夏目漱石と福猫、そして我が家の老犬八太郎
私の家には、八太郎という犬がいる。十九歳九カ月になる老犬で、もう目は見えない。排泄をするときには大きな声で鳴いて私を呼ぶ。私はそのたびに駆けつける。コラムを書いていても、なかなか風雅な話にはならない。犬と暮らすというのは、若くて元気なうちはまだしも、老いて介護が必要になれば、きれいごとでは済まない。手間も時間も取られるし、こちらの都合などお構いなしだ。
それでも、そうやって毎日を共にしていると、気づくことがある。動物は、可愛いから大切なのではない。手がかかるからこそ、いつのまにかこちらの暮らしの中心に深く入り込んでくるのだ。世話をし、呼ばれ、振り回され、その声ひとつで立ち上がるようになると、もう「ただの犬」でも「ただの猫」でもなくなる。家の時間そのものになっていく。
そんなことを強く思うのは、夏目漱石の家に迷い込んだ一匹の猫の話を読むときである。
漱石の『吾輩は猫である』にはモデルがいたといわれる。実際に漱石宅へ入り込んできた野良猫で、最初は妻の鏡子夫人が追い出そうとした。しかし漱石は「上がってくるなら置いてやれ」と言ったという。突き放しているようで、どこか情のこもった言葉だ。
ところが話はそこで終わらない。出入りの按摩さんがその猫を見て「この猫は全身が黒くて福を呼ぶ」と評した。すると、それまで追い出そうとしていた鏡子夫人が、急にかわいがり始めた。まことに人間らしい。昨日までただの野良猫だったものが、福を呼ぶと聞いた途端に「ありがたい猫」になる。猫は何も変わっていないのに、人間の見方だけががらりと変わる。
折よく、漱石の小説は大当たりした。こうなるとその猫はもう単なる猫ではない。招き猫だ。名作を運んできた猫、夏目家に福を呼んだ猫——そういう物語になる。実際に福を呼んだかどうかはわからない。だが人間とは、何か良いことが起こると、それにふさわしい心持ちを探したくなる生き物だ。あの猫は、夏目家にとってまさにそういう存在になったのだろう。
ただ、私がいちばん心を引かれるのは、その猫が死んだ後のことである。漱石はひどく落胆し、庭に墓を作って「猫の墓」と記した木片を立て、命日には好物の鮭の頭を供え続けたという。ここまで来ると、もはや「福猫だから大事にした」という話ではない。家にいて、日々を共にし、気がつけば「いなくてはならない存在」になっていた。その喪失の大きさである。
私は猫を飼ったことがない。猫の気まぐれや独特の愛嬌については、猫好きの人ほど語れない。だが、老いた犬と暮らしていると、動物が家の中でどういう存在になるかは、少しはわかる気がする。
八太郎が鳴けば、私はすぐに行く。夜中でも朝でも。面倒だと言えば面倒である。だが、その面倒の積み重ねの中に、静かに情が育っていく。きれいごとや縁起の良さだけで結ばれる関係など、ほんとうはどこにもないのかもしれない。
人は昔から、犬や猫にさまざまな物語を背負わせてきた。江戸時代に伊勢参りをした「おかげ犬」、幕末にペリーが持ち帰った狆が侍を泣かせた話……。信心や幸運、異国趣味といった意味を重ねてきた。けれども、どれほど立派な物語をまとっていても、最後には一匹の生き物として人の心に残る。漱石の猫も、八太郎も、そうだ。
太宰治の『畜犬談』には、犬を前にした人間の勝手さや照れ、弱さが実によく描かれている。愛していると言いながら持て余し、うるさいと思いながら気にかけ、厄介だとこぼしながら、いなくなることは考えたくない。人間の情とは、どうもきれいに整った形では現れないらしい。
漱石が迷い猫を置いてやり、鏡子夫人が福猫と聞いて急にかわいがり、死ねば墓を作って鮭の頭を供えるのも、その延長にある。
名もない迷い猫が文豪の家に入り込み、一つの名作の影に住みつき、死んだあとも供養される——不思議な話である。だが、そういう不思議は、案外どこの家にもあるのかもしれない。最初はただそこに来ただけの犬や猫が、いつのまにか家族の時間を背負い、思い出を背負い、いなくなったあとまでその家の空気の中に残る。
福を呼ぶ猫、という言い方は面白い。けれども本当は、福を呼んだから大切なのではない。大切にしたから、その存在に福という名を与えたくなるのだ。漱石の猫も、そうだったのではないか。
そして八太郎もまた、わが家に何か大げさな福を運んできたわけではないにせよ、十九年以上の時間そのものを運んできてくれた。そのことを思えば、動物とは、ただ飼うものではなく、こちらの人生の一部を静かに引き受けてくれる存在なのだと思う。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます。心より感謝申し上げます