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江戸人は、一丁の豆腐から百の料理を作った。

【#sef_THE_MOTTAINAI_BUG――Human Bug Report】
今回は、暑い夏を乗り切ろう企画。

昨日はラーメンの記事を書いた。
今日は冷奴を食べている。
連日の猛暑で食欲が落ちる。

豆腐は水分が多く、のど越しも良い。暑い日でも食べやすく、夏にはありがたい食べ物だ。

江戸時代。
エアコンも冷蔵庫もない時代である。

質素な食事を想像しがちだが、調べてみると、その予想は見事に裏切られる。

■ 江戸の食卓は、想像以上に豊かだった

その象徴が、天明二年(1782年)に出版された料理本『豆腐百珍』である。

一冊まるごと豆腐料理だけを紹介し、百種類もの料理を掲載した大ベストセラーだ。人気を集め、『続編』や『余録』まで刊行された。
簡単なレシピが多い。

豆腐。
一つの食材だけで料理本が大ヒットする。
現代でも珍しい。

料理名を眺めるだけでも楽しい。

例えば、「雪消豆腐」は、大根おろしを雪に見立て、その下から温かい豆腐が現れる風流な一品。

「礫川豆腐(こいしかわどうふ)」は、江戸の名所にちなんだ料理。

「真のうどん豆腐」は、豆腐をうどんに見立てるという発想である。

さらに「雲隠豆腐」や「霰豆腐(あられどうふ)」など、名前を聞いただけではどんな料理か想像できないものまで並んでいる。

江戸人は、一つの食材を煮る、焼くだけでは終わらせなかった。

名前にも遊び心を込め、見た目にも工夫を凝らし、料理そのものを楽しんでいたのである。

さらに、当時の豆腐は今の絹ごし豆腐より水分が少なく、しっかりとした硬さがあったと考えられている。
焼いても煮ても崩れにくい。
だからこそ、一丁の豆腐から百通りもの料理が生まれたのだろう。

私は冷奴に生姜をのせる事が多い。

江戸人なら、
「まだ九十九通り残っているぞ。」
と笑うかもしれない。

■ 食文化を支えた「清潔な町」

『豆腐百珍』だけではない。
当時は『大根百珍』『甘藷百珍』『鯛百珍』など、一つの食材を極める料理本が次々と出版される「百珍ブーム」が起きていた。

他にも様々な料理があった。
巨大な握り寿司。(今の2~3倍の大きさ)
「玉子ふわふわ」泡立てた卵料理。江戸時代のスフレだ。
甘い飲み物、冷やし飴、甘酒。当時、甘酒は夏の飲み物だった。
スタミナのどじょう鍋。

江戸人は、新しい食材を求めたのではない。

一つの食材を、とことん楽しむことに夢中だったのである。

これほど豊かな食文化は、料理人だけの力では生まれない。
町そのものが成熟していたからこそ育まれた文化だった。

江戸は人口百万人を抱えた世界最大級の都市である。

幕末に来日したイギリスの外交官ラザフォード・オールコックは、日本人について「これほど清潔を好む国民を見たことがない」という趣旨を記している。

スイスの外交官エメ・アンベールも、江戸の町並みの清潔さに驚いた。

ドイツ人医師シーボルトも、人々が頻繁に入浴し、住まいや衣服を清潔に保つ様子を書き残している。

もちろん、天然痘や麻疹、赤痢などの感染症はあり、寄生虫もいた。
しかし、それは江戸だけではなく、当時の世界共通の課題だった。

近年、「江戸の屋台は冷蔵庫も消毒もないから危険だった」という説明を目にすることがある。
確かに現代の衛生基準なら営業できない店もあっただろう。

だが、蕎麦、天ぷら、おでんなど火を通した料理が中心で、客の回転も速かった。

歴史を評価するなら、現代ではなく同じ時代の世界と比べることが大切だと思う。

■ ゴミを作らない社会

江戸では「捨てる」という発想そのものが少なかった。

古紙は買い取られる。
灰は肥料や洗浄に使われる。
着物は何度も仕立て直される。
桶や鍋は修理される。
古釘まで回収される。
そして、人糞さえ農家が肥料として買い取った。

現代なら廃棄物。
江戸では資源だった。

だから町は自然ときれいになる。

道徳だけではない。
「捨てない方が得をする仕組み」が社会に組み込まれていたのである。

■ 猫は与えられた食事で満足する。

人間だけが、
焼き、
煮て、
蒸し、
揚げ、
名前まで付けて楽しむ。

紙にも値段を付け、
灰にも値段を付け、
ついには排泄物にまで価値を見いだした。

猫から見れば、
人間は食べ物を食べているのではない。

工夫を食べている生き物なのだ。

【デバッガー所感】

「江戸時代の食事は質素だった。」
「江戸は不衛生だった。」

そんな思い込みを持っていた。
だが、調べるほど印象は変わった。

一丁の豆腐から百通りもの料理を生み出す発想。

世界の旅行者が驚いた清潔な町。
そして、物を最後まで使い切る循環の仕組み。

江戸の豊かさは、高価な食材ではない。

限られたものを、とことん楽しみ、とことん使い切る知恵だった。

記事を書き終え、冷奴を一口食べた。
生姜と醤油だけでも十分に美味しい。

だが、『豆腐百珍』を開けば、その一丁から百通りもの料理が生まれる。

暑い夏を乗り切る知恵は、新しいものを増やすことではなく、一つのものを最後まで楽しむことなのかもしれない。

(江戸時代を楽しむレシピ)
簡単だが意外に美味なレシピを一品紹介したい。
意外と簡単な江戸レシピである。

●玲瓏豆腐(こおり豆腐)
溶かした寒天の中に豆腐を閉じ込めて冷やすだけである。
黒蜜でいただく。
透明な寒天の中に白い豆腐。清涼感があり、とても美味しくいただける。
暑い日には驚くほど喉越しがよい。

●きなこ豆腐
これは江戸レシピではないが一瞬で作れるレシピである。
木綿とうふにきな粉をかける。後は黒蜜をかけていただく。
一つまみの塩があると尚、甘味が引き立つ。

二百四十年前の江戸人も、こんな涼を楽しんでいたのだろうと思う。