「犬公方」と言われた男ーーあと書き
徳川綱吉という人は、ずいぶん損な役回りを引き受けさせられてきた人物だと思います。
「犬公方」という強いあだ名のせいで、その生涯はあまりにも手早く説明されてしまう。犬を大事にしすぎた将軍。生類憐みの令で人々を苦しめた人物。忠臣蔵の向こう側にいる、空気の読めない権力者。そうした像はたしかにわかりやすく、しかも一度定着すると、なかなか崩れません。
けれど、歴史のなかであまりにわかりやすく語られる人物には、たいてい取りこぼされたものがあります。
綱吉もまた、そういう人なのではないか。
この連載は、そんな思いから書き始めました。
もちろん、綱吉を弁護したいわけではありません。
彼の政治には、明らかに人々を息苦しくさせた面がありました。理想が制度になったとき、その優しさが優しいかたちのままではいられなかったことも事実でしょう。結果だけを見れば、批判されるのは当然です。
ただ、それでもなお、その出発点にあったものまで、すべて愚かさとして片づけてしまってよいのだろうか、というためらいが、私にはずっとありました。
綱吉は、最初から滑稽な人物だったわけではない。むしろ、かなり切実に、優しい世界を夢見た人だったのではないか。刀ではなく学問を与えられ、権力の中心から少し外れた場所で育ち、命を粗末にしてはならないという感覚を抱えたまま大人になった。その人が、思いがけず大きすぎる権力を手にしてしまったとき、何が起きたのか。
この連載で追いかけたかったのは、いわばその「悲劇の構造」でした。
私は綱吉を、名君として持ち上げたかったわけでも、暗君として断じたかったわけでもありません。もっと不器用で、もっと人間くさい存在として見たかったのだと思います。善意がそのまま善政になるとは限らないこと。優しさが権力と結びついたとき、ときに人を縛るものへ変わってしまうこと。そして、正しさは必ずしも人の心を打たないこと。
綱吉の生涯には、そうした歴史の皮肉が、かなり濃いかたちで刻まれているように思えます。
とりわけ書いていて離れがたかったのは、綱吉の「孤独」でした。将軍でありながら、どこか輪の外にいるような感覚。法の側に立ちながら、人々の熱から取り残されていく寒さ。理解されたいと願いながら、最後にはもっとも単純な記号に押し込められてしまう残酷さ。そうしたものを思うと、綱吉という人は、歴史の勝者というより、むしろ敗者の側に立つ人物として見えてきます。
しかも、ただ敗れたのではなく、死後にもう一度敗れた人として。
けれど、敗者には敗者の体温があります。勝者の物語からこぼれ落ちたもの、うまく制度になれなかった願い、理解されなかった善意、そういうものは、しばしば敗者の側にだけ残る。綱吉の魅力は、まさにそこにあるのではないかと私は思っています。彼は成功した理想家ではありませんでした。むしろ、理想を抱いたがゆえに歪み、その歪みゆえに長く笑われてきた人です。
けれど、その笑いの下に埋もれているものまで、なかったことにはしたくありませんでした。
この連載では、史実として確定できることと、そこから想像で補うしかないことが、当然ながら混ざっています。とくに幼少期の心情や、母との距離、吉保との精神的な結びつきなどは、史料だけで断言できるものではありません。ただ、歴史を書くとき、事実だけを並べてもどうしても見えてこないものがあります。人が何を恐れ、何を願い、どこで傷ついたのか。そうした「体温」のようなものに触れようとするとき、想像は避けられません。もちろん、それは勝手な美化に流れてはならない。けれど同時に、想像をまったく拒んでしまえば、歴史上の人物はただの記号になってしまう。そのあいだの、危うい細い道を歩くつもりで、この連載を書きました。
最後まで読んでくださった方のなかに、もし少しでも、綱吉という人物の見え方が変わった方がいたなら、書いた意味はあったのだと思います。
「犬公方」というあだ名の奥に、ひとりの少年の寒さや、うまく届かなかった優しさや、理解されなかった理想の残り火のようなものを感じていただけたなら、それ以上うれしいことはありません。
歴史は、ときにあまりにも手早く人を裁きます。けれど、手早く裁かれた人ほど、立ち止まって見直してみる価値がある。徳川綱吉は、私にとってまさにそういう人物でした。
灰の下に埋もれたものを、少しだけ掘り返すような気持ちで、この五回を書きました。その灰のなかに、まだ消えきらない体温のようなものを感じていただけたなら、書き手としてこれ以上のことはありません。
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