壊れるくらいなら、爆発しろ!
【#890_EXPLOSION_INSTINCT —— Human Bug Report】
SNSを見ていると、現代人はとても“上手く”生きている。
空気を読む。怒られない。嫌われない。炎上しない。
人の意見に答えを合わせ、自分の意見の批判に怯え、自分の考えや気持ちを押し込み、正しい言葉を選び、適切な距離感で振る舞い、波風を立てずに生きている。
機械の様に生きている。それで、生きていると言えるのだろうか。
時々、妙な感覚になる。
人間は本当に、“壊れないため”に生きているのだろうか。
岡本太郎は、その問いを生涯投げ続けた人だった。
「芸術は爆発だ。」
あまりにも有名な言葉。
だが本当に危険なのは、あの言葉の意味である。
彼は単に、派手に生きろと言っていたのではない。
むしろ逆だった。
「壊れないように生きるな」と言っていた。
■ 最初から、“普通の家庭”ではなかった
岡本太郎の思想は、特殊な家族環境を抜きにして語れない。
父は岡本一平。
当時トップクラスの漫画家であり、文化人だった。
そして母は、
作家・歌人の岡本かの子。
この母親の存在が、太郎の人生を決定づける。
かの子は、非常に強烈な人物だった。
情熱的。支配的。芸術至上主義。恋愛にも奔放。
まるで、生命力そのもののような人だった。
太郎は、その巨大なエネルギーの中で育つ。
つまり彼にとって、
・混沌
・感情
・衝動
・矛盾
は、最初から“日常”だった。
逆に、「普通に適応する」という感覚の方が、不自然だったのかもしれない。
■ 母という“重力”
太郎は母を強く愛していた。だが同時に、飲み込まれそうにもなっていた。かの子は、息子に異常な期待と執着を向ける。
愛情は深い。だが重い。あまりにも巨大だった。
つまり太郎は幼少期から、「愛とは、人を圧倒するもの」という感覚の中で育っている。ここが重要である。
彼の“爆発”は、単なる芸術論ではない。
「自分を発火させなければ、巨大なものに吸収される」という、生存本能に近い。
家族。社会。国家。空気。
人間を飲み込む巨大なシステムに対して、「個として燃えろ」
と言い続けた。
だから彼は、“無難な人生”を異常に嫌った。
■ 「上手くやるな」という危険思想
普通、人間は“上手く生きる”ことを目指す。
失敗しない。嫌われない。社会に適応する。だが岡本太郎は逆だった。
「うまくあってはならない」かなり異常な思想である。
しかもこれは、単なる芸術論ではない。
彼から見ると、
・上手さ
・無難さ
・安全性
・常識
はすべて、「生命力を削る行為」だった。
だから彼は、“成功した人間”に、あまり興味がない。
むしろ、
・傷つく
・失敗する
・矛盾する
・はみ出す
そういう“不安定さ”に、生の本体を見ていた。
■ 戦争で見た、「集団化された人間」
岡本太郎の言葉が軽くないのは、彼自身が戦争を経験しているからである。彼は兵士として戦地へ送られた。
そこで見たのは、“個人が消えていく光景”だった。
命令。規律。統率。精神論。
人間が、巨大なシステムの部品になっていく。しかも恐ろしいのは、それが「正しいこと」として行われていた点だった。
だから彼は戦後、“集団に適応しすぎる日本人”へ強烈な警戒心を持つ。
空気を読む。和を乱さない。周囲に合わせる。
彼から見るとそれは、「再び人間が無機質化していく過程」に見えたのかもしれない。
■ なぜ彼は縄文に発狂したのか
岡本太郎は、縄文土器を見て衝撃を受ける。ほとんど“発狂レベル”で感動している。
なぜか。
縄文には、「意味不明な生命エネルギー」があるからだ。
ぐちゃぐちゃ。過剰。非効率。
だがそこには、生き物の衝動がある。
逆に彼は、弥生文化に“管理”を見た。
秩序。効率。均一性。
つまり彼の中では、
縄文=生命
弥生=管理
だった。
そして彼は、現代日本が“弥生化しすぎている”と感じていた。
■ 現代人は、「壊れない演技」をしている
現代社会では、壊れないことが重要視される。
ミスしない。嫌われない。炎上しない。正解を出し続ける。
つまり全員が、「安全な人格」を演じている。
だがその代償として、人間は少しずつ“爆発”を失っていく。
怒り。衝動。夢中。熱狂。矛盾。
そういう、本来人間にあったエネルギーが、静かに削られていく。
岡本太郎は、そこに猛烈な危機感を持っていた。
だから彼は、「成功しろ」とは言わない。
「爆発しろ」と言う。
■ 壊れない人生は、本当に幸福なのか
人は皆、壊れることを恐れる。
失敗。拒絶。孤立。
だが岡本太郎は、そこから逃げ続ける人生を、あまり信用していなかった。
なぜなら本当に何かを愛すると、人間は必ず少し壊れるからである。
夢中になる。傷つく。常識からはみ出す。それでも進む。
そこにしか、生命の実感はない。だから彼の思想は、自己啓発とは少し違う。「成功しろ」ではない。
「生きろ」に近い。
■ 猫は芸術だ。だから猫は爆発だ。
猫は、社会適応を考えない。失敗も気にしない。
急に走る。急に寝る。
意味もなく興奮する。
人間だけが、「正しく壊れない方法」を探し続ける。
だが岡本太郎から見ると、それは少し“不自然”だったのかもしれない。
【デバッガー所感】
岡本太郎の“爆発”とは、派手な自己表現ではない。
巨大なものへ吸収されないための、最後の抵抗だったのかもしれない。
家族。社会。国家。空気。
人間を均一化しようとする力に対して、彼は最後まで、「個として燃えろ」と言い続けた。
「芸術は爆発だ。」あれは名言ではない。
「壊れるくらいなら、自分の火で壊れろ」という、生存宣言だったのかもしれない。現代人は、壊れないように生きている。
だが岡本太郎は、最後まで逆を向いていた。
「生命は本来もっと危険で、矛盾して、爆発している」
だから今、私たちは少しだけ、“安全に死んでいる”のかもしれない。
