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【ストア哲学と経営判断③】──大丈夫だと言い続けて、矛盾の中に生きる

こんにちは、株式会社アカネサス代表の北條竜太郎です。

今日は
民事再生での経験と
矛盾を抱えることの意味について
お伝えします。

「先が見えないまま、大丈夫だと言い続ける」

これは美談ではありません。

恐怖の中で立ち続けた
現実の話です。



◆ 最も恐ろしかったこと

私が経験した民事再生で
最も恐ろしかったのは、
先が見えないことではなかった。

先が見えないまま、
「大丈夫だ」と
言い続けなければならないことだった。

社員に。

取引先に。

そして銀行に。

自分自身が全く大丈夫だと思っていないのに、
平然と話をしなければならない。

それが15年間で
最も消耗したことだ。


◆ 22億円とはどういう数字か

家業の菓子メーカー、
茜丸を引き継いだとき、
そこには22億円の負債がありました。

22億円という数字を、
どう想像すればいいか。

食品業界の中小企業が
年商数億円のスケールで
事業を回しているとき、

22億円の負債は
その何倍もの重さとして経営にのしかかります。

返済計画は15年。

毎年、
毎月、
返し続けなければ会社は終わります。

最初の頃、
私は自分が引き継いだものの
全貌を把握しきれていませんでした。

数字は見えていましたが、
22億円が何を意味するか、
「体でわかる」には時間が必要だったのです。

それがわかったとき、
初めて「本当の恐怖」が来ました。


◆ 一番怖かったこと

「全てを失うこと」が、
最も怖かった。

家業がなくなる。

あって当たり前だったものが、
なくなる。

その感覚は、
数字への恐怖とは別の場所にありました。

日本の食文化に長年根ざしてきた会社が、
自分の代で終わる。

従業員の生活が終わる。

取引先との関係が終わる。

積み上げられてきた全てが、
自分の判断次第でなくなりうる。

その重さが、
毎朝出社するたびに
背中にのしかかっていました。

そしてもう一つ。

私はその後、
会社を出ました。

結果として、
全てを失ったのです。

怖れていたことは、
最終的に現実になりました。

だから今、
「あのとき怖かったけど乗り越えた」
という美談は書けません。

怖かった。

そして実際に失った。

それが事実です。


◆ それでも毎朝、立った

しかし、
それでも私は毎朝出社しました。

社員の前に立ち、
取引先と交渉し、
銀行と話をしました。

内側では大丈夫だなんて
一ミリも思っていませんでした。

15年間、
「大丈夫かもしれない」という感覚が来た瞬間は
ただの一度もありません。

今でも思っていません。

それでもやり続けた。

なぜか。

「今日、
自分にできることを
するしかないから」です。

会社が大丈夫かどうかは
コントロールできません。

しかし、
今日の交渉資料を仕上げることはできます。

今日の社員との会話の質は
コントロールできます。

今日の「一つの判断」は
コントロールできます。

哲学として学んだわけではありません。

追い詰められた結果として、
そこにたどり着いたのです。


◆ マルクス・アウレリウスの日記

ローマ帝国の皇帝マルクス・アウレリウスは、
在位中、
毎日日記を書き続けました。

「また苛立ってしまった」

「また他人の評価を気にしてしまった」

「今日も哲学者として生きられなかった」

彼の在位期間は、

ゲルマン民族の侵攻、
東方との戦争、
帝国内のペスト流行が重なる時代だった。

『自省録』の一章は
「グラヌア川沿いにて」と題されています。

つまり、
戦場で書かれた日記です。

帝国最大の権力者が、
戦場のテントの中で、
「今日また失敗した」と書き続けた。

この日記は彼の死後に発見され、
出版されました。

彼は
誰かに見せるために
書いたのではありません。

感情と判断の間に、
毎晩距離を置くために書いたのです。

マルクスと私の状況は全く異なります。

しかし構造は同じです。

コントロールできない巨大な圧力の前で、
それでも
今日できることだけをやり続ける。

その実践を支える何かが絶対に必要で、
マルクスは「日記」を選んだのです。


◆ 「大丈夫だと言う」ことの意味

民事再生の局面で、
社員の前に立って
「大丈夫だ」と言うことは、

嘘をつくことではありません。

それは
「今日の私にできることをやる」
という意思表明です。

大丈夫かどうかはわからない。

しかし、
今日動くことはできる。

その意味において、
「大丈夫だ」という言葉は真実でした。

コントロールできないことへの
楽観ではなく、

コントロールできることへの
コミットメントとして言っていたのです。

社員は、
そこを見ています。

経営者が
「コントロールできないことへの恐怖」を
顔に出して立っているとき、

組織は止まります。

「コントロールできることをやる」という
姿勢で立っているとき、
組織は動き続けます。

マンデラが釈放の瞬間、
まっすぐ前を見て歩いた理由と、
構造は全く同じなのです。


◆ 哲学が後から来た

エピクテトスもマルクスもセネカも、
あの15年間は知りませんでした。

後にストア哲学を読んだとき、
自分がやっていたことに
「名前」がついていると知りました。

「コントロールの二分法」

「感情と判断の分離」

「今日できることへの集中」

——これらは
私が修羅場の中で手探りでたどり着いたことと、
同じ構造をしていました。

だからこそ、
この連載を書いています。

哲学は書斎の中だけのものではありません。

経営の現場でこそ、
使える武器なのです。

ただし、

使えるようになるには、
具体的な「自分の場面」と
結びつける必要があります。

あなたが今、
コントロールできないことへの
恐怖の中にいるなら——

それは正常です。

恐怖がないことが異常です。

問いはただひとつ、
「今日自分にできることに戻れているか」

その一点だけなのです。


◆ セネカを批判するのは簡単だ

セネカを批判するのは簡単だ。

ルキウス・アンナエウス・セネカ
(紀元前4年頃〜65年)。

ストア哲学者にして、
ローマ最大の財産家のひとり。

暴君ネロの家庭教師として
権力の中枢に生きながら、

「欲望を捨てよ」

「時間を無駄にするな」

と説き続けた。

同時代の批評家たちは
彼を偽善者と呼んだ。

当然のことだろう。

しかし私がセネカに惹かれるのは、
彼が偽善者だからではない。

「自分の矛盾を隠さなかった」からだ。


◆ セネカの答え

「哲学者が財産を持つことは問題ではない。
その財産に支配されることが問題だ。」 

——セネカ『幸福な生について』

この一行は、決して苦しい言い訳ではありません。

セネカが言いたかったのは、
「外にあるものの有無」ではなく
「内面での関係」の問題だということです。

財産があっても、
それを失う恐怖に支配されているなら、
その人間は財産の奴隷。

逆に財産がなくても、
その不在に囚われているなら、
やはり奴隷なのです。

地位があっても、
それを失う不安で判断が歪んでいるなら、
「地位の奴隷」。

売上があっても、

それが落ちることへの恐怖で
動けなくなっているなら、

「売上の奴隷」。

外側の状況ではなく、
内側の関係性が問題なのです。


◆ 私自身の矛盾

この連載でストア哲学を語りながら、
実は私自身が大きな矛盾の中にいます。

アカネサスの収益構造は、
政府の補助金政策に大きく依存しています。

HACCP補助金、
農水省の補助金スキーム——

これらが
会社の売上の根幹を支えています。

政策が変われば、
収益が揺らぐ。

その意味において、
私は「コントロールできないもの」の上に
会社を建てているのです。

さらに言えば、

「補助金申請の専門家」
という看板についても、

自分自身で疑問を持っています。

「専門性が高い」
と言える部分は確かにあります。

HACCP補助金において
国内最大規模の実績があり、

農水省の補助金申請においても
独自のノウハウを持っている。

それは事実です。

しかしその専門性は、
「制度」に紐づいています。

補助金制度が変われば、
その専門性の価値ごと変わる可能性がある。

制度に依存した専門性は、
本当の意味での専門性と言えるのか——

自分でも、
常にその問いに引っかかっています。

「コントロールできないことに依存するな」
と説きながら、

コントロールできない政策の上に
事業を建てている。

これがこの連載を書いている私の、
現在の矛盾です。


構造的ポイント

・22億円の負債を抱え
 15年間「大丈夫だ」と
 言い続けなければならなかった

・結果として全てを失った
 美談ではなく現実の話

・「今日できること」だけに
 集中することで立ち続けた

・マルクス・アウレリウスは
 戦場のテントで日記を書き続けた

・セネカは財産を持ちながら
 「欲望を捨てよ」と説いた

・北條氏自身も補助金依存の
 収益構造という矛盾を抱えている


次回予告|矛盾を隠さなかった人間が2000年読まれた理由

セネカが今も読まれる理由は、
「矛盾を隠さなかったから」。

矛盾を解消してから動くのではなく、
矛盾を抱えたまま動く。

時間について。
準備と実行の切り替えについて。

そしてマンデラの27年の準備と
5年の実行について。

次回お伝えします。


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