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【敦盛と直実】後編:泥の足跡――熊谷直実という敗者

 平敦盛は、一ノ谷の浜で死んだ。わずか十六、あるいは十七。
 朝露のように短い命だった。
 
 だが、あの死は、少年ひとりの死では終わらなかった。首を落とされたのは敦盛だったが、あの一太刀で、もう一人の男の人生もまた深く断ち切られていた。
 熊谷直実。
 
 源氏方の武者。坂東の土の匂いをまとった男である。
 前編で書いたように、敦盛はあまりにも若く、あまりにも美しかった。討ち取るべき敵でありながら、直実の目には自分の子と同じ年頃の少年に見えた。ためらいはあったはずだ。だが、戦場ではためらった者から壊れていく。味方が迫り、武士の面目がある。見逃せば自分が立たない。
 そうした理屈に背を押されるようにして、直実は太刀を振るった。
 
 武士とは、ときに「覚悟の人間」として語られる。斬ると決めたら斬る。そこに私情を挟まぬことが強さであり、誇りであるかのように。
 だが、本当にそうだろうか。まして相手が息子ほどの少年だったとき、その一太刀は「武士の務め」の一言で済むものだろうか。
 
 直実は、おそらく済まなかった。だからこそ、彼は後に武士を捨てる。
 ここで大事なのは、直実が最初から清らかな求道者だったわけではない、ということだ。彼は聖人ではない。むしろ俗っぽく、激しやすく、損得にも無縁ではなかった。土に足を取られ、泥にまみれながら、それでも自分の救いを探そうとした男である。
 
 敦盛を討ったことが、彼の胸に棘のように残り続けた。
 源平の争乱が終わっても、武士の世は穏やかではなかった。恩賞、所領、訴訟、主従の軋み。血を流して勝った者たちが、今度は紙と口と権力の前で消耗していく。
 直実もまた、その濁った現実の中にいた。理不尽を飲み込み、腹の底に泥をため、それでも家のために立ち回る——そんな生き方に、次第に耐えられなくなっていったのだろう。
 
 一ノ谷で若い敦盛の首を取った。
 自分は武士として正しかったのかもしれない。だが、その「正しさ」はいったい誰を救ったのか。
 少年は死に、自分は生き残った。それで何が残ったのか。
 そう自問したとき、直実の中で武士という生き方そのものが音を立てて崩れ始めた。
 
 出家は、美談として語られやすい。俗世を捨て、無常を悟る。
 だが、人間が本当に俗を捨てるなど、そう簡単ではない。
 直実もまた、きれいに捨てきれなかった。法然に帰依し、蓮生と名乗ってからも、所領をめぐる争いに関わり、訴えを起こし、頼朝の前で怒りをあらわにしたという話も伝わる。武士を捨てたはずの男が、なお武士の世の泥から完全に離れられない。
 
 この不格好さが、私にはたまらなく人間的だ。
 もし直実が、敦盛を討った瞬間にすべてを悟り、翌日にはきっぱり俗世を離れ、以後一点の曇りもなく生きたという人物だったなら、ここまで胸を打たれなかっただろう。出来すぎている。
 人間はそんなふうには変われない。昨日まで血のついた手で生きていた男が、今日から透明な魂になれるはずがない。
 
 直実は、もっと泥くさかった。救われたいのに怒り、捨てたいのに執着し、仏にすがりたいのに現実の不条理に腹を立てる。そうやって何度も足を取られながら、それでもなお生き直そうとした。
 ここに、この男の本当の重みがある。
 
 敦盛は一瞬で散った。
 直実は、その一瞬を背負って長く生きた。
 
 前編で触れた「蛍二十日に蝉三日」の命に対して、こちらは泥をすすってでも続いていく命である。美しく終わることはできない。忘れることもできない。ただ、生きるしかない。しかも、討った相手の面影を胸に刺したままで。
 それはある意味で、死ぬよりもしんどい。
 
 直実の後半生とは、まさにその「終われなさ」と付き合い続ける時間だったのだろう。
 だから私は、彼の出家を単なる宗教的転身としては見たくない。あれはもっと切実な、生き直しだった。武士としては正しくても、人間としては耐えがたい。その裂け目を抱えたまま、別の道を探さざるをえなかったのだ。仏門とは、彼にとって高尚な理想というより、壊れたまま生きるための、ほとんど最後の足場だったのではないか。
 
 皮肉なことに、その足場を与えたのは、彼自身が討った敦盛だった。
 短く散った者が、長く生きた者の運命を変える。
 ふつう歴史は、生き残った者が死者を踏み越えていく物語として語られる。だが、この二人は逆だった。生き残った直実の方が、死んだ敦盛に追いつめられていく。敦盛は首を落とされてなお、直実の胸の中で消えなかった。いや、消えなかったどころか、むしろ人生の案内人にすらなった。
 
 敗者とは何だろう。
 勝てなかった者か。生き残れなかった者か。時代の理屈にうまく乗れなかった者か。
 もしそうなら、熊谷直実もまた敗者である。戦には勝った。敵を討った。だが、その勝利をまっすぐ自分のものにできなかった。勝者の側にいながら、その論理に最後までなじめなかった。だからこそ、彼は勝ちながら零れ落ちた男なのである。
 
 前編の敦盛は、朝露のような敗者だった。短く、美しく、触れれば消える命。
 後編の直実は、泥の足跡を残す敗者である。みっともなく、割り切れず、怒り、執着し、それでもなお救いを探して歩いた命。
 どちらが上という話ではない。
 むしろ、この二つは一つの物語の両側なのだろう。一瞬で散った命と、その一瞬によって生涯を変えられた命。
 
 敦盛の死と、直実の出家。この二つは別々の話ではなく、ひとつながりの人間のドラマである。
 
 人はしばしば、潔く死ぬ者に美を見、泥くさく生きる者に現実を見る。だが本当は、そのどちらにも人間の真実がある。
 敦盛は短く燃え尽きることで一つの完成を示した。直実は、燃え尽ききれずに生き延びることで、もう一つの真実を引き受けた。
 
 討ったからこそ壊れ、壊れたからこそ武士を捨てた。その先に待っていたのは、悟りではなく、泥の中でもう一度歩き始める人生だったのかもしれない。
 
 だが、人間の生き直しとは、たぶんそういうものだ。
 美しく悟ることではない。みっともなくても、自分の傷を抱えたまま、別の足場を探して歩き出すことだ。
 熊谷直実は、その意味で敗者だった。
 
 そして私は、そういう敗者をこそ、人間として書いていきたいのである。


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