『犬の仙人になった八太郎――19歳10カ月』
私はこれまで、noteのなかで我が家の老犬・八太郎のことを何度もエッセイにしてきた。
寝たきりになり、介助が必要な日々。もはや自分で水も飲めず、起き上がることも、寝返りを打つことさえ出来ない。だが食欲だけは旺盛で、排泄したいときや気に入らないことがあると、
「ワン、ワン!」
と大きな声で私を呼ぶ。夜昼おかまいなし。呼べばアイツ(私)が必ず来てくれると、心から信じ切っている顔だ。
八太郎が寝たきりになったのは昨年末のことだったが、それまではよろよろしながらも、ちゃんと自分の足で散歩に出かけていた。そんな八太郎が、8月8日に19歳と10カ月を迎える。
実は八太郎、これまでに2度、本気で死にかけたことがある。
一度目は15歳のとき。急に苦しみ出し、身動きが取れなくなった。慌てて獣医に連れて行ったが、私の頭の中では「これはもうダメだ」という覚悟がよぎっていた。前に飼っていた先代の「松五郎」という雑種犬も、同じような症状を起こし、13歳6カ月でその生涯を閉じたからだ。
獣医は言った。
「明日、明後日が峠です。一応、覚悟はしておいてください」
内臓に疾患があるかもしれない、とのことだった。
(15年生きれば、犬としては長生きした方だな……)
私は心の中で静かに呟いていた。
ところが、である。
奴は病院で注射を1本打ってもらうと、なんと3日後にはケロリと治っていたのだ。元気になったとはいえ心配で改めて連れていくと、病院にいた他の犬に「ワンワン!」と元気に吠えかかる始末。「なんでこんな元気な犬を連れてくるんだ」という周りからの冷ややかな視線が、非常に恥ずかしかった。
「結局なにが原因だったのでしょう?」と聞く私に、獣医は一言。
「わかりません」
そして2度目はその翌年、16歳のときだった。
首が曲がり、まっすぐ歩けない。よだれを垂らし、息苦しそうだ。再び例の獣医のもとへ連れていくと、こう言われた。
「これは柴犬によくある病気です。脳に疾患があるんじゃないかと」
八太郎は柴犬ではない。どちらかと言えばキツネ似の、純然たる雑種だ。
「いや、たぶんこの子には柴の血も入っています」と自信満々に語る獣医。どう見てもそんな上等な血が入っているとは思えなかったが、なぜか妙な説得力があった。そして獣医は再び、あのセリフを口にした。
「明日、明後日が峠です。一応、覚悟だけはしておいてください」
またしても訳の分からない注射を1本。脳の疾患と聞いて、今度ばかりはダメだと思った。
(16年か……よく生きたな)と、再び心の中で呟く私。
ところがどうだろう。今度は1週間ほどかかったものの、急激に回復したのである。散歩にも行けるし、まっすぐ歩ける。多少性格がおとなしくなったのを除けば、健康そのものだ。
私は思わず獣医を疑い出した。
(あいつ、ヤブじゃねえのか……?)
幸い、それからは大きく体調を崩すこともなく、昨年末に床ずれができるまで、病院へ行くことはなかった。
久しぶりに会った獣医は、八太郎を見るなり言った。
「まだ生きていましたか」
そのとき、八太郎の目が獣医をじろりと睨みつけたのを、私は見逃さなかった。
19歳と10カ月。犬としてはもはや「仙人」の領域である。
二度も死にかけておきながら、平然と生き延びてきた姿は、もはや普通の犬の枠を超えている。
八太郎がなぜここまで長生きなのか。私の育て方が正しかったから……では絶対にない。そう言い切れる明確な理由がある。
私の犬に対するポリシーはこうだ。
『犬の寿命は人間よりずっと短い。だから、生きているうちに食いたいものを食わせてやる』
あれがダメ、これがダメなど細かいことは気にしない(もちろん、チョコレートやネギ類だけは避けているが)。もちろん、これは決して人様に勧められる飼育法ではない。獣医師や愛犬家から叱られることは、百も承知している。
ドッグフードが主体ではあったものの、舌の肥えた八太郎はよく餌を残した。
理由は簡単だ。人間が食べている「本当に旨いもの」を知っているからだ。
私の酒のつまみは、八太郎にとっても最高のごちそうだった。晩酌を始めると、奴は必ず隣に擦り寄ってくる。好物はチビの頃からイカとタコだ。家にやってきてまだ3カ月(生後5カ月)の頃、部屋にあったイカの燻製の袋を自ら食いちぎり、一人で完食した実績を持つ。乳歯から永久歯に生え変わる前の話だ。
以来、奴は私からありとあらゆるごちそうを奪ってきた。
どこの馬の骨とも知れない雑種中の雑種でありながら、松阪牛も名古屋コーチンも食ってきた。しゃぶしゃぶ、すき焼き、焼肉のカルビにロース、ハツ、モツ、ホルモン。果ては柿の種、ポテチ、なんならキャビアまで口にしている。全部本当の話だ。
そんな八太郎が、カリカリのドッグフードだけで満足するわけがないのである。
元気だった頃、私はよく隣にいる八太郎に囁きかけたものだ。
「お前、昔なら『赤犬』って言われて食われてたような犬だぞ。それが今じゃ人間と一緒に上等な鍋をつついてる。なんかおかしいと思わないか?」
八太郎は私の能書きなどどこ吹く風で、
「ワン!(能書きはいいから早くその肉をよこせ!)」
と吠えるのだった。
八太郎が18歳のとき、散歩中に近所の奥さんから感心したように声をかけられた。
「先生はやっぱりすごいですね。頭のいい方は違うわ。犬のこともしっかり勉強されているから、ハチ君もこんなに長生きできるのねぇ」
本気でそう信じている様子の奥さん。
私の専門は「歴史文化比較学」だ。犬の飼育論など知る由もない。私は苦笑いしてその場をやり過ごしたが、まさか八太郎が家で上等な鍋料理をつついて生きてきたとは、夢にも思っていないだろう。
その奥さんの飼い犬は、血統書付きの由緒正しい名犬だった。健康管理も徹底され、上等なドッグフードを食べていたはずだ。しかし、八太郎よりずっと後にその家に迎えられ、八太郎よりずっと早くその生涯を終えてしまった。諸行無常とはまさにこのことである。
あと2カ月で、いよいよ20歳。
ガンバレ、八太郎。
俺はいつでもお前の隣にいる。最後の最後まで、付き合ってやる。
今年の誕生日も、クリスマスも、来年の正月も、一緒に過ごすんだ。
その先も、できるだけ長く、隣にいさせてくれ。
こうなったら本当に、犬の仙人になってしまえ。
八太郎。
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