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アカネサス構想シリーズ|第108回【ストア哲学と経営判断】──27年間、壊れなかった男の物語

こんにちは、株式会社アカネサス代表の北條竜太郎です。

今日から
ストア哲学と経営判断について
お伝えします。

「なぜ彼は壊れなかったのか」

これは偉人の話ではありません。

経営者として読むべき
最も根本的な問いを含んでいます。



◆ 1990年2月11日、扉が開いた

1990年2月11日、
日曜日の午後3時すぎ。

南アフリカ、
ケープタウン郊外の
ヴィクター・ヴェルスター刑務所。

その鉄の扉が、
ゆっくりと開いた。

世界中のカメラが、
その瞬間を待っていた。

アパルトヘイトへの抵抗を理由に
27年間投獄されていた
ネルソン・マンデラが、

71歳にして初めて
自由の空気を吸う。

歴史的な瞬間のはずだった——

しかし映像の中にいたのは、
憎しみに満ちた老人ではなかった。

妻ウィニーと手を繋ぎ、
右手を高く掲げ、
まっすぐ前を見て歩く男がいた。

その顔には
怒りも疲弊も読めなかった。

ただ、
静かな確信だけがあった。

その姿を見た人々は、
一様に戸惑ったという。

これほど長い年月、
これほど理不尽な状況に置かれながら、
なぜこの人は壊れていないのか、と。


◆ 27年間という時間

なぜ彼は壊れなかったのか。

まず数字を置いてみます。

1963年、
マンデラが投獄されたとき、
娘たちはまだ幼かった。

彼が釈放されたとき、
娘たちはすでに中年になっていた。

日本で言えば、
高度経済成長期からバブル崩壊後まで、

まるごと刑務所の中で
過ごした計算になります。

ロベン島での最初の8年間、
彼に許されたのは、

「年に1通の手紙」と、
「年に1回30分の面会」だけ。

採石場での強制労働が毎日続き、

石灰岩の照り返しで、
視力は永久に傷ついた。

独房の広さは
180センチ×270センチ。

布団1枚と
薄い毛布が全財産だった。

それでも彼は、
出てきたのです。

壊れずに。

憎しみではなく、
「戦略」を携えて。


◆ モーガン・フリーマンが指名された理由

2009年の映画『インビクタス』で
マンデラを演じたのは、
モーガン・フリーマンです。

この配役は、
マンデラ本人が指名した。

「自分を演じられるのはあなただけだ」と、
フリーマンに直接伝えたという。

二人は実生活でも
友人関係にあった。

なぜフリーマンだったのか。

顔が似ているからではありません。

「品格の重力」が似ているからだと、
映画を見た多くの人がそう感じます。

怒りを長期間にわたって
抑制した人間だけが持つ、
静かな重さ。

それをフリーマンは体で知っていた。

アメリカ南部の黒人として育った彼の人生が、
その素地を作っていたのです。

俳優が役を「理解して演じる」のではなく、
「すでに自分の中に持っているものを差し出す」

——マンデラはそれを見抜いていた。

人を見る目の精度が、
27年間の修練から来ていることがわかります。


◆ なぜ経営者が哲学を学ぶのか

ここで
本連載の前提を
一度明示しておきたいと思います。

哲学は長らく、
役に立たないものの代表として
扱われてきました。

ビジネス書を読む時間があれば、
実践的なフレームワークを学ぶべきだ
という声もある。

それはある意味で正しい。

しかし、

経営の現場で何年も仕事をしていると、
フレームワークが機能しない局面が
必ず来ます。

売上が落ち、
優秀な人材が去り、
信頼していた人間が裏切り、

手を尽くしても解決しない問題が重なる。

そういう局面で、
フレームワークは無力です。

哲学が必要になるのは、
まさにその瞬間です。

具体的に言えば、
哲学が経営者に提供するのは
「答え」ではなく「問い」。

状況がどれだけ悪化しても、
自分の内側に立ち戻れる
問いを持っているかどうか。

それが、
長期的な判断の質を決めます。

マンデラは27年間、
問いを持ち続けた。

だからこそ、
出口で戦略を持てたのです。


◆ なぜ今、2000年前の哲学か

ストア哲学は今、
空前のリバイバルを迎えています。

シリコンバレーの起業家、
軍の特殊部隊、
プロスポーツ選手——

最も過酷な環境で結果を出す人間たちが、
競うようにこの哲学を参照しています。

偶然ではありません。

現代は
「コントロールできないこと」
が爆発的に増えた時代だからです。

情報過多、
SNSによる他者評価のリアルタイム可視化、
地政学リスク、
AIによる産業構造の激変——

人間が処理できる以上の外部刺激が、
24時間休まず押し寄せてきます。

特に食品製造業は
その最前線にいる。

規制・補助金制度・原材料コスト・気候変動という、

自分でコントロールできない要素に
最も晒される業種のひとつだからです。

昨日まで使えた
補助金スキームが今日変わり、
原材料が半年で3割上がる。

そういう世界で
経営し続けなければならない。


◆ コントロールの二分法

ストア哲学の核心は、
2000年前から変わっていません。

コントロールできることと
できないことを厳密に区別し、
できることだけに全力を注ぐ。

人間の本質が変わっていない以上、
この問いの有効性も変わらない。


◆ 2000年前の奴隷が答えを持っていた

エピクテトス。

紀元1世紀、
フリギア(現在のトルコ)生まれの奴隷。

主人に足を折られ、
売買され、
一切の外的自由を持たなかった人間が、

「自由とは何か」について
最も深い言葉を残しました。

「自分の力の及ぶことと及ばないことを区別せよ。
及ぶことには全力を注ぎ、
及ばないことには無関心でいよ。」 

——エピクテトス『エンキリディオン』第1章より

この一文を
「コントロールの二分法」と呼びます。

シンプルに見えるが、
実践は難しい。

なぜなら、

人間は本来、
コントロールできないことに
反応するようにできているから。

他者の評価が気になり、
競合の動きが気になり、

将来の見通しが立たないことへの
不安が判断を鈍らせる。

これは弱さではなく、
人間の設計仕様なのです。

・コントロールできること
——判断・態度・意志・行動・努力・今日何をするか。

・コントロールできないこと
——他者の評価・景気・競合・天候・過去・補助金の採択結果。

マンデラに残されていたのは、
前者だけでした。

だから彼は前者だけに集中し続けた。

27年間、
一日も例外なく。

全てを奪われたとき、
人間は初めて
「残っているもの」に気づきます。

エピクテトスもマンデラも、
それを極限状態の中で発見した。

経営者がこの哲学から学べるのは、
極限状態を待たずに、
その発見を今日の判断に使える点にあります。


◆ 今日の問い

今あなたが最もエネルギーを使っているのは、
コントロールできることでしょうか?

補助金が採択されるかどうかは、
コントロールできません。

しかし
申請書の質は、
今日コントロールできます。

競合が何をするかは、
コントロールできません。

しかし
自社の強みをどう磨くかは、
今日コントロールできます。


◆ 1978年、クリスト・ブランド19歳

1978年。

クリスト・ブランドは19歳だった。

白人の青年として、
ロベン島の刑務官に着任した。

採用面接で伝えられたのは、
「南アフリカ最も危険なテロリスト」が
この島にいるということだった。

研修では、
囚人との私的な接触を禁じられ、
「距離を保て」と繰り返し言われた。

緊張しながら、
房の扉を開けた瞬間。

そこにいたのは、
60歳の老人だった。

老人は床から立ち上がり、
まっすぐブランドを見て、
静かに言った。

「おはようございます。」

敵意はなかった。

圧力もなかった。

ただ、敬意があった。

囚人が、
先に刑務官を尊重した。

ブランドはその瞬間、
自分が「何かに対処する準備ができていない」
ことを感じたという。

訓練されてきたのは
危険な囚人への対応であり、
このような人間への対応ではなかった。


◆ 敵対から友情へ

ブランドはその後12年間、
マンデラの担当刑務官を務めた。

最初の数年は、
規則通りの関係だったが、
少しずつ変化が起きた。

マンデラが何かを頼むとき、
命令ではなく「相談」の形で話しかけた。

ブランドの家族のことを気にかけ、
名前を覚え、
体調を聞いた。

特別なことをしているわけではなかった。

ただ、
人として当然の接し方をし続けた。

やがてブランドは、
本を密かに差し入れるようになった。

規則違反だった。

面会の便宜を図るようになった。

これも規則違反だった。

そしてある夜、

上官から
「マンデラの房に盗聴マイクを仕掛けろ」
という命令が下った。

ブランドは、
マンデラの房に向かった。

しかし彼がしたことは、
マイクを仕掛けることではなかった。

部屋に入り、
無言でマンデラを見た。

マンデラはすぐに理解した。

二人の間に言葉はなかった。

しかしその沈黙で、
すべてが伝わった。

ブランドは後にこう語っている。

「マンデラは言ってくれた
——あなたは私の足首に鎖をはめた。
しかし鎖を持ち上げて、私を尊重して扱ってくれた、と。」 

——クリスト・ブランド

釈放後、
マンデラはブランドに国会の職を用意した。

囚人と刑務官の関係は、
友情に変わっていた。


構造的ポイント

・マンデラは27年間の投獄で
 壊れずに戦略を携えて出てきた

・ストア哲学の核心は
 「コントロールの二分法」

・コントロールできることだけに
 全力を注ぐ

・現代は「コントロールできないこと」が
 爆発的に増えた時代

・食品製造業は規制・補助金・原材料コスト
 という外部要素に最も晒される

・マンデラは刑務官に
 人として当然の接し方をし続けた


次回予告|経営者が「接し方」を設計するとは

なぜ刑務官の内面は変わったのか。

マンデラは刑務官を変えようとしたわけではなく、
ただ自分の接し方を毎朝選び続けただけ。

経営者が「接し方」を設計するとは
どういうことか。

そして、
ウィニーはなぜ正反対の方向へ進んだのか。

追い詰められたとき、判断は歪む——

次回の最終回でお伝えします。


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