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一度も使わなかった八太郎の三万九千円の車いす

 
 昨年の末、我が家の雑種犬・八太郎が急に歩けなくなった。立ち上がることはできるのに、すぐに転んでしまう。そのとき八太郎はすでに十九歳と二カ月を少し過ぎていた。

 別のエッセイにも書いたが、今まで二度の死地をくぐり抜けてきた犬である。しかも奴は、源氏の棟梁・八幡太郎義家公にあやかって名をつけた、地獄をくぐり抜けるバカ犬中のバカ犬だ。歳とはいえ今回もなんとかなるかもしれないと思い、獣医に連れて行った。しかし、さすがに今度ばかりは良くならなかった。立てることは立てるのだが、すぐによろよろと転んでしまう。もはや散歩にも行けない。

 かわいそうなので、通販で三万九千円の犬用車いすを買った。
 ところがである。届いた車いすは組み立て式で、日英中の三カ国語の説明書付きだった。読むわけがない。「こんなもん簡単だ!」と組み立てたら案の定間違えた。一度間違えて組み立てたものを直すのは、最初から組み立てるよりもずっと難しい。なんやかんやでちゃんとした形になるまで半日以上かかってしまった。

 できあがったものを、さっそく八太郎に装着してみた。
 ところが奴は後ろ脚にそれを付けられるのがどうにも嫌なようで、ものすごい勢いで吠え続けた。なにしろ八幡太郎である。若い頃から気が荒かった。雑種中の雑種の分際で、松坂牛に名古屋コーチン、キャビアまで食って長生きしてきた犬だ。今にも噛みつかんばかりの顔で、「なんだこりゃあ! 俺は八幡太郎様だぞ! 取れ!」と言っているように聞こえた。

……実際には「ワンワン!」だが、私にはそう聞こえた。

 結局その三万九千円の犬用車いすは一度も使われることなく、十畳間の真ん中に今も鎮座している。あれだけ苦労して組み立てたものを片隅に追いやるのが忍びないのだ。なにしろ、組み立てた私の意地と汗の結晶でもある。

 その後、八太郎は寝たきりの状態になった。車いすはついに、ただの一度も使われることがなかった。

 今も八太郎は私の隣で静かに眠っている。排泄したいとき、水が飲みたいとき、寝返りを打ちたいとき、容赦なく私を呼びつける。夜中に眠っていようものなら、ものすごく大きな声で吠える。この歳でどこにそんな元気があるんだと思うほど大きな声で哭くのだ。

 十九歳十カ月。犬の仙人に近づきつつある八太郎だが、今の私はもはや源氏の棟梁に仕える忠実な御家人である。ここまで長生きしてくれたのだから御恩はある。生きていてくれているだけで嬉しい。まだまだ生きていてもらいたいし、生かしてやりたい。

 だから私は今日も、せっせとご奉公に励む。


(一度も使われなかった犬用車いす)
(駄犬・八太郎)

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新苦労の適当コラム ありがとうございます。心より感謝申し上げます

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