死者は、腹が減る
【#104_THE_HUNGRY_DEAD――Human Bug Report】
お盆でnoteを休んでいる方も多いと思う。
忙しい方も多いと思う。
私はと言うと。
母が入院してしまいお盆どころではなくなりそうである。
急ぐ手術でもないとの事だが、お盆時期は縁起を担いで手術を忌避される方が多いそうである。
医者の都合に合わせた感じである。
そんな事で先週くらいから記事がまとまらない。
今回は、お盆に合いそうなエピソードを掲載したい。
暇つぶしに読んでいただければ幸いである。
わたしも息抜きで書いているのです。(笑)
『醒睡笑』から3つのエピソードを現代語訳、独自アレンジで紹介したい。
※『醒睡笑』:江戸時代初期の「笑い話・小咄」を集めた本である。
今回、紹介する内容は爆笑する話しではない。
昔話しに近い話である。
(醒睡笑の各話タイトル)
巻四 第8話
「聞こえた批判」
巻一 第41話
「謂へば謂はるる物の由来」
巻六 第17話
「児の噂」
死者は、腹が減る
七月の京都は、日が暮れても暑かった。
昼間に焼けた土塀はまだ熱を抱えている。
風はない。
軒先に吊るされた風鈴も鳴らず、遠くから蝉の声だけが聞こえてくる。
その道を、一人の男が歩いていた。
とん。
とん。
とん。
竹の杖をついている。
背には笈摺。
顔は黒ずみ、頬は落ち、身体は骨と皮ばかりに見える。
道端にいた女が、男を見た。
そして、隣にいた男の袖を引いた。
「ねえ……」
「なんだ」
「あれ……」
女は声を落とした。
「あれ、死人じゃないのかい」隣の男も、黙って見た。
確かに、普通の旅人には見えない。
そして、この頃の京都では、妙な噂が流れていた。
盆になると、地獄の釜の蓋が開く。
地獄に落ちた者が、この世へ戻ってくる。
だから、人々は男を見ると、自然に道を空けた。
誰も近づかない。
誰も声をかけない。
男は、その間をゆっくり歩いていく。
とん。
とん。
とん。
やがて男が立ち止まった。
町人たちは息を呑んだ。
男が振り返る。
そして――
一軒の瓜売りの店を見た。
「瓜を一つ、くれ」町人たちは拍子抜けした。
瓜売りも、少し戸惑った。
「二文だ」
男は懐に手を入れた。
指先で何かを探している。
しばらくして、男は一文を取り出した。
「一文しかない」
「二文だ」
「……そうか」
男は瓜を見つめた。
その目だけは、生きている人間の目だった。
空腹の目である。
「盆の結縁だと思って、一文にしてくれぬか」瓜売りは男を見た。
さっきまでなら、恐ろしいと思っただろう。
だが今は、違った。
この男は幽霊なのだろうか。
それとも、生きた人間なのだろうか。
どちらでもいい。
とにかく――
腹が減っているらしい。
「……持っていけ」瓜売りは瓜を一つ渡した。
男は頭を下げた。
そして、かぶりついた。
むしゃ。
むしゃ。
むしゃ。
皮も気にしない。
汁を垂らしながら、夢中で食べる。
瓜は、あっという間になくなった。
男は最後に口元を拭った。
そして懐を探った。
「あ」
「どうした」
「一文がない」
瓜売りの顔から、さっきまでの同情が消えた。
「何?」
「落としたらしい」
「……おい」
「払うつもりだった」
「金を払わずに食ったのだな」
「違う。落としたのだ」
「同じことだ!」
こうして、地獄から帰ってきたと思われた男は、一個の瓜を食った罪で捕らえられた。
一文の瓜
男は板倉勝重のところへ連れていかれた。
瓜売りは訴えた。
「この男は、金を払わず瓜を食いました」
男も言った。
「払うつもりでした。一文しか持っておらず、その一文を落としてしまったのです」
勝重は二人を見た。
一人は怒っている。
もう一人は、ひどく痩せている。
勝重はしばらく黙っていた。
そして、
「この男を瓜売りに預けよ」と言った。
瓜売りは安心した。
「それでは、罰を――」
「いや」勝重は続けた。
「一日に二度、飯を食わせよ」
「……飯を?」
「そうだ」
こうして男は、瓜売りのところに置かれた。
一日。
二日。
三日。
男は飯を食った。
朝にも食べる。
昼にも食べる。
そして、何日経っても帰されない。
瓜売りは次第に苛立ってきた。
「いったい、いつまでこいつを預かればいいのだ」
六日経った。
七日経った。
とうとう瓜売りは勝重に尋ねた。
「もう十分ではございませんか」
勝重は、そこで初めて思い出したような顔をした。
「ああ」
そして言った。
「そうであった」
「……?」
「すっかり忘れていた」
瓜売りは呆然とした。
勝重は続けた。
時は盂蘭盆。
一文の瓜を食ったくらいで、なぜそこまで怒る。
腹を空かせた者なら、食わせてやればよいではないか。
一文のことで首を刎ねるほどの罪ではない。
この男を何日も養わせたのは――
お前に慈悲というものを教えるためだった。
瓜売りは、何も言えなかった。
目の前には、さっきまで「亡者」と思っていた男がいる。
その男は、今も飯を食っている。
幽霊でもない。
鬼でもない。
ただ腹を空かせた人間だった。
瓜売りは、初めて自分の手を見た。
一個の瓜。
たった一文。
それだけのために、自分はこの男を罪人にしようとしていた。
男は許され、帰っていった。
そして、別の寺では
ところが、昔の人間が出会った怪異は、これだけではない。
山寺に、一人の僧がいた。
長年修行を積んだ僧だった。
やがて、その僧が死んだ。
すると妙なことが起き始めた。
寺の番をする者を置く。
翌朝にはいない。
次の者を置く。
またいない。
三人目も消えた。
寺の者たちは顔を見合わせた。
「……出るのではないか」
「何が?」
「幽霊が」
それ以来、誰も夜の寺に泊まりたがらなくなった。
そこへ、一人の旅僧がやってきた。
事情を聞くと、
「では、私が泊まりましょう」と言った。
夜。
寺の中は静まり返っていた。
月明かりが畳の上に差している。
旅僧は一人、座っていた。
やがて――
廊下から足音がした。
すう。
すう。
何かが近づいてくる。
旅僧は顔を上げた。
そこに、一人の僧が立っていた。
「お前は誰だ」
「私は、この寺の前の住職だ」
「……死んだはずでは?」
「そうだ」亡霊だった。
旅僧は身構えた。
すると亡霊は、意外なことを言った。
「お前を哀れに思う。一鉢の飯を食わせよう」
旅僧は眉をひそめた。
幽霊が飯を食わせる。
どうも話がおかしい。
すると亡霊は得意げに言った。
「私は鬼にもなれる。畜生にもなれる」
そして、
「食物にもなれる」と言った。
旅僧は少し考えた。
「それなら――」
「何だ」
「焼き味噌になってくれ」亡霊は黙った。
旅僧も黙った。
やがて――
亡霊の姿が消えた。
そこに残ったのは、
焼き味噌だった。
旅僧は、それを見た。
「……」
箸を取った。
そして、
ぱくり。
食べた。
幽霊は消えた。
寺から怪異も消えた。
何日も人を脅かしていた亡霊は、焼き味噌になって食われてしまった。
ところが、鬼はもっと食欲旺盛だった
比叡山の寺。
こちらでは、幽霊ではなく鬼が出た。
……と言っても、本物の鬼ではない。
稚児たちが豆腐を買ってきて、田楽を作っていた。
焼けた豆腐から、味噌の香りが漂っている。
腹が減る。
しかし、田楽は皆で食べなければならない。
そこで稚児たちは、秀句を言い合って、面白いことを言った者から田楽を取ることにした。
一人が言う。
「私は仏の頭」
そして田楽を取る。
もう一人が言う。
「私は八日の仏」
また田楽を取る。
そのときだった。
小さな稚児が、髪を乱して立ち上がった。
目をむく。
口を大きく開ける。
そして叫んだ。
「われは鬼なり!」皆が振り向く。
「みな食はう!」
次の瞬間。
田楽が消えた。
全部である。
鬼を名乗った稚児が、全部持っていった。
他の稚児たちは呆然としている。
ところが、老僧は冷静だった。
鬼には勝てない。
ならば――
自分も別のものになる。
老僧は手拭いを頭にかぶった。
そして手を差し出した。
「乞食が参りました」
一同が見る。
「一つ、お恵みください」
鬼に全部食われるくらいなら、自分から乞食になって一つもらおう。
何とも見事な発想である。
鬼が田楽を食う。
老僧が乞食になる。
比叡山の夜は、もう何の修行をしているのか分からない。
死者も鬼も、食べる
三つの話を並べてみると、奇妙な共通点がある。
最初の男は、瓜を食った。
幽霊は、焼き味噌になった。
鬼は、田楽を食った。
つまり――
全部、食べ物の話なのである。
死者が帰ってくる。
地獄の釜が開く。
幽霊が出る。
鬼が現れる。
普通なら、怪談になる。
ところが『醒睡笑』では、怪異が現れるたびに、話が食卓まで降りてくる。
亡者は腹を空かせている。
幽霊は飯を食わせようとする。
鬼は田楽を奪う。
恐怖が、最後には食欲に負けてしまう。
これは、かなり日本的な笑いではないだろうか。
怖いものを、怖いままにしておかない。
化け物を人間の世界まで引きずり下ろす。
そして最後には、
「まあ、食っていけ」
となる。
お盆とは、死者と飯を食う日だったのかもしれない
お盆になると、死者が帰ってくる。
迎え火を焚く。
食べ物を供える。
酒を置く。
そして、しばらく一緒に過ごしてから、送り火で帰ってもらう。
考えてみれば、不思議な風習である。
死者を恐れて追い払うのではない。
こちらへ招くのである。
「帰ってきたのなら、まあ、食っていけ」
そんな世界観なのだ。
『醒睡笑』の三つの話を読むと、昔の人間と死者の距離が、今よりずっと近かったことが分かる。
亡者は町を歩く。
幽霊は寺に出る。
鬼は田楽を食べる。
そして人間は、それを見て笑う。
死者も、鬼も、結局は人間の生活の中にいる。
腹も減る。
食べ物も欲しい。
ときには一文の瓜をめぐって揉める。
そして――
最後には笑い話になる。
【Debugger所感】
死者が怖い。
幽霊が怖い。
鬼が怖い。
だから人間は、それを物語にする。
だが、物語にした瞬間、恐怖は少しずつ形を変える。
亡者には瓜を食わせる。
幽霊は焼き味噌にしてしまう。
鬼には田楽を食わせる。
そして最後には、「まあ、食っていけ」となる。
お盆とは、死者が帰ってくる日である。
だから人は、死者のために食べ物を用意する。
供え物を置く。
灯りをともす。
そして、また送り出す。
もしかすると人間は、死者を恐れているのではなく――
死者がもう一度こちら側に来てくれることを、少しだけ嬉しく思っているのかもしれない。
帰ってきたなら、飯を食わせる。
腹が減っているなら、なおさらである。
そして食べ終わったら、
「また来年」と送り出す。
死者は、腹が減る。
鬼も、腹が減る。
そして生きている人間も、腹が減る。
だから人間は、死者の話をしながら、今日も飯を食う。
お盆とは、案外そういう日なのかもしれない。
