諸行無常の神棚おろし
ロシアの文豪レフ・トルストイは、かつてこう遺した。『金がないのは悲しいことだ。だが、金が有り余っているのは2倍悲しい』
と、この厳かな一文から始めれば、読者は一様に、今日の私が真摯な芸術論でも語るのだろうと錯覚するに違いない。
だが、断じて否である。これは私の「迷作エッセイシリーズ」なのだ。
日々の残業、苦行、修行のごときネタ探しの中で、枯れ果てた脳から文章を絞り出している身である。大文豪のスタートから質の良いコラムが書けるほど、現実は甘くないのだ。
これ、実を言えば、あるnoteのページに「ネタに窮した時は、偉人の名言を題材にすれば誠に都合がいい」というライフハックが記されていた。
私は我が意を得たりと膝を打った。そして適当にトルストイの言葉を拝借したわけだが、精読するうちに、ある真実に気がついた。
「さほど大したことは言っていないのではないか」と。
これは、私が自身のエッセイで常々吐露してきた境遇とどこか似ている。
「どこがじゃい!」という画面越しの怒号は耳を塞いでスルーする。
要するに、この渡世、色々あったが結局自分は何者にもならなかった、しかし市井で平々凡々と暮らす日々は案外幸せだ、ということだ。
トルストイはこれを、大作家の看板を盾にして格好良く修飾しているに過ぎない。すなわち、私とトルストイは、思想、発想、妄想、構想、迷走、そして暴走が「同じ」だと言って差し支えないのである。
――と、ここまで高尚ぶった文章を書いてみたものの、先ほど、見事に外れに終わったサマージャンボ宝くじを、自宅のお稲荷様の神棚から容赦なく引き下ろし、ゴミ箱へと廃棄した。
そればかりか、「年末ジャンボの前になんか大きい宝くじなかったか?」とカミさんに強欲な質問をぶつけていた。
このセコさに、思わず隣で寝ていた老犬・八太郎が「ワンワン」と叫んだ。最近、奴の言語が理解できるようになってきた私には、その意味が痛いほど分かった。
「アホなことばっかり言ってないで、オシッコに連れて行け!」
67歳。
男性。
趣味・特技特になし。
賞罰なし。
今日もまた、「諸行無常」と「もののあはれ」を背中に感じながら、エッセイの幕を閉じたい。
アホか! たまにはまともなもん書かんかい!

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