

歳を重ねると、精神的な境地が深まるが、職人が芸術家になっても、芸術家が職人になっても、芸術そのものとしての表現は深まらないのだなという結論を持つ。
職人は職人の深さを、芸術家は芸術家の深さをだ。

人生後半戦のわたしが、膨らんだ袖のピンクのワンピースを着て、結婚式や葬式に出席し始めたら、ああ、束縛も開放も分かんないくらいボケちゃったんだなではなく、そんな小さいことに拘らない本物の成熟した大人になったのだなと温かく見守って下さいますように、よろしくです。

#モノカキングダム2025








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