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特別支援学校入学と仕事

入学式
 特別支援学校へ入学し、いよいよ学校生活が始まりました。
入学式の日は、上の子の中学校の入学式と重なり、私は上の子を優先しました。
翌週の面談で先生から、「入学式の日にジャケットのボタンが落ちていたお子さんがいて…」と聞かれ、帰宅後に確認すると、次男のジャケットのボタンがなくなっていました。
きっと緊張の中で、精いっぱい頑張っていたのだと思います。

学校生活開始 〜トイレがこわい〜
 学校が始まってすぐ、先生から連絡がありました。
「トイレに行けず、水分も摂らず、元気がないです」
そりゃそうです。
トイレに行きたいのに、絶賛我慢中なのですから。
次男は3歳を過ぎた頃には排泄が自立していました。
でも4歳を過ぎた頃から、外出先のトイレを怖がるようになり、入れなくなってしまいました。
療育先などでも、何度か試して「ここは大丈夫」と分かれば排泄できる。
でも、おむつも嫌。
外出先でトイレに行けないというのは、生活の制限にもつながりました。
それでも先生方は、この道の専門家です。トイレに行けないので迎えに来てくださいとは言われませんでした。
しばらくして、
「トイレ行けました!」
と、嬉しい報告の連絡が入りました。
あの時の安心感は、今でもよく覚えています


放課後等デイサービス
 学校はスクールバス送迎があり、A学園時代よりバス停までの距離は短くなりました。
帰りは、仕事の日は放課後等デイサービスを利用することに。
仕事のない日は、私がバス停へ迎えに行くスタイルを、今も続けています。
デイサービスは、A学園時代から利用していたF事業所が1か所。
さらにもう1か所、新しい事業所も探して利用を始めました。
何度か変更しながら、現在の形に落ち着いています。

卒園後も「療育」を求めていた私
 卒園と同時に、それまで受けていた療育は終了しました。
「学校教育だけで十分」
そういう考え方もあります。
でも当時の私は、“療育を続けなければ”という思いで必死でした。
何か所も見学しましたが、
・子どもの反応がよくない
・親の考えと合わない
なかなか決まりませんでした。
最終的には、塾のような形のところへ通うことになりました。
距離はそこまで遠くありませんでしたが、金銭的負担はかなり大きかったです。
それでも、
・語彙力が増えた
・読み書きができるようになった
確かな成長がありました。
 水泳教室では、他校に通う保護者の方たちとも知り合いました。
熱心な方が多く、
「都内の病院で療育を受けている」
と教えてくれました。
将来、障害年金のことを考えても、医療とのつながりは持っていた方が安心。
そのアドバイスに受診を決意しました。
初診まで1年以上待ちましたが、翌年の秋、ようやくGクリニックを受診することができました。

就学後の仕事
特別支援学校へ入学した後も、A学園時代から勤めていた職場で働き続けていました。
ただ、職場まではA学園の時より遠くなりました。そして上の子も中学生になり生活スタイルが大きく変わりました。
当時は毎朝、部活動の朝練がありました。
子どもたちを送り出し、そこから通勤するだけで疲労感が強く、「週20時間以上働いて社保加入」
そこまで働ける未来が、まったく見えませんでした。
そんな時、バス停の近くで
「新規オープン・スタッフ募集」
という看板を見つけました。問い合わせると、まだスタッフが足りないとのこと。
(通勤時間が短くなり、デイサービス利用で、今より2時間多く働ける)条件が今の生活に合っていました。
私は転職することを決めました。

特別支援学校への入学は大きな節目でした。
そして転職。
子どもも親も、新しい生活のスタートとなりました。

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