FIREを目指したネガティブな理由を教えてください!Part①
こんにちは!
FIRE研究所です。
読者の方の中にはFIREを目指されている方もいると思います。
「どうしてFIREを目指すのですか?」
と聞かれたときにその理由は人生を「人生を自由に生きたい!」というポジティブなものもあれば、「会社員に絶望しているから」というネガティブなものもあると思います。
今回はそのネガティブな理由をFIRE研究所のメンバーに聞いてみました!
※この記事では2つの質問に対してFIRE研究所のメンバーが答えてくれました。
①ネガティブな理由とは具体的に?
②そのネガティブな理由はFIREにどのように繋がった?
①会社に向いていないので逃げ道を作りたい by カメ
僕がFIRE(経済的自立)を目指した理由は、 将来への不安があり、心の逃げ道を作りたかったからです。 初対面の人と話すのが苦手で、社会人になったころは飲み会がつらい。
そして、上司の大変さを見ていると、自分も同じようには働けない。 それでも、転職や副業をする勇気はなく、 どこかで「このままでいいのか?」という不安が消えませんでした。
そんな時に出会ったのがFIREという考え方です。 「仕事が本当に嫌になったら逃げられる」 仕事を完全に辞めたいわけでないですが、 当時はその安心感が欲しい。ただそれだけでした。
FIREを目指して、投資や節約に取り組む中で、 「自分は何をしているんだろう?」と思うこともありましたが、 それでも、資産が増えるにつれて心の余裕も増えていく。 少しずつ前に進んでいる感覚が心を軽くしてくれました。 その結果もあり、少しずつ仕事への向き合い方が楽になりました。
ただし、今でも不安がゼロなわけではありません。
・今でも上司と同じように働けるか分からない。
・子供ができれば考えが変わるかもしれない。
そんな自分の考えの変化に対応できるよう 「選択肢を増やしたい。」 これが今の僕がFIREを目指す理由です。
FIREを目指す理由は人それぞれですが、 僕の原点はネガティブなものでした。 きっかけは、それでもいいと思っています。 不安や逃げたい気持ちは、決して悪いことではありません。 僕も不安な感情があったから行動して、今の継続につながっています。 まだまだ目標の途中ですが、「心の余裕」のために これからもコツコツ続けていきたいです。
②マミートラック by ユウたちのかぁーかん
第1子の出産を終え、育児休暇から職場へ復帰しました。
復帰直後、私が配属されたのは、世に言う「マミートラック」と呼ばれるポジションでした。産休に入るまでは、組織の成長に不可欠な一員として貢献してきた自負があっただけに、正直、受け入れがたい現実でした。
何よりショックだったのは、「私が組織にいなくても、会社は通常通り回り続ける」という現実を目の当たりにしたことです。以前は仕事に手応えを感じ、社会人として成長してきた自信は、一気になくなりました。
子どもを朝7時半から夕方6時まで預けてまで働く。その対価が「いくらでも代わりがいる存在」という認識だと悟った瞬間、私のキャリア観は変わりました。
今、私にとって会社は、将来的な自由(FIREや早期リタイアなど)を実現するための「投資資金」を得る場所に変わりました。以前持っていた会社への忠誠心は薄れ、前よりもドライな姿勢で仕事に向き合っています。
③学生時代から「働く」という行為に全く関心が無かった by さとりーまん
何か決定的なきっかけがあったわけではなく、学生の頃から「働く」という行為に全く関心がなく、漠然と嫌だなと思っていました。なので、進路相談では毎回書くことが変わって教師を困らせていました。
その感覚のまま生活のために仕方なく会社員になりましたが、最初の数週間でのあらゆる体験(満員電車、週5日8時間労働、サラリーマン仕草、残業、興味のない仕事等々)を経て、「この生き方は無理だ」と確信した感じですね。
勤務先はいずれも一般的には優良な部類だったので、パワハラ・カスハラや長時間労働をほとんど経験せずに済みましたが、それでもずっとしんどい気持ちを抱えていました。
会社員をやってみた結果、自分が「仕事を通じて何かを成し遂げたい」とか「自己成長したい」という感覚が全くないことが分かってしまったんですよね(笑)
主体的な目的もなく、他人の利益のために働く機械のような状態だったので、「自分の人生を生きたくなった」というのが、FIREを目指す原動力になったと思います。 端的に言うと、人間性を取り戻したくなりました。
④病気:重度アトピー性皮膚炎 by Hiro-shi@GL
・発症:1998年
・入院:1999年~2000年
・寛解:2018年
アレルギー体質でしたが、大人になってから、急にアトピー性皮膚炎を発症しました。 顔、首からすぐに全身に広がり重症化しました。 塗り薬が効かず、脱ステロイドで3か月寝たきりになったり。 一時的に良くなっても、リバウンドで悪化して入院したり。 全身ミイラ状に包帯巻いたりしてました。あ、入院すると楽でしたね。
つらいのは、かゆくて夜寝られない事ですね。ほとんど寝られませんでした。 あとは、粉吹いたり、リンパ液が染み出したりするのは人に見られたくありませんね。 酒飲んだりすると、血行が良くなって、かゆみ爆増でした。
生命に関わる病気ではない為、軽く見られるのですが、QOLが著しく低下します。 うつ状態に近い状態になりますね。 最初の会社を辞めたのも、対症療法がまた効かなくなって来たためです。
韓国に行ったタイミングで、新しい生物製剤が発売されました。 健康保険が効かない時期から始めて、なんとか普通の皮膚に戻ってきました。
https://www.support-allergy.com/atopy/dupixent/pt_moa
夜深い睡眠がとれる、酒が飲める、ものすごい幸福感でした。 という訳で、今は2週間に1回、自己注射を行ってます。 ストレスの低い環境で、やりたいこと、やり残したことを実施している感じですね。
⑤メンタル byもずく
職場と自宅の往復だけになり、生きる意味を見いだせなくなったため
⑥いい社員であろうとするあまり、自分をすり減らしていることに気づいた。 by 駐在員の匿名希望さん
性格上いい社員であろうと頑張ってしまうところはどこに行っても変わらない気がした。それよりも資産形成する方が得意なので、なるべく早く資産形成して、定年より早く、正社員を辞めようと思った。
⑦休職体験 by こはん
職場でトラブル続きな時期があり、毎日その対応に追われていてメンタルが限界になって3ヶ月休職したことがあります。 その時にあった昇進試験の話も断ってしまいました。 休職から復帰はしたものの仕事への熱意は戻らず、この仕事から抜け出したいと強く思いました。
その体験があり以前から細々とやっていた不動産投資に力を入れました。 たくさんの物件を調査して、価格交渉して、融資相談して、リフォームして、入居者募集をして、・・・という手間のかかる作業を何度も繰り返してFIREに至ることができました。
さいごに
いかがでしたか?
人の原動力って不思議ですね。ポジティブなものはもちろんなのですが、それ以上にネガティブなものが原動力になったりします。
また、この記事は第2弾も予定しておりますので楽しみにしていてくださいね!
▼この記事を書いた人
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