江戸の裏帳簿:城の炎上で大赤字?大名たちの生々しい「借金おねだり劇」 #100
歴史の教科書を読むと、江戸時代の殿様たちは領民から年貢を絞り取り、優雅に暮らしていたように見えるかもしれません。
しかし、幕府の公式記録である『御触書集成』をリアルに読み解いていくと、そこには
「災害で予算がなくなりました!」
「お城が焼けました!」
「外交接待で大赤字です!」
と、国(幕府)に必死に泣きつく大名たちの生々しい自転車操業の舞台裏が記録されていました。
今回は、当時の公文書を現代風に超訳し、彼らの切実なサイフ事情に迫ります!
💡 最初にチェック!今回の「借金おねだり」一覧
大名たちが幕府から引き出した額を、現代の価値(※1両=約10万円〜12万円換算)に置き換えてみましょう。出てくる金額の桁が違います。
泣きついた大名 理由・幕府から借りた金額(現代換算)
宗対馬守(対馬府中藩)
名目・ 朝鮮使節の接待(外交)で大赤字(宝暦11年(1761年))。のちに「返せません」と再度の泣きつき(明和4年(1767年))。
金 9万5,000両(約95億〜114億円)
返済条件 当初5年据え置き、のちさらに10年延納(特例)
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尾張中納言殿(尾張徳川家)
名目・連年の水害、破損箇所の修復、百姓への手当のため(明和4年(1767年))
金 3万両(約30億〜36億円)
返済条件 先格(過去の慣例)通り
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真田伊豆守(松代藩)
名目・領内の洪水による城・城下町・田畑の甚大な破損のため。
金 1万両(約10億〜12億円)
返済条件 翌々年から10年分割返済
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井伊掃部頭(彦根藩)
名目・火災により、居城の櫓(やぐら)や武器が多数焼失したため。
金 5,000両(約5億〜6億円)
返済条件 例格(過去の慣例)通り
🚨 エピソード1:外交接待で「完全に詰んだ」対馬藩の悲劇
今回ご紹介する史料の中で、最も凄まじいドラマを繰り広げているのが対馬(長崎県)の殿様、宗対馬守(そうつしまのかみ)です。
対馬藩は日本と朝鮮半島の外交窓口という超重要ポジション。しかし、朝鮮からの使節団(朝鮮信使)がやってくるとなると、莫大なウェルカム費用(入料)がかかります。「もう手持ちの資金じゃ絶対に足りない!」となった藩は、幕府から計8万両(約80億〜96億円)という巨額の融資を取り付けました。
ここまではよかったのですが……
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