【敗者たちの幕末ーーあとがき】
幕末という時代は、どうしても勝者の物語として語られやすい。新しい時代を切り開いた者たち。旧い秩序を打ち破った者たち。理想を掲げ、行動し、歴史の表舞台に立った者たち。
たしかに彼らは魅力的であり、その歩みが近代日本の出発点を形づくったことも疑いない。
けれど、時代というものは、勝者だけでできているわけではない。むしろ大きな転換期であればあるほど、その陰には、敗れた者、取り残された者、報われなかった者たちの姿が濃く残る。そして私は、幕末という時代の複雑さや痛みは、むしろそうした「敗者たち」の側にこそ、より生々しく刻まれているのではないかと思ってきた。
このシリーズで取り上げてきた人々は、単純な意味での敗北者ではない。無能だったから敗れたわけではない。愚かだったから消えたわけでもない。むしろその逆で、早すぎる知性を持っていた者、突出した才能を持っていた者、正義を信じた者、実務を積み上げた者、国家の矛盾を背負った者、理性を失わなかった者、未来を設計できた者、忠義を尽くした者、敗北のあとも生き延びた者、現実を知りすぎた者――そうした人々ばかりだった。
渡辺崋山は、早すぎた知性として敗れた。
高野長英は、突出しすぎた天才として敗れた。
鳥居耀蔵は、自分の正義に殉じて時代に置き去りにされた。
江川英龍は、正しい実務を積み上げながら、歴史全体には勝てなかった。
安倍正弘は、国家の矛盾を一身に背負って潰れた。
松平春嶽は、理性を信じたがゆえに主役になれなかった。
徳川慶喜は、見えすぎていたがゆえに英雄にも殉教者にもなれなかった。
小栗忠順は、未来を作れる男だったが、その未来に所属することを許されなかった。
松平容保は、忠義を尽くしすぎたがゆえに、時代の怨念を一身に引き受けた。
榎本武揚は、敗者として戦い抜いたのに、その敗北ごと新国家に回収され、滅びきれなかった。
川路聖謨は、現実を知りすぎたがゆえに、最後には希望を持てなくなった。
そして番外編の土方歳三は、壊れていく秩序の最後の番人として、剣で時代を止めようとした。
こうして並べてみると、幕末の敗者たちは実に多様である。理想に敗れた者もいれば、理性に敗れた者もいる。忠義に敗れた者もいれば、所属に敗れた者もいる。未来を見ていたのに救われなかった者もいれば、現実を知りすぎたために希望を持てなくなった者もいる。つまり「敗者」とは、単に勝てなかった人のことではない。時代の複雑さを、その身に引き受けてしまった人々のことなのだと思う。
幕末は、しばしば「新しいものが古いものに勝った時代」として整理される。だが本当は、そんなに単純ではない。
古い側にも新しい芽はあった。新しい側にも暴力や排除はあった。正しい人が報われたわけでもなく、間違った人が必ず滅びたわけでもない。
むしろ、何をしたか以上に、どちら側にいたか、どの役目を引き受けたか、どの時点で何を見ていたかによって、人の運命は大きく分かれていった。
その残酷さこそが、幕末という時代の本質の一つだったのではないか。
私はこのシリーズを書きながら、何度も思った。歴史は、勝者の側から見れば整って見える。だが敗者の側から見ると、そこには割り切れなさが残る。
矛盾が残る。
理不尽が残る。
そして、その割り切れなさこそが、歴史を本当に人間的なものにしている。
勝った者だけを見ていると、時代はまるで必然だったように見える。
だが敗れた者たちを見つめると、そこには別の可能性があったこと、別の未来がありえたこと、そして何より、どれほど有能でも、誠実でも、理性的でも、人は時代に敗れうるのだという事実が見えてくる。
その事実は、幕末を遠い昔の出来事ではなく、今にもつながるものとして感じさせる。
組織のために無理を引き受けた人。
現実を知りすぎて希望を失った人。
能力があっても所属によって切り捨てられた人。
秩序を守ろうとして、最後にはその秩序とともに沈んだ人。
そうした姿は、決して幕末だけのものではない。
だからこそ、敗者たちの幕末は、今を生きる私たちにもどこか痛い。
このシリーズで描きたかったのは、敗者を美化することではない。
敗者を勝者より高く置くことでもない。
ただ、勝者の物語だけではこぼれ落ちてしまうものを、きちんと拾いたかった。
時代に敗れた人々の中に残る、知性、誠実さ、執念、矛盾、疲労、そして報われなさを。
そこにこそ、幕末という時代の本当の厚みがあると信じたからである。
もしこのシリーズを通して、幕末が少しでも「英雄たちの時代」ではなく、それぞれの立場で時代を背負い、そして背負いきれずに敗れていった人々の時代として見えてきたなら、これ以上うれしいことはない。
なぜなら、彼ら11人は、歴史の教科書には載らない「私たち」だったからだ。
敗者たちの幕末——
それは、勝てなかった人々の記録ではない。
むしろ、勝者の歴史だけでは語りきれない、時代の痛みそのものの記録だったのだと思う。
このシリーズを書き終えて、私の中に残ったのは、勝者への憧れではなかった。時代を背負い、背負いきれず、それでも自分の持ち場を離れなかった人々の体温だった。
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